沈黙の塊茎、芽吹く猛毒の眼差し
その街の境界、古い石畳が湿気を吸って黒ずみ、地下室の窓から常に土の冷気が漏れ出す場所に、その「オーガニック・デリ」は泥に汚れた麻袋のような沈黙を纏って佇んでいた。
今回、厚い眼鏡の奥で視線を絶えず伏せ、周囲の「光」を避けるようにして入ってきたのは、古本屋で働く内向的な青年、久保だった。
久保は、世界からの「注目」を病的に恐れていた。
人に見られること、評価されること、期待されること。それらすべてが、彼にとっては肌を焼く毒素のように感じられた。彼は暗い部屋で、誰にも邪魔されず、ただの「土塊」のように静止して生きていたいと願っていた。
「……放っておいてほしいんです。光に当たると、自分が暴かれるような気がして。何も言わず、何もせず、ただの不格好な石のように、大地の底に沈んでいたい。でも、僕を馬鹿にする奴らのことは、心の底から……消えてしまえと思っているんです」
久保の指先は、常に爪の間まで泥が染み込んだように薄汚れ、その肌には、日光を拒絶し続けた者特有の、生気のない土気が差していた。
店主の男は、久保の深く沈んだ眼窩と、その奥に潜む「芽」のような鋭い殺意をじっと見つめ、カウンターの上に「それ」を置いた。
「潜伏、ですね。地中の闇で自らを太らせ、光を浴びれば即座に毒を醸成する……でしたら、これをお試しください。沈黙の裏に、無数の眼を隠した大地の弾丸です」
店主が差し出したのは、泥にまみれ、いくつもの「窪み」を持つ、無骨なじゃがいもだった。
それは野菜というよりは、地中から掘り出された「石化した脳髄」、あるいは何かの「卵」のようにも見えた。表面にある無数の窪みは、まるで閉じられた「瞼」のように見え、そこからは微かに、冷たい地下水の匂いが漂っていた。
「『ソラニン・サイレンス(静かなる毒素)』。これを、皮も剥かず、芽も取らず、泥を落としただけの状態で、真っ暗な部屋に放置してください。そこに芽が吹き、あなたの身体と同じ色になったとき……あなたは完全な安らぎと、静かなる力を得るでしょう」
久保は、外界を遮断する唯一の武器を手に入れたように、そのじゃがいもを持ち帰った。
彼はアパートの窓をすべて段ボールで塞ぎ、一筋の光も通さない完璧な闇を作った。部屋の隅にじゃがいもを置き、彼はその横に丸まって、芋の「吐息」に耳を澄ませた。
……ピシ。……ピシ。
闇の中で、じゃがいもが自分の輪郭を押し広げる音が聞こえる。
数日が過ぎた頃、久保の身体に異変が起きた。
彼の皮膚は硬く、ゴツゴツとした茶褐色の「皮」へと変わり始めた。彼の関節は、まるでデンプン質を流し込まれたように固まり、膝を曲げることも、首を回すこともできなくなっていった。
「ああ……これでいい。僕はもう、誰の目にも入らない……」
変化は、まず彼の「視力」に現れた。
翌朝、久保の全身に、激しい痒みが走った。
鏡(といっても、闇の中で手探りだが)で見ると、彼の全身にある「毛穴」という毛穴から、薄紫色の、不気味な「芽」が噴き出していた。
それは、彼の意志とは無関係に、外界の微かな光を求めてうねり、周囲を監視し始めた。
彼の「本当の目」は退化して閉じられたが、代わりに皮膚から生えた無数の「芽の眼」が、全方位の闇を透視するようになったのだ。
三日目。
久保の身体は、完全に人としての形を失い、丸く、歪な「塊」へと凝縮された。
彼はもはや、言葉を発する必要もなかった。
彼を馬鹿にした同僚や、自分を無視した街の人々が近くを通るたび、彼の身体の中に蓄積された「ソラニン」が激しく脈打ち、見えない毒の波動を放った。
五日目。
久保の部屋を心配した大家が、鍵を開けて踏み込んだ。
その瞬間、大家の目に飛び込んできたのは、床に転がる、人間ほどの大きさがある「巨大なじゃがいも」だった。
「なんだ、これは……久保さん、いるのかい?」
大家が不用意に部屋の電気をつけた。
その瞬間、巨大な塊から生えた無数の芽が一斉に「開眼」し、激しくのたうち回った。
「光を……消せえええええ!」
声にならない叫びが、部屋の空気を振動させた。
光を浴びた久保の身体は、瞬く間に緑色に変色し、その皮膚の下で猛毒が爆発的に生成された。
芽の先から、目に見えないほど細かい「毒の針」が放射状に放たれ、大家の全身に突き刺さった。
七日目。
久保の肉体は、完全に「じゃがいも」へと置換された。
アパートの一室に転がる、泥まみれの、石のように硬い塊。
光を浴びて変色したその表面には、苦悶に歪む久保の「顔」が、無数の芽の隙間に刻み付けられていた。
彼は望み通り、誰にも干渉されない「石」になった。
だが、その心は、光を浴びるたびに毒を生み出し続ける、永久的な「害意の蓄積装置」へと変わってしまったのだ。
数週間後。
部屋を清掃に来た業者は、その巨大な芋を不気味がり、大きな袋に入れて地下の廃棄物処理場へと運んだ。
そこは、彼が望んだ通りの、冷たく、暗く、湿った「地の底」だった。
久保はそこで、何千という本物のじゃがいもたちに囲まれ、安らかに眠りについた。
だが、彼が放つ猛毒は、周囲の野菜たちを侵食し、それらを食べた街の人々の胃袋を、静かに、確実に、マヒさせていく。
彼は死してなお、自分を否定した世界に「沈黙の復讐」を続けているのだ。
店主は、今日もエプロンの上に付着した、古い土と紫色の芽の欠片を、静かに指で弾く。
「光を拒んだ魂は、最後には毒としてしか、世界に関わることができなくなります。さて、次は……華やかで高貴に見えて、その実、自らの中身を溶かしてまで、誰かに『色』を与えようとする、自己破壊的な情熱。艶やかな紫の皮の奥に、スポンジのような空虚を隠した『ナス』などは、いかがでしょうか」




