極彩色の虚室、種が鳴らす孤独の鈴
その街の境界、ネオンサインが雨上がりの水溜まりに毒々しい赤と緑を撒き散らし、虚栄心が夜風に冷たく冷やされる場所に、その「オーガニック・デリ」は漆器のような光沢を放って佇んでいた。
今回、仕立ての良いジャケットの襟を正し、周囲を軽蔑するように見回しながら入ってきたのは、新進気鋭の政治家秘書、高彦だった。
高彦は、徹底した「外面」の男だった。
彼の言葉は常に洗練され、その微笑みは有権者の心を掴む。しかし、彼の胸の内にあるのは、自分以外の人間を「利用価値」だけで分類する冷酷な算段と、誰にも本音を明かさないことで守り抜いてきた、硬く冷え切った空洞だった。
「……誰も信じられない。この街の連中は、私の内側を暴こうと手ぐすね引いて待っている。私は、誰にも踏み込まれない『壁』が欲しい。艶やかで、強固で、そして中身が誰にも悟られないような、完璧な形になりたいんだ」
高彦の肌は、手入れの行き届いたプラスチックのように不自然に滑らかで、その指先は、常に何かを拒絶するように硬く結ばれていた。
店主の男は、高彦の磨き上げられた靴と、その奥に潜む底知れぬ孤独をじっと見つめ、カウンターの上に「それ」を置いた。
「装飾、ですね。光を跳ね返すほどに磨かれた表皮と、その奥に広がる絶対的な静寂……でしたら、これをお試しください。苦さを誇りとして纏った、緑の王冠です」
店主が差し出したのは、目が眩むほど鮮やかな、深い緑色のピーマンだった。
それは野菜というよりは、エメラルドの原石を彫り込んだ小箱、あるいは地中から出土した「呪いの鈴」のようにも見えた。表面は、光を吸い込むのではなく、暴力的に弾き返すような強い光沢を帯び、振ると中で「カラカラ」と、乾いた小さな音が響いていた。
「『エメラルド・チェンバー(翠玉の空室)』。これを、一切包丁を入れず、生のまま一気に噛み砕き、その中の『種』の一粒まで飲み干してください。あなたの心は、外部の熱を遮断する完璧な空洞へと至るでしょう」
高彦は、自分を完璧な城塞へと変える儀式のように、そのピーマンを持ち帰った。
彼は防音加工を施した自室で、一切のノイズを遮断し、その緑の塊を口にした。
バリッ、ザクッ。
……苦い。
それは舌を痺れさせ、喉を焼き尽くすような、純粋な「拒絶」の味だった。
しかし、同時に鼻を抜ける清涼な香りが、彼の脳から余計な感情を削ぎ落としていく。
彼は、中にある無数の白い種を、一つ残らず飲み込んだ。種が喉を通るたび、彼の内側に「芯」のない、冷たい空間が広がっていく。
「これだ……誰も、ここには入ってこれない……」
変化は、まず彼の「声」に現れた。
翌朝、高彦が電話に応対しようとすると、自分の声が、まるで空の樽の中で反響しているような、奇妙な残響を帯びていることに気づいた。
彼の胸板は硬く、中を風が吹き抜けるような感触がある。彼は満足した。自分が望んだ通り、内側が「空」になりつつあったからだ。
三日目。
高彦の皮膚は、急速に硬質化し、深緑色の光沢を放つ「殻」へと変わっていった。
彼はもはや食事を必要としなかった。彼の身体は、周囲の光を反射することでエネルギーを得る、冷徹なオブジェへと変質していたのだ。
しかし、その代わりに、彼の腹の底では、飲み込んだ無数の「種」たちが、自立した意思を持つように激しく暴れ始めた。
五日目。
高彦の肉体は、内側から「空洞化」を完了した。
肺も、心臓も、腸も。すべての生命維持装置は、硬い緑の皮膚の内壁に薄く張り付き、中央には、巨大な「闇の部屋」が完成した。
彼は、自室の椅子に座ったまま、一本の巨大な「ピーマン」と化した。
彼が動こうとすると、体内で数千の白い種が「カラカラ、カラカラ」と乾いた音を立てて転がる。それは、彼が今まで切り捨ててきた人々、裏切ってきた言葉たちが、結晶化した音だった。
「……だれも……いない……ここは……わたしの……くに……」
その言葉は、彼自身の空洞の中で反響し、外に漏れるときには、ただの虚しい風の音に変わっていた。
七日目。
高彦の肉体は、完全に「ピーマン」へと置換された。
部屋の中央に鎮座する、高さ一メートルほどの、歪な王冠のような形をした緑の塊。
表面の光沢は恐ろしいほどに美しく、鏡のように周囲の景色を映し出している。
だが、その中身には、もはや一欠片の「温もり」も残っていない。
あるのは、誰にも触れられないことと引き換えに手に入れた、底知れない「苦み」と、絶え間なく鳴り続ける「孤独の鈴(種)」だけ。
数週間後。
重要な会議に現れない高彦を不審に思った同僚が、部屋に踏み込んだ。
彼が見たのは、整然と片付けられ、主人の気配だけが消えた、冷たい展示室のような部屋だった。
机の上に置かれた、異常に大きく、瑞々しく輝くピーマン。
同僚がその美しさに目を奪われ、指先でその表面を弾いた。
カラ……カラカラカラ……
その音が響いた瞬間、同僚は激しい「寂しさ」に襲われ、その場に泣き崩れた。
それは、高彦が一生をかけて隠し続けてきた、誰にも届かなかった叫びが、種の形となって共鳴した音だった。
同僚がふとピーマンの表面を見ると、そこには、自分を映し出す鏡のような緑の肌の奥に、高彦の「顔」が、苦い笑いを浮かべたまま閉じ込められているのが見えた。
彼は望み通り、完璧な外面を手に入れた。
だが、その内側の「空洞」を満たしてくれる者は、この先、永遠に現れることはないのだ。
店主は、今日もエプロンの上に付着した、緑色の硬い皮の破片を、静かに指で弾く。
「空洞を守るための壁は、やがて自分を閉じ込める墓標となります。さて、次は……一つの意志にまとまらず、闇の中で増殖し続け、他者の生命を分解して生きる。寄生することに悦びを見出した、日陰の魂に。湿った沈黙の中で、何万もの胞子を降らせる『しめじ』などは、いかがでしょうか」




