翠の冷笑、水泡に帰す空虚な芯
その街の境界、夏の終わりの陽炎がアスファルトを歪め、ひび割れた溝から生臭い水の匂いが立ち上がる場所に、その「オーガニック・デリ」は氷細工のような冷気を放って存在していた。
今回、高級ブランドのヒールで石畳を鳴らし、退屈そうに入ってきたのは、人気モデルとして華やかな世界に身を置く青年、蓮だった。
蓮は、徹底的に「中身」を嫌っていた。
彼にとって重要なのは、光を反射する完璧な肌、一切の無駄がない肉体、そして他人の羨望を集める「外見」だけだった。自分に言い寄る女たちを適当にあしらい、親友さえも踏み台にする。彼は他人の感情を吸い上げることで、自分の瑞々しさを維持する寄生生物のような男だった。
「……最近、鏡を見るのが苦痛なんだ。少しでも肌が乾燥したり、表情に『影』が差したりするのが許せない。誰よりも若く、誰よりも瑞々しく、そして誰にも内側を触れさせない……そんな、凍てつくような『鮮度』を永遠に保ちたいんだ」
蓮の瞳は、美しく整っているが、奥底には何も映さないガラス玉のような冷たさが宿っていた。
店主の男は、蓮の完璧だが薄っぺらな輪郭をじっと見つめ、カウンターの上に「それ」を置いた。
「鮮度、ですね。水だけで膨らみ、表面に鋭い武器を隠し、内側を徹底的に空虚に保つ……でしたら、これをお試しください。大地の水分を強欲に奪い尽くした、緑の結晶です」
店主が差し出したのは、異常なほどに長く、そして深く、鮮やかな緑色をしたきゅうりだった。
それは野菜というよりは、エメラルドで作られた警棒、あるいは地中から突き出した「冷たい触手」のようにも見えた。表面には、触れれば血が滲むほどに鋭い、黒い棘が無数に直立し、そこからは、雨上がりの芝生を切り裂いたような、攻撃的なほどに爽やかな香りが漂っていた。
「『ナインティ・ナイン(九十九%の虚無)』。これを、皮ごと生で噛み砕いてください。水分の音が脳に響くたび、あなたの身体から『余計な重み』が消え、あなたは永遠に乾くことのない、透明な存在へと至るでしょう」
蓮は、そのきゅうりを奪い取るようにして持ち帰った。
彼は冷房を極限まで効かせた自室で、全裸になり、全身を鏡に映しながらその緑の棒を口にした。
ポリ、ポリ。
咀嚼するたびに、瑞々しい音が静かな部屋に暴力的に響く。
……冷たい。
それは食べ物の味というよりは、冷気そのものを咀嚼しているような感覚だった。
しかし、飲み込んだ瞬間、蓮は未曾有の快感を得た。身体の中から「感情」や「良心」といった、彼が重荷に感じていたドロドロとした何かが、冷たい水によって洗い流されていくのがわかった。
「これだ……僕が、純粋な『外見』になっていく……!」
変化は、まず彼の「感触」に現れた。
翌朝、蓮が目覚めると、全身が驚くほど滑らかになり、触れるものすべてを弾くような質感になっていた。
肌は緑がかった透明感を帯び、その表面には、服を着るのを躊躇わせるほどに鋭い「棘」が芽吹いていた。彼はその棘で、自分に縋り付いてきた女からのプレゼントを次々と切り裂き、その破壊工作に、冷ややかな悦びを感じた。
三日目。
蓮の身体は、驚異的な速度で「伸長」し始めた。
背骨がミシリと音を立てて伸び、手足は細く、しかししなやかに引き伸ばされていく。
彼は一日中、水を飲み続けた。一時間に数リットルの水を飲まなければ、自分の肌がひび割れるような恐怖に襲われたのだ。
彼の肉体は、摂取した水の九十九%を蓄え、異常なまでの張りを持って膨張していった。
五日目。
蓮は、自分の「中心」が消えていることに気づいた。
腹部を強く押すと、そこには抵抗する筋肉も内臓もなく、ただ「水」が詰まったゴムのような感触しかなかった。
彼の内臓は、肥大する水分に押し潰され、壁面へと追いやられ、ただ水を運ぶための「管」へと変質していたのだ。
彼は、自室の鏡の前で、一本の巨大な「きゅうり」と化した。
「……みて……僕の……この……かがやき……」
声はもはや、水泡が弾けるような音にしか聞こえなかった。
彼は美しかった。一切の淀みがない、純粋な緑。
だが、その中身には、もはや一欠片の「人間」も残っていなかった。
あるのは、自分を大きく、瑞々しく見せるためだけに吸い上げられた、意志のない水の塊だけ。
七日目。
蓮の肉体は、完全に「きゅうり」へと置換された。
部屋の中央に、弓なりにしなりながら横たわる、三メートル近い巨大な緑の柱。
その表面を覆う棘は、もはやダイヤの針のように鋭く、近寄るものすべてを拒絶している。
そこには、かつての蓮の顔を思わせる、完璧に整いながらも何も語らない、空虚な輪郭が浮き出ている。
数週間後。
連絡が取れなくなった蓮を心配したマネージャーが、無理やり部屋のドアを開けた。
彼が見たのは、一面が水浸しになり、青臭い沈黙が支配する部屋だった。
中央に鎮座する、目が眩むほど鮮やかな緑の塊。
マネージャーは、その表面に浮き出た「蓮の顔」に気づき、悲鳴を上げながら、傍らにあった重いトロフィーをその塊に叩きつけた。
パシャッ!
耳を疑うほど軽い音を立てて、蓮だったものは粉砕された。
そこには「芯」など最初からなかった。
分厚い緑の皮が割れると、中から溢れ出したのは、膨大な量の、ただの「濁った水」だった。
床に広がった水は、夏の熱気にさらされ、瞬く間に蒸発して消えた。
後に残されたのは、鋭い棘がついた、シワシワの薄い皮の残骸だけ。
誰からも愛され、誰からも羨まれたモデルの末路は、一滴の血も残さない、あまりにも呆気ない「乾燥」だった。
店主は、今日もエプロンの上に付着した、透明な水滴を静かに指で弾く。
「中身のない美しさは、一度傷つけば、ただの露となって消える運命にあります。さて、次は……狭い殻の中に肩を寄せ合い、自分たち以外の存在を認めない。閉鎖的な友情に溺れ、外の世界を拒絶した魂に。固い鞘の中で、三つの魂が一つに縛られた『枝豆』などは、いかがでしょうか」




