夕暮れの清水の舞台
野球部に所属する男子三人。そして新体操部で日々過酷なステップを踏み、圧倒的な持久力を鍛え上げている和美。この四人にとって、清水寺へと続く半ば駆け足の坂道は何ということもなかった。しかし、文化系である旅行倶楽部の咲良と、帰宅部の結愛にはさすがに酷な試練だった。
いつの間にか、班の進行スピードはこの二人が完全に律速段階となっていた。
「ちょっと、みんな早すぎるよ……っ! 私たちのことも少しは考えて!」
「この急坂を徒歩十五分で登れるなんて、一体どんな強靭な脚力を持った奴の話なのよ……っ」
咲良と結愛は、思うように上がらない自分の足取りにイライラし、息を切らしながら必死に足を前に進める。救いだったのは、先行していた男子三人が決して二人を急かしたりせず、時折振り返っては心配そうに速度を落としてくれたことだった。
清水寺の象徴である鮮やかな朱塗りの仁王門のたもとに辿り着き、ようやく一同は小休止を取った。
肩で息をしながら振り返ると、今しがた登ってきたばかりの坂道が、恐ろしいほどの数の観光客で埋め尽くされているのが見えた。よくもまあ、あの中を人をかき分けるようにしてノンストップで登ってきたものだと、自分たちの執念にどこか感心してしまう。
結愛と咲良の呼吸がようやく整ったのを見計らい、和美がパンと手を叩いた。
「よし、息は戻った? さあ、参拝に行くわよ!」
班長らしく気合の喝を入れた和美だったが、咲良はその場から動こうとせず、情けない声を上げた。
「……ごめん。私、ここで待ってる。みんなだけで観てきて……」
見ると、咲良は顔をしかめて自分の足元を気にしている。どうやら急ぎ足で坂を登ったせいで、靴擦れができて歩くのが相当つらい様子だった。
咲良をここに残して五人で参拝に行くのは簡単だ。時間もない。けれど、和美の頭の中に「置いていく」という選択肢はなかった。みんなで一緒に、同じ景色を見て感動する――それこそが修学旅行の醍醐味のはずだからだ。
「ちょっと足を見せて」
和美は咲良の前にしゃがみ込むと、彼女の足を覗き込んだ。かかとの皮が少し剥け、赤くにじんでいる。和美はすかさずスクールバッグから手持ちの救急絆創膏を取り出すと、手際よく傷口に貼り付けた。さらに、咲良のスニーカーの靴紐を一度解き、根元からきつく締め直していく。
「靴の中で足が遊んじゃうから擦れるの。こうして固定すれば少しはマシになるはず。……どう? 歩けそう?」
立ち上がった咲良は、恐る恐る足を踏み出してみた。
「……あ、ちょっと足が窮屈だけど、全然違う! 大丈夫、これなら我慢できそう!」
「よし、じゃあ行きましょう!」
「さあ、待ちに待った清水の舞台を観るぞ!」
山崎が拳を突き上げ、六人は再び歩き出した。
すでに時間は限界を迎えている。そびえ立つ三重塔や経堂は、足を止めることなく脇を通り抜けるだけにとどめた。そしてついに、六人は本堂のせり出した舞台――「清水の舞台」の上に立った。
舞台の端から遥か下を見下ろした瞬間、全員から一斉に声が漏れる。
和美はこの班の6人が同じ風景をこの舞台の上から見られたことがうれしかった。班長の責任を果たせたような気がしていた。
「うわあ……想像していたより、ずっと高い!」
「これ、マジで『清水の舞台から飛び降りる』とか言っていられない高さだな。落ちたら絶対助からんぞ」
男子たちが格子手すりから身を乗り出すようにして、口々に興奮した感想を述べる。夕日に照らされた京都の街並みが、眼下に美しく広がっていた。ほんの数分、その絶景を胸に焼き付けたところで、和美の鋭い掛け声が飛ぶ。
(ああこの夕焼けを堪能したかった)
「はい、感動はここまで! さあ、急いで帰るわよ!」




