混雑するバスと歴史ある禅寺
烏丸御池のバス停に滑り込んできた市バス十五系統の車内は、すでに凄まじい熱気に包まれていた。
「うわ、すごい人……」
結愛が小さく悲鳴を上げる。車内は様々な国籍の外国人観光客で文字通り隙間なく埋め尽くされており、体をぴったりとくっつけ合わなければ、乗ることすらままならない状態だった。
ドアが閉まると、香水の強い香りや、汗の匂い、乗客たちの体臭が混ざり合った独特の臭いが、狭い空間にむっと立ち込める。
(……やばい。私たち、さっき餃子食べたばかりなのに)
和美は急に胸がザワつくのを感じた。自分たちの口から漂うニンニクの臭いが、この密着した空間で誰かの迷惑になっていないか、急に気になりだしたのだ。しかし、乗ってしまったものはもう後の祭りである。なるべく息をひそめるようにして、吊り革に掴まった。
計画では、バスの乗車時間は十五分ほどのはずだった。しかし、京都の主要道路は想像以上の大渋滞を引き起こしていた。バスは数メートル進んでは止まり、また少し進んでは激しく揺れる。遅々として進まない車内で、時間は無情にも過ぎていき、結局『四条京阪前』に到着するまでに三十分も掛かってしまった。
「ぷはっ……やっと降りられた……」
山崎が大きく息を吐き出す。しかし、和美にはそれに応える余裕がなかった。普段、地元の生活でバスに乗り慣れていないせいか、完全にバスに酔ってしまったのだ。頭がズキズキと痛み、胃のあたりから不快な波が押し寄せてくる。
バス停から建仁寺までは、地図の上では徒歩わずか五分の距離だった。けれど、今の和美にとっては、その道のりがまるで永遠に続くかのように長く、果てしないものに思えた。
「和美、大丈夫? 顔色がすごく悪いよ」
隣を歩いていた結愛が、いち早くその異変に気づいて心配そうに覗き込んできた。
「ちょっと……バスに酔っちゃったみたい」
和美は途切れ途切れに、それでも気丈にそう返した。班長としてのプライドが、ここで弱音を吐くことを拒んでいる。
「どこかで少し休もうか? 日陰とか、自販機の近くとかさ」
高橋も和美の様子を気にして、歩調を緩めながら声をかけてくれた。
「ううん、大丈夫。スケジュールも押しているし、とりあえず建仁寺まで行きましょう」
和美は首を横に振り、前を見据えた。
みんなはそんな体調の悪い和美を気遣い、文句ひとつ言わずにゆっくりと、歩幅を合わせるようにして歩いてくれた。京都の風を受けながら歩いているうちに、徐々に気分の悪さが引いていく。建仁寺の立派な境内に着くころには、和美の顔に朱みが戻り、だいぶ元気を取り戻していた。
「……よし! 復活。ところで、建仁寺は何宗のお寺でしょうか?」
和美がいつもの調子を取り戻してクイズを出すと、みんなの顔にホッとしたような笑みが浮かんだ。
「えっと、禅宗じゃないの?」
咲良が自信なさげに答える。
「正解は『臨済宗』ですね。ほら、あそこの石の柱にも書いてあるよ」
「あ、本当だ。でもさ、授業で習ったよ。臨済宗も禅宗の一種でしょ?」
高橋がすかさずフォローを入れる。
「禅宗ってことは、開祖は栄西だね。お茶を日本に広めた人!」
咲良が知識を繋げると、三浦が「そこ、次の定期試験に絶対出るとこだ!」と拳を握った。
「もー、京都に来てまで勉強の話はつまらないよー」
山崎が退屈そうに口を尖らせる。そんな山崎の肩を小突きながら、高橋がしみじみと言った。




