京都発祥のプライドと、満腹のバスルート
「和美、もうお腹が減って歩けないよー……」
六角堂の静謐な空気を抜けた途端、咲良がまるでエネルギーの切れた人形のように、大袈裟に空腹を訴えだした。それにつられるように、男子たちからも声が上がる。
「面影さん、俺たちも結構腹空いてんだ。そろそろ食事にしないか?」
高橋翼をはじめとした男子生徒たちの視線が、頼れる班長の和美に集まる。
「判ったわ」
和美はふっと息を漏らすと、全員を見回してニヤリと笑った。
「京都らしいランチ、とも思ったけれど……『餃子の王将』へ行きます。反対の人?」
その意外すぎる提案に一瞬全員が固まったが、誰も反対の声を上げる者はいなかった。お洒落な京料理よりも、今の中学生たちの胃袋は完全にガッツリ系を求めている。
「それでは、餃子の王将 烏丸御池店へ向かいます」
和美が宣言してスマホのマップアプリを起動すると、山崎が不思議そうに首を傾げた。
「えー、餃子の王将なんて地元にもあるじゃん。わざわざ京都で入らなくてもさ」
「山崎君、餃子の王将は京都発祥よ。全国にあるのはその支店。『本場』の王将、確認したくない?」
和美がすかさず知識を披露すると、すかさず三浦が山崎の不平をフォローするように乗っかった。
「へえ、『餃子の王将』って京都発祥なんだ! 俄然興味が湧いてきた」
地図アプリの画面を横から覗き込んでいた三浦は、現在地からの距離を確認すると、「ちょっと俺、先に行って席が空いてるかどうか見てくる!」と、一足飛びに駆け出していった。
「あ、ちょっと、気をつけてね!」
和美が声をかけるのとほぼ同時に、三浦の背中は人混みに消えていく。
それから三分ほどして、三浦が少し息を切らせながら走って戻ってきた。
「席、空いてた! 六人分、バッチリ押さえてきたから早く行こう!」
「ナイス、三浦!」
店に到着すると、小気味いい厨房の音とともに「いらっしゃいませ!」と元気な店員さんの声が出迎えてくれた。
三浦が「さっき話した六人組です」と伝えると、店員さんは笑顔で頷く。
「はい、お席をお取りしてありますよ。こちらへどうぞ」
奥のテーブル席へと通された腹ペコの中学生たちは、席に着くなりお冷をゴクゴクと飲み干し、一斉にメニューを開いた。
「あれっ、地元の『王将』と違うメニューがあるぞ!」
「本当だ。私、この『湯葉の天津飯』を試してみる!」
咲良が目を輝かせて指さすと、三浦が楽しそうに笑った。
「咲良ちゃん、完全に湯葉にハマったみたいだね」
「だって、地元だと湯葉なんて滅多に売ってないじゃない。食べられるうちに食べておかないと」
「俺は餃子ランチ、餃子二人前で!」
山崎が鼻息荒く注文しようとすると、すかさず高橋から注意が飛ぶ。
「食べるな、お前。この後まだ歩くんだぞ? 大丈夫かよ」
「大丈夫だって。餃子一人前分は、みんなとシェアすればいいかなと思ってさ」
結局、全員が思い思いのメニューを注文し、テーブルに次々と料理が運ばれてきた。
「ねえ、みんな餃子に手を出してね!」
山崎が皿を真ん中へ差し出すと、「いっただきまーす!」と結愛が早速お箸を伸ばして頬張った。
和美は自分の前に置かれた『京漬物の和風炒飯』を、お腹の虫をなだめるように黙々と食べていた。すると、山崎が自分の餃子の皿を寄せてくる。
「和美ちゃんも、餃子食べていいからね」
(……和美ちゃん?)
普段呼ばれ慣れない距離感の呼び方に、和美の背筋をちょっとしたゾクッとする感覚が走り抜けてビクッとした。けれど、すぐに平静を装って「……ありがと」と短く返事をして、餃子を一つ口に運んだ。本場の味は、心なしかいつもより美味しく感じられた。
結愛と咲良が山崎に対する警戒度を一段階高めたのは言うまでもない。
賑やかな食事の手を休めることなく、和美は次の目的地を全員に確認する。
「食事が終わったら、次は建仁寺だよ」
「ここからどれくらいかかるの?」
結愛が心配そうに、少し疲れた顔で聞いてくる。和美はスマホの画面を示した。
「烏丸御池のバス停から、市バス十五系統で『四条京阪前』まで行くの。そのあとは徒歩で六分だって」
「お、あんまり歩かなくて済むんだ。ラッキー!」
山崎がチャーハンを口に放り込みながら歓声を上げる。
「歩いても行けるけど、三十分は掛かるらしいわ。ちょっと時間が押しているから、ここはバスで行きましょう」
和美の的確な提案に、全員が満足そうに頷く。
京都発祥のエネルギーをしっかり補給した六人は、次の歴史の舞台へと向かう準備を整えていった。




