おきばりやー、と響く市場で
「次はどこ?」
山崎が額の汗を拭いながら、和美に問いかけた。
「うーん、一応、予定していたお店は一通り回ったかな」
「もしかして、予算もまだ結構余裕があるんじゃない?」
高橋の言葉に、和美は手元の財布型のポーチを覗き込んでニッと笑う。
「そうなのよ。さっき無料の試食をたくさん選んで回ったおかげで、お小遣いにはまだ余裕があるんだよね。……ただ、時間の余裕はあんまりないから、この先の錦天満宮に向かって歩きながら、あと一カ所寄るくらいなら大丈夫かな」
すると、それまで大人しくしていた咲良が、少し恥ずかしそうにすっと手を挙げた。
「じゃあ、私の希望を言ってもいい?」
「なぁに?」
「私さ、実は『湯葉』って今まで一度も食べたことがなくて。京都の湯葉、ずっと興味があったんだよね」
「湯葉か、いいね! じゃあこの先に湯葉のお店があるか探してみよう」
お昼に近づくにつれ、錦市場の人通りは目に見えて増えてきていた。狭い通路が観光客で埋め尽くされていく。
「だいぶ混んできたから、周りの邪魔にならないように一列になって歩こう。はぐれないでね」
班長らしく和美が皆をまとめると、すぐにスマホを操作していた山崎が顔を上げた。
「この先に『湯波吉』っていう湯葉屋さんがあるみたい。あ、試食もやってるっぽいよ」
「情報早い! 助かる。じゃあ、そこへ行ってみよう!」
和美を先頭に、六人は修学旅行生や外国人観光客で賑わう市場の喧騒をすり抜けるように、一列になって歩き出した。山崎が和美のすぐ後ろに並んだのを咲良と結愛は見逃さなかった。
「着いたよ。ここだね」
趣のある看板を掲げた『湯波吉』の前に到着する。和美が店員さんに声をかけた。
「すいません、湯葉の試食ってできますか?」
「できますよ。お客さん、何人?」
「六人です!」
ここで、さっきの漬物屋さんでの成功体験に味を占めた三浦が、ドヤ顔で一歩前に出た。
「あの、僕たち『京の食文化の研究』が修学旅行のテーマなんです!」
(お、またその作戦でいくんだな)と全員が見守る中、お店の人はトングを片手に、実にあっさりと答えた。
「あ、そうですか。ほな、どうぞ。」
「……えっ」
心のこもっていない、流れるような京都弁の塩対応。期待していたお褒めの言葉がもらえず、三浦は借りてきた猫のように固まった。その哀愁漂う後ろ姿に、三浦以外の五人は思わず吹き出してしまう。
気を取り直して、差し出された出来立ての湯葉を口に運ぶ。
「わぁ……湯葉ってこういう味なんだ。豆乳を、もっとずっと濃くしたような感じ」
初めて湯葉を食べた咲良が、目を輝かせて感動の声を漏らす。すると、お店の人が少し誇らしげに解説してくれた。
「湯葉はね、豆乳を沸かしたときに、上に浮かんでくる膜状のタンパク質なんですよ」
「なるほど、だから大豆の旨味がぎゅって詰まってるんですね」
感心する高橋に、お店の人はふっと目を細めた。
「お客さんたち、関東からでしょ? 関東やと日光でもよう作ってはりますね。……まあ、ほんもんは京都ですけどね」
はんなりとした口調の中に、さらりと覗く京都のプライド。
ほんのりビターな大人の京都洗礼を浴びながらも、口の中に広がる上品で濃厚な大豆の風味に、六人はすっかり魅了されているのだった。




