京都の食文化を五感で学ぶ!
「錦市場での食べ歩きは12時までよ。あと45分!」
班長である和美の無慈悲なタイムリミット宣告に、女子たちが色めき立つ。
「えーっ、嘘、もうそんな時間!? じゃあ次は次!」
慌てる咲良に、和美は手元のしおりを見ながらテキパキと指示を出した。
「予定では『京とうふ藤野』の豆乳ドーナツよ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、「よし、俺たちが探してくる!」と高橋、三浦、山崎の男子三人組が、威勢よく錦市場の人混みの奥へと走り去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、咲良が呆れたように息を吐く。
「あいつらは本当に……元気というか、落ち着きがないというか……」
「女子にいいところを見せようとしている下心が透けて見えちゃうところがまだまだよね」と結愛は男子に厳しい。
それから数分後。
「はぁ、はぁ……和美! 『京とうふ藤野』って店、無いよ!」
市場の奥から全力疾走で戻ってきた山崎が、肩を上下させながら告げた。広い錦市場の中をかなり探し回ったらしく、彼の爽やかな額にはびっしょりと汗が光っている。
「えっ、お店が無いの? そんなはずはないよ、事前にちゃんと調べたもの」
首を傾げる和美に、山崎はスマホの画面を確認しながら「あ」と声を上げた。
「あっ、ごめん! 『京とうふ藤野』は直営会社の名前で、お店の名前は『こんなもんじゃ』だった!」
「……え、そのお店なら、すぐそこじゃん」
結愛がじと目で見つめる先――なんと、先ほどまでいた『麩嘉』のすぐ隣にある小さな豆腐屋さんこそが、目的の店舗だったのだ。
「灯台下暗しっていうけど、正にそれね……」
咲良が妙に感心したように呟く中、男子たちはガックリと肩を落とした。
「すみません、豆乳ドーナツをテイクアウトで10個ください!」
気を取り直して和美が注文し、揚げたてのドーナツを受け取る。みんなでシェアする段階になって、和美がテキパキと分配を始めた。
「はい、男子はよく走ったから2個ね。女子は1個。……あ、1個余っちゃった。余ったの食べる人?」
「はい」
すかさず結愛がすっと手を挙げ、最後の一個は平和に結愛の胃袋へと収まった。
そこからの食べ歩きは、まさに怒涛の楽しさだった。京都名物の生八つ橋の店では、何カ所かで無料の試食をさせてもらい、みんなでワイワイと贅沢な味比べまで楽しんだ。
焼き魚の臭いや焼き菓子の甘い香り、様々な臭いが一行の鼻腔を遠慮なく攻め立てた。
そして、時間が正午に近づくにつれて混み合って来て、駆け出して店を探すなんてことが出来なくなってきた。
「よし、次は『桝悟』の京漬物よ。ここは『京の食文化』っていう私たちの探究課題にぴったりのお店だから、しっかり見学しようね」
和美の案内でたどり着いた『桝悟』は、古い趣のある、歴史をそのまま形にしたような立派な佇まいだった。
「すごい……歴史を感じる店構えだね」
山崎が感嘆の声を漏らす中、和美は一歩前に出て、お店の引き戸を開けた。
「すいません、お漬物の試食って可能ですか?」
「はい、できますよ。季節的に、今はちょうど『千枚漬け』が良い時期ですね」
「わぁ、千枚漬けの試食、お願いします!」
すると、お店の年配の女性がニッコリと微笑み、トングを手にした。
「はい、お嬢ちゃんたち、ちょっと手のひらを出して」
「えっ?」
予想外の言葉に、和美たちはきょとんとする。
「手のひらにね、千枚漬けを置いていくから」
「あ、なるほど!」と納得した女子たちが手を差し出すと、冷たくてツヤツヤとした千枚漬けが、一人ひとりの手の上にぽん、ぽんと置かれていく。
それを見ていた男子三人組も、おずおずと大きな手を広げた。
「はい、あなたたちもね」
「ありがとうございます! 僕たち、今回の修学旅行で『京の食文化』というテーマを掲げているんです。その中で、千枚漬けは絶対に欠かせないと思って勉強しに来ました!」
高橋翼がここぞとばかりにハキハキと答える。そのお行儀の良さに、お店の人は一気に顔を綻ばせた。
「あら、うまいこと言うわね、あなたたち。感心感心。たくさん食べていきなさい」
そんな温かいやり取りの最中、和美は手の中の千枚漬けを口に運んだ。
独特の、ほんのりと糸を引くような贅沢なとろみ。昆布の上品な旨味。そして、主役である聖護院大根のみずみずしく、シャキッとした心地よい歯ごたえ――。
(……美味しいっ!)
今まで食べたどのお漬物よりも深く、洗練された味わいだった。
じわりと広がる京都の伝統の味に、和美は感動で胸をいっぱいにしながら、隣で「これマジでうまいな!」と目を輝かせている仲間たちと顔を見合わせるのだった。




