古都の洗礼とタイムマネジメント
金閣寺の総門をくぐり、木々の間を抜ける参道を進んでいく。視界が一気に開けた瞬間、鏡湖池の向こう岸に、まばゆいばかりに輝く金色の建物が姿を現した。
あれが、金閣――。
青空を背景に静かに佇むその姿は、教科書で見るよりもずっと鮮やかで、息を呑むほどに美しかった。
しかし、感傷に浸っていられたのは一瞬だけだった。
「人が……、多すぎる」
境内は世界中から集まった観光客であふれかえっており、和美たちの学校の生徒たちも、一斉にスマホを取り出して金閣へ画面を向けた。
「おい! 写真を撮るのはいいが、SNSへの投稿は絶対に禁止だぞ!」
引率の先生が張り上げる大声が、喧騒を割って響く。どこの学校も考えることは同じなのだなと、和美は内心で苦笑した。
「和美、こっち向いて! 写真撮ろ!」
結愛と咲良がスマホを構えて手招きしている。和美は二人の間に挟まれるようにしてぴったりとくっつき、自撮りモードのレンズに笑顔を向けた。背後には、池に映る美しい逆さ金閣がバッチリと収まっている。
「――集合時間厳守! 遅れずにバスに戻るように!」
再び先生の鋭い声が聞こえ、和美はふとスマホの画面上部にある時計に目をやった。
「結愛、咲良、のんびり撮ってる時間ないよ。ちょっと急ぐよ」
「えー、ちょっとくらい遅れても大丈夫だってば」
結愛がマイペースに返すのを、和美はすかさず引き締める。
「最後に戻ってきて、クラス全員からの冷たい視線に耐えられるなら、別にいいけど?」
「……それはちょっと、いやかも」
観念した結愛の手を引っ張り、三人は小走りで駐車場の京阪バスへと急いだ。
息を切らせてステップを駆け上がると、到着したのは見事に集合時間ぴったり。しかし車内を見渡すと、すでにほとんどの生徒が着席していた。ギリギリではあったが、幸いにも「最終組」という最悪の不名誉は免れ、三人はホッと胸を撫で下ろして座席に深く腰掛けた。
それから数分後、文字通りの最終組としてドタバタと戻ってきたのは――明日、班別自主行動を共にするサッカー部の翼たち三人だった。
(……明日、本当に大丈夫かな。私がしっかり時間管理しないと大変なことになるかも)
班長としての責任の重さを予感し、和美は密かに身震いした。
バスは金閣寺を後にし、次なる目的地である大覚寺へと向かった。
ここには、平安時代の面影を今に伝える古い形式の日本庭園がある。広大な「大沢の池」の畔をみんなで歩く。周囲の木々は、紅葉にはまだ少し早かったようで、ほんのりと葉の先が色づき始めたばかりのグラデーションを見せていた。
昼食は『レストラン嵐山』という、いかにも修学旅行生や団体客専門といった佇まいのお食事処だった。
ここでは、ガイドさんも引率の先生たちも、とにかく時間に対して神経質になっていた。
「遅れた奴は飯抜きだからな!」という学年主任の怒声は、もしかすると脅しではなく、過密スケジュールの裏に隠された本音なのかもしれないと和美は思った。
運ばれてきたのは、申し訳程度に湯豆腐がついた和定食のようなメニュー。お腹は満たされたものの、あまり「京都の情緒」を感じられるほどのものではなかったのが正直なところだ。
食事の後は、嵐山の代名詞ともいえる渡月橋を渡り、そこから天龍寺へと徒歩で移動した。
天龍寺の日本庭園も、それは見事で美しいものだった。けれど、流れるようなスケジュールの中で立て続けに広大な庭園を見せられた和美は、頭のどこかで(なんだか、一生分の日本庭園を一日で見ちゃった気がするな……)などと贅沢な感想を抱いていた。
全ての行程を終え、再びバスに乗り込む。
ここから今日の宿舎までは、約30分の道のりだ。車内を見渡すと、朝からの移動と慣れない徒歩移動に体力を削られた生徒たちの多くが、コックリコックリと居眠りを始めていた。
もちろん、和美もその例に漏れない。
カタン、とバスが優しく揺れる振動に身を委ねながら、和美は深い眠りへと落ちていった。明日訪れる、あの賑やかな「錦市場」の夢を見ながら。




