京都到着と「カール」の洗礼
お菓子を交換したり、他愛のないおしゃべりでキャーキャーと騒いでいるうちに、新幹線はあっという間に京都駅へと滑り込んだ。
ホームに降り立った瞬間、修学旅行生の熱気と駅独特の喧騒が五感を刺激する。
「おい、全員よく聞け! 新幹線を降りたら『八条口』に向かうように! 間違えて中央口なんかに行ったら本当に置いていくからな!」
学年主任の先生が、拡声器を使って割れんばかりの大声で指示を飛ばしている。その声を背中で受けながら、結愛は隣で「八条口、八条口、はちじょうぐち……」と、まるで怪しい呪文か何かのようにブツブツと呟いていた。
「結愛、大丈夫? 顔が真剣そのものだけど」
和美がクスッと笑いながら顔を覗き込むと、結愛は悲壮感の漂う表情で訴えかけてきた。
「大丈夫じゃないよー! 私、自他ともに認める筋金入りの方向音痴なんだから!」
「あはは、そこは胸を張って自慢するところじゃないってば。心配なら、ずっと私の後ろについてきて」
「えっ、和美は方向音痴じゃないの?」
「うん、地図を読むのは昔から得意だよ。空間認識能力が高いのかもね」
(地図を読むのが得意なのはかつて男の子だったからかもしれないなと和美はぼんやりと考えた)
「新体操のフロアで自分の位置を正確に把握する感覚が、意外なところで役に立っているのかもしれないわ」和美が頼もしく微笑むと、結愛は「神様、仏様、和美様!」と拝むように手を合わせた。
人の波に流されるようにして八条口の団体バス乗り場へ出ると、そこには学校名が書かれたプレートを掲げた、ピカピカの京阪バスがずらりと縦に並んでいた。これだけ大々的に用意されていれば、さすがの結愛でも迷いようがないだろうと和美は胸を撫で下ろした。
指定された号車に乗り込み、座席に落ち着くと、プシューとドアが閉まって大型バスが滑らかに発車した。
「○○中学校の皆さん、京都へようこそ、おはようございます。本日はこれから皆さんと一緒に、京都市内の名所をいくつか巡りまして、夕方にはお宿の方までお送りいたします。本日一日、皆様をご案内いたします京阪バスの運転手は熊谷、そしてガイドの水江と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
フロントに立つバスガイドさんの、凛とした、それでいて流暢で心地よいアナウンスが車内に響き渡る。……が、新幹線から引き続きテンションが上がりっぱなしの生徒たちの耳には、ほとんど届いていないようだった。
「さて、本日最初に訪れますのは、京都を代表する名所のひとつ、金閣寺でございます。正式名称は『鹿苑寺』といい、室町幕府三代将軍、足利義満によって建てられました。今からおよそ600年以上も前のことでございます。世間一般に金閣寺と呼ばれる理由は、建物の上の二層に、本物の金箔が贅沢に貼り巡らされているからでございまして――」
(へえ、最初は金閣寺なんだ。定番だけど、やっぱり本物を見るのは楽しみだな……)
ガイドさんの説明を聞きながら、和美がぼんやりと窓の外の京都の街並みを眺めていた、その時。
「ねえねえ和美、お菓子食べない? これ見て!」
ガサゴソと派手な音を立てて、結愛が和美の目の前に大きなスナック菓子の袋を突き出してきた。緑色のパッケージには、見覚えのあるカールおじさんのキャラクター。
「あ、これって『カール』? うわ、懐かしい!」
「でしょ!? もう東京のコンビニとかじゃ売ってない幻のお菓子じゃん? 京都駅の売店で見つけて、テンション上がって速攻で買っちゃった!」
「あんたねえ……」
和美は呆れたように額に手を当てた。
「さっき『自分は筋金入りの方向音痴だ』って半泣きで言ってたの、どこの誰だっけ? そんな調子で、買い物に夢中になってみんなとはぐれちゃったら本当に大変なんだからね?」
「うぐっ……面目ない。でもほら、カールのうすあじ、美味しいよ? はい、あーん」
「もう、もらうけどさ……」
サクサクとした懐かしいスナックの風味を口いっぱいに広げながら、和美は再び窓の外へと視線を戻した。車内を包むお気楽な空気と、カールの塩気。少しの不安を抱えつつも、和美たちの京都の旅は、賑やかにその幕を開けたのだった。




