それぞれの裏事情、それぞれの秘密
生徒たちの目線では完璧とも言える計画書を提出し、達成感に包まれた和美、結愛、咲良の三人は揃って家路に就いていた。夕暮れの通学路を歩きながら、結愛がふと真面目な顔になって和美を振り返る。
「ねえ和美、山崎くんに少し気をつけた方がいいかも。和美の動きを目で追っているときがあるのよ」
「えっ?」
唐突な言葉に和美が目を丸くすると、隣の咲良も深く頷いて同意した。
「そうそう。山崎の和美を見る目がさ、ちょっとこう……ギラついているっていうか。私も気になってたんだよね」
「嘘、私、全然気がつかなかった……」
和美は苦笑いしつつも、「教えてくれてありがとう」と二人の気遣いを受け止めた。結愛への失恋を経て、山崎の矢印がまさか自分に向きかけているとは、夢にも思っていなかったのだ。
少し気恥ずかしくなった和美は、話題を変えるように咲良に問いかけた。
「それにしても咲良、よくあんな完成度の高い資料が作れたね。感心しちゃった」
「あ、それね」
咲良はいたずらっぽく笑った。
「実はうち、社会人の兄貴がいるじゃん?『会社員はパワポの資料くらい息をするように作れないと出世できんぞ』とかいつも言っていたから、手伝わせてみたら夢中になってくれたんだよね」
「なるほど、お兄さんのプロの技だったのね。道理ですごいわけだわ」
「一応、生成AIも組み合わせて使ってたみたいだから、AIさまさまだよ。あいつは指示出し(プロンプト)しただけ」
咲良が種明かしをすると、結愛がクスクスと笑う。
「これ、職員会議で『中学生が作ったレベルじゃない』って絶対に話題になるよ」
その予想は的中した。
提出から一週間後、LMS(学習管理システム)経由で戻ってきた計画書の評価は最高ランクの「優」。ただし、タイムスケジュールが少々タイトすぎるという指摘と、「清水寺から宿舎までは移動時間を考慮し、タクシーの使用も検討するように」という、安全面を考慮した現実的なアドバイスが付記されていた。
放課後、和美は担任の先生に呼び出され、「これ、本当に自分たちだけで作ったのか? 誰かに作ってもらったんじゃないか?」と直球で尋ねられた。
和美はあらかじめ考えていた通り、落ち着いて答えた。
「旅行倶楽部の鈴木先生に、事前にチェックとアドバイスをいただきました」
「なるほど、鈴木先生か。なら納得だ」
担任はそれ以上追及することなく、満足そうに頷いた。
職員室を出た後、和美はすぐに咲良へ連絡を入れた。
「咲良、お兄さんのことはちゃんと黙っておいたからね」
「ありがとう、和美! 助かったー!」
咲良からすぐに感謝のスタンプが返ってきて、和美は小さく微笑んだ。
その日の夜。自宅の自室で修学旅行のしおりを眺めていた和美は、ふと胸に湧き上がった落ち着かない気持ちを、リビングにいた母親に打ち明けた。
「お母さん……なんか、修学旅行が近づいてくるにつれて、そわそわしちゃうんだよね。その……みんなで大浴場のお風呂に入るの、少し恥ずかしいなって」
母親はアイロンをかける手を止め、優しく微笑んだ。
「まあ、みんなそう思っているから大丈夫よ。最近の若い子は家のお風呂ばかりで、大きなお風呂に入り慣れていない子が多いでしょうからね」
「それはそうなんだけど……」
和美は膝を抱え、声を潜めた。
「なんて言うか……元男の子の私が、女の子たちに混ざって一緒にお風呂に入っていいのかなって。そういう、後ろめたさみたいなものもあるのよね」
母親はアイロンを置き、和美の目をじっと見つめた。
「和美、まだそんなことを言っているのね。新体操を始めて、観客の前で堂々と演技するようになって、少しは自分に自信をつけたかと思っていたのだけれど」
「それは違うよ」
和美は首を振り、少し頬を赤らめて呟いた。
「衣装を着て綺麗に見せるために演技するのと、お風呂で裸になるのは……また全然別次元の話だもん」
誰にも言えない秘密を抱えたまま行く、二泊三日の旅。和美は窓の外の夜空を見つめながら、どうか何事もなく無事に終わりますようにと、切に願うのだった。




