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偽りの境界線、揺れるセーラー服

 中学入学を控えた春。和美は、お母さんに連れられて町の小さな制服販売店を訪れていた。


 店内に漂う、新しい布地とアイロンの匂い。壁には、これから始まる新生活を象徴するような詰め襟とセーラー服が整然と並んでいる。

 学校から制服屋さんに届いている書類上の名前は、もちろん「和巳」であり、区分は「男子」だ。しかし、いま店主の前に立っているのは、少し長めの髪を揺らす可憐な少女……「和美」だった。


「あら、いらっしゃい」

 愛想よく迎える店主に対し、お母さんは事前に用意していた原稿を暗唱するかのように、淀みなく説明を始めた。


「あの、うちの子、名前のせいでよく男の子と間違われてしまうんです。ご覧の通り和美は女の子ですので、セーラー服でお願いします。それから……受取は学校ではなく、自宅への配送にしていただけますか?」


 お母さんの言葉は、どこか言い訳めいて聞こえたが、店主は深く追求することなく「はいはい、分かりました。和美ちゃんですね」と笑顔で頷いた。


「さあ、和美ちゃん。採寸するから奥へどうぞ」


 案内された鏡の前で、和美は言われるがままに腕を広げた。メジャーが肩や腰を滑っていく。女の子としての身体を正確に測られるのは、気恥ずかしくもあり、同時に「和美」という存在が公に認められていくような不思議な高揚感があった。


「今は成長期ですからね。少し大きめのサイズに仕立てておきますよ」


 店主の親切心からの言葉に、和美は思わず頬を膨らませた。

「……それじゃあ、今日わざわざ測った意味がなくなっちゃうじゃない」

 完璧な「和美」としての一着を求めていた彼――彼女にとって、ダブついた袖口や肩幅は、どこか中途半端な妥協のように感じられたのだ。


 採寸を終え、店を出る間際。

「和美も、これで女の子になるのね……」

 背後で小さく漏らされたお母さんの呟きは、春の風に紛れ、和美の耳に届くことはなかった。


 西日に照らされた帰り道、和美はふと胸に湧いた疑問を口にした。


「ねえ、お母さん。小学校まで男の子だった私が、中学校で急に女の子になってたら、みんなびっくりするかな?」


 同じ学区から進学する同級生は多い。突然の変身に、周囲が混乱するのは目に見えている。しかし、お母さんはさも名案だと言わんばかりに、事もなげに答えた。


「気づいた子はびっくりするでしょうけど、大丈夫よ。和巳には『性別の違う双子の妹』がいることになっているから。みんな、そういうものだって納得するわよ」


 双子の妹、和美。

 実在しないもう一人の自分を演じ続ける。それは、異能を持つ者が平穏な日常を手に入れるための、面影家流の「処世術」だった。


 セーラー服を着て、自分を「妹」だと偽って通う学校生活。

 和美は自分のスカートの裾をぎゅっと握り、まだ見ぬ教室の風景を想像して、期待と不安が入り混じった溜息をついた。


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