可能性の選択肢
夕食の後片付けを終えたリビングに、お茶の香りが静かに漂う。和美は意を決して、向かいに座る母親に語りかけた。
「お母さん。今日ね、桐栄女子との合同練習があったの」
「ああ、そういえばそんなこと言っていたわね。どうだった?」
母親が穏やかに微笑む。和美は湯呑みを両手で包み込み、その温もりにすがるように言葉を続けた。
「そこで……桐栄女子の朝倉コーチと高等部二年の鳳城すみれさんから、高校はうちに来ないかって言われちゃって。スカウト、されたの」
「あら」
母親は少し驚いたように目を見張ったが、すぐに真剣な表情を浮かべた。
「それで、和美は何て返事をしたの?」
「……考えさせてください、って」
「そう。――あなたは、桐栄女子に行きたいの?」
まっすぐな問いかけに、和美は胸の奥にある感情を一つずつ紐解くように言葉を紡ぐ。
「正直に言うね。私の新体操を、あの朝倉コーチに認めてもらえたことは、すごく嬉しかった。本当に光栄だと思ったの」
そこまで言って、和美は一度視線を落とした。
「でもね……女子高への進学は、私のもう一つの可能性――『和巳』であることを、完全に封印することになると思うの。それに、桐栄女子で新体操を続けることは、生半可な覚悟じゃ絶対に無理。三年間、それこそ新体操漬けの生活が待っているし、もしかしたら大学まで続くかもしれない」
頭をよぎるのは、あの圧倒的な強さを誇る桐栄女子の部員たちの姿だ。
「もし、そこまでして飛び込んで……私の才能がこれ以上伸びなかったら、私はずっと針の筵に座っていることになるわ」
一気に吐き出された和美の本音を、母親は遮ることなく最後まで静かに受け止めていた。
「それで? 今のところの和美の結論は?」
「……それが出せなくて、こうしてお母さんに相談しているんじゃない」
少し膨れてみせる和美に、母親は困ったように、けれど愛おしそうに苦笑した。
「うーん……こればっかりはあなたの人生だから、最終的にはあなたが決めなきゃいけないわ。でもね、人生の先輩として一つだけアドバイスをするなら――」
母親は和美の目をじっと見つめた。
「『和巳』と『和美』は、どちらもあなたという一人の人間だということ。そしてね、人生っていうのは、可能性を捨てていくものだと思うのよ」
「人生は、可能性を捨てていくもの……」
和美はその言葉を口の中で繰り返した。重く、けれどどこか腑に落ちる響きがあった。
「確かに、そうかもね。何かを選ぶということは、他の何かを捨てるということ……。可能性を捨てるのを嫌がって両方握りしめたままじゃ、結局どこにも進めないってことよね」
絡み合っていた思考の糸が、少しだけ解けた気がした。和美は湯呑みを机に置き、深く息を吐き出す。
「お母さん、ありがとう。……明日、杉浦先生に自分の正直な気持ちを話してみるよ」
窓の外の夜空を見つめる和美の瞳には、さっきまでの迷いの中に、確かな決意の光が宿り始めていた。




