強豪の洗礼、交錯する意志
秋の地区大会での三位入賞は、思わぬ「招待状」を連れてきた。
相手は桐栄女子中学高等学校。スポーツ全般に力を入れ、新体操部においても全国レベルを射程圏内に収める名門校だ。そんな強豪からの合同練習の誘いは、公立中学である和美たちにとって、まさに破格の出来事だった。
「久しぶりに、朝倉と会ってくるか」
誘いを受けた杉浦先生の第一声は、どこか楽しげだった。今回の縁は、桐栄女子のコーチ・朝倉玲奈氏が杉浦先生の大学時代の後輩だったことから繋がったらしい。
電車で三駅。和美たち二年生三名と、一年生六名の計九名は、期待と緊張を胸に桐栄女子の校門をくぐった。
私学ならではの豪華な設備に、一同は圧倒される。体育館の場所取りに明け暮れる自分たちの環境との「格差」を突きつけられ、専用練習場があるというだけで、和美は羨望を禁じ得なかった。
「久しぶりね、朝倉」
「杉浦先輩もお元気そうで何よりです」
再会した二人の空気が一瞬で学生時代に戻るのを、和美は見逃さなかった。
「お二人は知り合いなんですか?」
「体育大学の新体操部の先輩後輩だよ。私が三回生の時に朝倉が入ってきたんだ。選手としての実力は、朝倉の方がはるかに上だったけどね」
そんな杉浦先生の紹介に、朝倉コーチは微笑みを返した。
「あなたの教え子たちはいい目をしているわね。さすがは先輩だわ」
朝倉コーチが、部のエースたちを呼び寄せる。
「うちの看板を紹介するわ。鳳城すみれ、高等部二年生。そして、白川ひより、高等部一年生よ」
立っているだけで華のある二人に、和美たちは背筋が伸びる思いだった。
合同練習が始まると、ほどなくして朝倉コーチから要望が出された。
「あなたたちが三位に入ったというボール5、見せてくれるかしら」
この日のために、和美たち二年生三人と一年生二人の「最強チーム」で練習を重ねてきた。
杉浦先生の「行くぞ」という号令で、五人がマットの前に出る。
公立中の低い天井を想定した、投げよりも連携で魅せる構成。中でもブラインドキャッチを取り入れた振り付けは、和美たちの意地が詰まった「挑戦」だった。
演技が始まる。
ボールが鮮やかな弧を描き、和美の背後へと落ちてくる。和美は一切振り返らず、自身の感覚だけを信じて手を伸ばした。
――ぱしっ。
吸い込まれるような捕球音が響き、見ていた桐栄女子の生徒たちがわずかに息を呑む。
最後のポーズが決まると、控えめながら温かい拍手が起きた。「公立でここまでやるのか」という驚きが混じった拍手。一年生たちは胸を張り、誇らしげな表情を浮かべていた。
だが――これはまだ、物語の序章にすぎなかった。
「うちはフープ5を見せるわ。じゃあ、桐栄入って」
朝倉コーチの指示で、すみれとひよりを含む五人がマットに立つ。
立つだけで、空気が、圧が、変わった。
姿勢、足の向き、指先の角度。すべてが完璧に揃っている。音楽が流れた瞬間、和美たちの呼吸は止まった。
フープが空中で交差し、床を滑り、意志を持っているかのように躍動する。
投げの高さ、回転の鋭さ、移動のスピード。そして何より、一秒の隙もない動きの「密度」。
「これが……本物の強豪校……」
和美は呆然と呟いた。自分たちが必死に積み上げてきたものが、あまりにも矮小に見えるほどの完成度。一年生たちの顔からは先ほどの誇らしさが消え、絶望に近い衝撃が走っている。
演技後、一年生の白川ひよりが明るい笑顔で歩み寄ってきた。
「さっきのボール、すごかったよ! ブラインドキャッチ、あれ難しいよね」
真っ直ぐな称賛。けれど、一年生たちは返事ができなかった。
「レベルが違いすぎる……」
「私たち、あんなふうに動けるの?」
「……無理だよ……」
そんな弱音が、小さなさざ波のように広がっていく。
和美は、自分の胸の奥が激しくざわつくのを感じていた。
届かないほどの高みを見せつけられた恐怖。けれど、それ以上に「あの中に混ざりたい」と願ってしまう、名もなき熱い衝動が、和美の指先を微かに震わせていた。




