視線の檻、予期せぬ矛先
奇妙な現象が起き始めた。
山崎君の所属する野球部が、新体操部の練習を「見学」しに来るようになったのだ。
「身体の効率的な使い方と、柔軟性獲得による怪我の予防」
そんなもっともらしい理由を掲げ、学校側も正式に許可を出したらしい。
和美は、男子生徒たちの視線が練習の妨げになることを危惧していた。部長として、必要以上に肌を露出するような服装は、演技のチェックに不可欠な時以外は控えるよう部員たちに徹底させた。けれど、筋肉の細かな動きを確認しなければならない場面では、どうしてもレオタード姿にならざるを得ない。
さらに困ったことに、正式な見学以外にも、窓の外から練習を「見物」しに来る生徒が急増していた。
「新体操部の妖精を一目見よう」
そんな噂が校内に広まっていると聞いた。最初は誰のことかと思っていたが、どうやら自分のことだと知ったとき、和美はあまりの気恥ずかしさに絶句した。
(妖精って……!)
あまりの過熱ぶりに、ついに職員会議でも議題に上がったらしい。
杉浦先生は「不法な見物の禁止」と「体育館の窓への目隠しの設置」を強く要望したが、予算や手続きの都合で時間はかかるようだった。
中には、「新体操の振り付け自体が煽情的で問題がある」などという、競技の本質を理解しない男性教諭もいたという。そのとばっちりを受ける形で、杉浦先生は和美を呼び出し、注意を与えなければならなくなった。
「和美さん、ごめんなさいね。職員会議の決定で、あなたに注意を与えなければならなくなったの。……あなたには、何一つ悪いところはないのだけれど」
放課後の準備室。杉浦先生は、苦渋に満ちた表情で言葉を絞り出した。
「『男子生徒を誘惑してはいけない』。……これが会議の結論よ。あなたがそんなことをこれっぽっちも考えていないのは、私が一番よく知っている。でも、立場上、こう言わざるを得ないの」
「私は……男の人を誘惑なんて、していません」
きっぱりと言い返しながらも、和美の脳裏には、あの夕暮れ時に結愛が向けた激しい怒りが蘇っていた。
自分では何もしていないつもりでも、周囲の目には「そう」映ってしまう。その理不尽さに、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「先生……私は、新体操部を離れたほうがいいんでしょうか」
震える声で尋ねると、杉浦先生は即座に首を横に振った。
「そんなことは絶対にないわ。でも……そうね、少しの間、あなた自身が演技をする時間を減らして、指導やサポートの側に回ってみるというのは一つの手かもしれない。ほとぼりが冷めるまで、様子を見てみましょう」
マットの上で舞うことが、いつの間にか自分を傷つける刃に変わろうとしていた。
和美は冷たくなった指先をぎゅっと握りしめ、自分を閉じ込めようとする目に見えない檻の存在を感じていた。




