無自覚な引力、厄介な処方箋
その日の夜、和美は夕食の支度をする母親の背中に、重い口調で話しかけた。
「お母さん……今日、帰り道で結愛から彼氏を紹介してもらったんだけど。途中から結愛、すごく怒り出しちゃって」
「そう、結愛ちゃんが怒ったんだ」
母親は手を休めず、穏やかに相槌を打つ。
「私、本当に訳が分からなくて。結愛が紹介してくれたのは野球部の子で……名前は何君だったかな。結愛が言うには、その子が私に興味を持っちゃったみたいで。だから『私の彼氏を取らないで』って」
そこで母親が、ふっと手を止めて振り返った。
「……結愛ちゃんの気持ち、分かるわ」
「えっ、お母さんまで? 気持ちが分かるって、どういうこと?」
「これはね、その野球部の子が一番悪いんだけど。要するに和美が、男性から見て『一人の女性』として、すごく魅力的に見えるようになったってことよ」
「えっ、なにそれ。私、元は男の子だよ? 女性としての魅力なんて、あるわけないじゃない」
和美のその言葉に、母親は困ったように眉を下げた。
「結愛ちゃんの前でも、そんな態度を取ったんでしょ? そりゃ怒るわよ。彼女にしてみれば、シャレになってないものね。……梨沙ちゃんや恵理ちゃんにも相談してみたら? お母さんの言うことは、どうせ信用できないでしょうから」
「そんなことないけど……。分かった、聞いてみるよ」
翌日、放課後の体育館。和美は練習の合間に二人を捕まえた。
「梨沙、エリチン。相談があるんだけど……」
和美が結愛との間に起きた出来事をかいつまんで話すと、恵理がわざとらしく仰々しく天を仰いだ。
「あー、これはですね、重症です。梨沙先生、処方箋をお願いします」
「そうね……。診断名は『無自覚魅惑症候群』ってところかしら」
「なにそれ、変な名前つけないでよ」
和美が呆れると、梨沙は真面目な顔を作って、和美の肩に手を置いた。
「いい? 和美。若い男の子なら、いちころよ」
「分からないよ、そんなの」
「和美は自分で気がついていないと思うけど。新体操を始めてからスタイルも抜群にいいし、何より姿勢がすごく綺麗。顔だって悪くない。そんな子が、危うさと凛とした空気を纏って隣を歩いてたら、うぶな男子が目を離せなくなるのは当然なの」
和美は困惑して、自分の手足を見つめた。新体操のために鍛え、整えてきたこの身体が、誰かにとっての「毒」や「誘惑」になるなんて、これっぽっちも想像していなかったのだ。
「……本当に、分からない」
「そうか、分からないか。これは思った以上に重症だね、エリチン」
「だね、梨沙先生。和美の罪は、深いですぞ」
二人の茶化すような、けれどどこか温かい視線に、和美はさらに肩をすぼめた。
結愛の怒りと、山崎君の視線。そして、自分の内面。
バラバラだったパズルのピースが、少しずつ、和美にとって望ましくない形に組み合わさろうとしていた。




