仕組まれた(?)ハプニング
秋の地区大会の会場となる市営体育館。開門とほぼ同時、誰よりも早く到着したのは部長の和美だった。
肌寒い朝の空気の中、選手受付の前で後輩たちが来るのを一人ずつ待つ。
みお、ひより、えま、さつき、こころ、あおい。
六人が揃い、それぞれ受付を済ませたが、肝心の顧問・杉浦先生の姿がどこにも見当たらない。
「杉浦先生、遅いですね……」
開始時間が迫るにつれ、新入生たちの間に焦りの色が広がり始めた。
「大丈夫だよ。先生はいつも『ギリギリ仮面』なんだから」
和美は以前、先生が遠征先で出発数秒前に現れたエピソードなどを話して場を和ませようとした。けれど、とうとう監督会議が始まる時間になっても、先生は現れなかった。
和美の心臓も、嫌な音を立て始める。
「どうしよう……顧問の先生が監督会議に出ていないチームは、最悪、出場権がなくなっちゃうの」
和美がつい不安を口にすると、新入生たちは一気にパニックに陥った。
「えっ、私たち、出られないんですか!?」
「そんな、ここまで練習してきたのに……」
全員が顔を赤くしたり青くしたりして、入り口の自動ドアを食い入るように見つめている。そのときだった。
「あら、みんな全員揃ってる?」
体育館の入り口からではなく、なぜかアリーナの奥の方から、涼しい顔をした杉浦先生が歩いてきた。
「先生! 監督会議には間に合ったんですか!?」
和美が詰め寄ると、先生は不思議そうに首を傾げた。
「もちろんよ。今回は役員の当番だったから、開門よりずっと早く着いて準備をしていたわ。会議もさっき終わったところよ」
その言葉を聞いた瞬間、和美をはじめ、新入生全員の膝から力が抜けた。
「先生が来ないから……もう、試合に出られないんだと思って……っ」
感受性の強いこころが、安堵のあまりその場で泣き出してしまった。
「そりゃ悪かったわね。みんなより一足早く体育館入りするって、伝えておけばよかったわ」
泣きじゃくるこころをなだめながら、和美はふと気づいた。
「負けられない」という張り詰めた緊張感が、この思わぬハプニングによって綺麗に溶けている。これが先生の意図した演出なのか、それとも単なる天然なのか、和美には計りかねた。
「さあ、控室で着替えていらっしゃい」
先生に促され、新入生たちはバッグを抱えて元気よく更衣室へと駆け出していった。それを見送ってから、和美は先生の隣に並び、そっと鎌をかけてみた。
「先生……遅刻したみたいに見せたのは、わざとでしょう?」
「あら、なんのことかしら」
先生は視線を逸らしたまま、素知らぬ顔でプログラムを捲る。
「作戦は上手くいったみたいですよ。先生が現れたとき、みんな本当にホッとして……ガチガチだった緊張が、いい具合に緩みました」
先生はそこでようやく和美を振り返り、悪戯っぽく口角を上げた。
「さあ、本番よ。彼女たちに、試合という名の緊張感を存分に楽しんでもらいましょう」
その横顔を見て、和美は確信した。
この人もまた、勝負師なのだ。和美は新部長として、改めて身の引き締まる思いでアリーナを見つめた。




