託されたバトン、試される信頼
和美の言葉が、どれほどの熱を持って届いたかはわからない。
けれど、新入生からの不満はピタリと止んだ。杉浦先生からも「最近、一年生たちが落ち着いて練習に取り組めているわね」と声をかけられた。
メンバーを交代させながら行うボールとフープの団体練習。以前ならどこか他人事のようだった空気は消え、指示通りに動けるようになってきた。
『誰かが欠けてパフォーマンスが下がった、なんて絶対に言わせたくない』
そんな意地にも似た自意識が、彼女たち六人の間に不思議な連帯感を生んだようだった。
「和美さん、ボールの交換を『ブラインドキャッチ』で行う振り付けにしてみようと思うの」
ある日の練習中、杉浦先生が唐突に言い出した。相手を見ずに、感覚だけでボールを受け取る。それは相当な技術と、何より互いへの深い信頼がなければ成立しない大技だ。
「先生……今のあの子たちにやらせるには、まだ自信がありません」
和美は思わず反対した。失敗すれば一気にリズムが崩れるリスクがある。
「あの子たちが、あなたの手のひらの上だけで動いているうちは成長しないわ」
先生は和美の目を見て、静かに、けれど断固とした口調で続けた。
「あなたが『自信がない』と言うのであれば、なおさらやってもらいましょう。限界を決めるのは、彼女たち自身であるべきよ」
先生の決断により、秋の地区大会の構成は大幅に難易度が引き上げられることになった。
そして、酷暑と共に夏の全中(全国中学校体育大会)が幕を開けた。
結果として、部長の佐々木さんは県大会の予選まで勝ち進んだものの、そこで惜しくも敗退。和美も県大会の舞台には立てたが、佐々木さんより一足早くマットを降りることになった。
大会が終わり、二人は県庁所在地の大きな体育館を後にした。帰りの電車、揺られる車内。
「これで、私は引退。……次の部長は、和美。あなたにお願いしたいと思っているの」
窓の外を見つめていた佐々木さんが、穏やかな声で言った。
この新体操部では、伝統的に引退する部長が次期部長を指名し、顧問がそれを追認する形をとっている。佐々木さんは、次の一年間を和美に託すつもりなのだ。
「私には……とても、部長なんて務まりません」
和美は即座に首を振った。自分には、みんなを引っ張るような強さも、正しさもない。
「誰でも最初はそう言うのよ。私も一年前、同じことを言ったわ」
佐々木さんは茶目っ気たっぷりに笑って、それから少し真面目な顔になった。
「それにね、聞いたわよ。あなたが新入生に秋の地区大会の心得を説いたって。六人とも、目を潤ませて聞いてたんですって?」
「……それは、その……」
和美は言葉に詰まった。まさかそんな風に伝わっているとは思わなかった。
「引き受けるかどうか……少し、考えさせてもらえませんか」
電車の窓に映る自分の顔は、まだどこか自信なさげに揺れている。
部長という重責。それ以上に、「面影和美」として部を背負うことの重み。
夕暮れの景色が流れていく中、和美の心は波立つ水面のように定まらなかった。




