鏡の中の早着替え(クイック・チェンジ)
面影家の跡継ぎである和巳にとって、地元のショッピングセンターへの買い物は、もはや一つの「極秘任務」に等しかった。
お母さんと連れ立って服を選ぶのだが、そのリストは常人の倍だ。男の子用のTシャツやパンツはもちろん、女の子用のブラウスやスカートまで。カートの中には、まるで双子の兄妹がいるかのような大量の衣類が積み上がっていく。
「さあ、和巳。試着室が空いたわよ」
お母さんに促され、山のような服を抱えてフィッティングルームのカーテンを閉める。ここからが、和巳にとっての密かな楽しみだった。
狭い個室の中で、まずは男の子の服を試着する。鏡でサイズを確かめると、すぐに意識を切り替える。
ふわりと身体の輪郭が柔らかくなり、短めの髪に少しだけ艶が差す。
(よし、次は和美の番)
和美としての身体で、今度は可愛らしいワンピースに袖を通す。
狭い空間で正体を隠しながら、瞬時に性別を入れ替えて着替えるスリル。それは、退屈な買い物時間を冒険に変えてくれるスパイスだった。
最近、お母さんはよくこんなことを口にする。
「和巳、不思議ね。和巳の服よりも、和美としての服の方が少しサイズが大きくなってきているわ。やっぱり女の子の方が成長が早いのねぇ」
同じ一人の人間でありながら、その成長曲線さえも「どちらの自分か」によって微妙にズレが生じる。異能の血がもたらす不思議な生理現象に、和巳は苦笑いするしかなかった。
女の子モードである「和美」の時、彼は徹底してワンピースかスカートを選んだ。
そこには和巳なりの強いこだわりがある。
(せっかく女の子になれるんだから、女の子にしか着られない服を選ばなきゃ)
もし和美の姿でボーイッシュな半ズボンを履いてしまったら、それは「髪の長い和巳」と大差なくなってしまう。
「それじゃあ、男の子と区別がつかないじゃん」
という自負が、彼をひらひらとした裾の広がる服へと向かわせていた。
普段、学校では「和巳」として過ごしている。そのため、油断すると「和美」になった時、ついついガサツな動きが出てしまうのが悩みだった。
「こら、和美。座り方が乱れているぞ。女の子の姿をしている時は、心までその姿に合わせなさい」
お父さんからの厳しい注意が飛ぶ。ずっと男の子のまま過ごしていると、いざという時の立ち振る舞いが「男」に寄ってしまうのだ。
そんな時、両親が推奨するのがスカート姿だった。
「やっぱりスカートを履くと、自然と膝を閉じるし、歩き方もおしとやかになるわね」
とお母さんは目を細める。
ふわりとしたスカートの裾を意識することで、和巳の心の中に「和美」としての品格が宿る。それは、異能を完璧にコントロールするための、面影家流の「しつけ」でもあった。
鏡の前でスカートの裾を少しつまんでみる。
「……うん、やっぱりこっちの方が和美らしい」
休日の午後、ショッピングセンターの試着室から出てきたのは、少しだけ背筋を伸ばし、楚々とした足取りで歩く「和美」だった。




