新入生(和美先輩)
月日は巡り、地方都市の穏やかな風が桜の花びらを散らす季節。学校はまた一つ、新しい息吹を迎えていた。
入学式の喧騒が落ち着いた後の体育館。色とりどりのサークル紹介が続く中、和美はステージの上に立っていた。
スポットライトを浴びる勝負服のレオタード。手元には色鮮やかなボールとフープ。音楽が始まると同時に、和美の体は重力を忘れたようにしなやかに舞った。指先まで神経の通った演技に、客席の女子生徒たちは目を輝かせ、男子たちの視線もまた、釘付けになっていた。
「新体操部に入部希望の新入生はこちら! 申込書をお渡ししています!」
各部活動の勧誘の声が響く中、今年の新体操部は例年にない活気に沸いていた。入部希望者は、なんと6人“も”集まったのだ。
「これなら秋の地区大会で、久しぶりに団体種目に出られそうね」
顧問の杉浦先生は、ニヤニヤと緩みっぱなしの口元を隠そうともしない。
部長の佐々木先輩は、今年で中学三年生。夏の全中大会(全国中学校体育大会)を最後に引退を控えている身だが、「先生、顔、顔。締まりがないですよ」と、したり顔で杉浦先生を苦笑しながら嗜めていた。
「でも、入学式後のデモンストレーションを面影さんにお願いして正解だったわね」と先生が言うと
「和美が本番でもあの実力を出せれば、団体戦でも結構いい線まで行けると思うんですけどね」
副部長の落合先輩が、確信に満ちた声で続けた。
そして迎えた、新入生が初めて部活動に参加する日。
メニューは去年と同じ。念入りすぎるほどの柔軟体操と、その後の体育館外周ランニングだ。今年も経験者は一人も居らず、基礎練習だけで新入生たちは早くもへばり、床に倒れ込んでいた。
一年前、自分もあそこにいたのだ。
和美は、あの頃の自分を思い出して懐かしさを覚えるとともに、自分が「先輩」という立場になってしまったことに、どこか不思議な戸惑いを感じていた。
(去年は、佐々木部長や落合先輩がすごく頼もしく、遠い存在に見えたけど……)
いざ自分が同じ位置に立ってみると、自分の頼りなさが際立つようで、後輩たちに申し訳ないような気持ちになる。
今年は数年に一度の「勝負服」新調の年。去年の勝負服は、今では練習用のレオタードとして下ろされていた。
「和美先輩!」
新入生たちにそう呼ばれるたび、和美の背筋が少しだけ伸びる。
柔軟体操の時間。和美は見本として皆の前に立ち、限界まで体を折り曲げた。
「……え、嘘でしょ」「人間なの?」
新入生たちの驚愕の視線を浴びながら、和美は穏やかに微笑んで言い添えた。
「無理しないでね。ここまで曲がるのは毎日のトレーニングの賜物だから。急に頑張りすぎると、筋を痛めちゃうよ」
優しく後輩を気遣う和美。だが、この日を境に、新入生たちの間で密かに「軟体動物」というあだ名が定着してしまったことを、本人が知るのはまだずっと先の話だった。




