秋の日に
文化祭という大きな熱狂が過ぎ去ると、あの時胸を焦がした山本君への想いは、秋の深まりとともに急速に色褪せていった。
放課後の廊下ですれ違っても、以前のように心臓が跳ねることはない。和美は、図書室の窓から校庭を走る彼の背中を眺めながら、ふと不思議な感覚に囚われていた。
(あの感情は、一体何だったんだろう……)
もしかしたら、あれが「初恋」というものだったのかもしれない。しかも、自分と同じ「男の子」に対して抱いた、初めての恋。
その日の夜。和美はリビングで洗濯物を畳んでいる母親の背中に、ポツリとこぼした。
「お母さん。私……初恋を経験したかも」
母親の手がピタリと止まった。振り返ったその目は、期待と好奇心でキラキラと輝いている。
「相手は誰? あんた、告白はしたの? どこのクラスの子?」
「ちょっと、待ってよ。追い詰めないで……」
結局、和美は観念して、文化祭での出来事や、ダンスの練習中に感じた胸の騒ぎをすべて打ち明ける羽目になった。一通り話し終えると、和美は膝を抱えて、ずっと胸の奥に溜まっていた疑問を口にした。
「……ねえ。私が男の子を好きになるって、普通のことなのかな」
母親は優しく、だが断固とした口調で答えた。
「当たり前じゃない。あなたは今、正真正銘の女の子なんだから」
「やっぱり、そうなるよね……」
和美は小さく溜息をついた。期待していた通りの答えであり、同時に、どこか今の自分を縛る言葉のようにも感じられた。
「でもね」と、母親は和美の隣に腰を下ろした。「あんたが誰を好きになっても、お母さんは否定する気なんてさらさらないわ。自分の気持ちに、素直に従えばいいのよ」
「……なんだか、どんどん自分が『女』に染まっていく気がする」
「それは違うよ」
母親は和美の肩に手を置いた。
「お前は中学に入るときに、自分の意志で性別を選んだ。最初から『女』としてここにいて、女として成長しているだけ。染まっているわけじゃない、それが今のあなたの姿なんだから」
母親は少し真面目な顔になり、言葉を継いだ。
「高校入学の時には、また選択の機会があるわ。……それまで、慎重に考えておきなさい」
「……うん。中学に入るとき、ちょっと簡単に決めすぎたかなって、今は反省してるんだ」
その言葉に、母親の表情がわずかに曇った。
「女になったことを……後悔しているの?」
「ううん、違うよ」
和美は即座に首を振った。窓ガラスに映る自分の、少し伸びた髪と柔らかな輪郭を見つめる。
「簡単に決断しすぎたことを反省してるだけ。女の子を選んだことは、後悔してない。……それだけは、確かだから」
外はすっかり冷え込み、冬の足音が聞こえ始めていた。文化祭の熱はもうどこにもないけれど、和美の心には、自分自身で選んだ道の確かな感触だけが残っていた。




