初舞台とギリギリの勝負
放課後の練習。整列した部員の前に立った杉浦先生が、鋭い声で切り出した。
「秋の地区大会の出場選手を発表するわね。小池理沙、面影和美、斎藤恵里。――以上、三名。あなたたちにとって初めての公式戦よ。心してかかりなさい」
自分の名前が呼ばれた瞬間、和美の背中に電撃のような震えが走った。
(私が……? まだ始めて数ヶ月の初心者の私が、公式戦に?)
動揺を隠せない和美をよそに、先生は事務的に言葉を続ける。
「上級生はこの三人を全力でサポートすること。自分たちの秋の地区大会の時のことを思い出しなさい。大会要項は掲示板に貼っておくから、必要なら書き写しておくように。当日は時間厳守、忘れ物は一切厳禁。いいわね」
必要なことだけを告げると、杉浦先生は颯爽と体育教官室へ戻っていった。
取り残された和美の隣で、部長の佐々木さんがふっと表情を和らげる。
「新体操をやる者は、誰もが通る道だよ。必要以上に心配することはないけど……まあ、初舞台だから緊張はするわよね。あと、先生が言った『時間厳守』っていうのは、半分は自分への戒めだから」
「自戒……ですか?」
「そう。杉浦先生って、実はかなりの『ギリギリ仮面』なのよ」
「なんですか、その……ギリギリ仮面って」
和美が首を傾げると、佐々木さんは苦笑いしながら肩をすくめた。
「公式戦の前には審判会議や監督会議があるんだけど、顧問がそこに遅刻すると、最悪、出場できなくなっちゃうの。でも先生、いつも会場入りがギリギリで……私たちがハラハラしちゃうんだから」
「ええっ、そんな……」
先生の意外な一面に、和美の緊張が少しだけ拍子抜けしたような感覚に変わる。
「うちは今回、五人揃わないから団体戦はなし。個人戦だけね。種目はフープとボール。――あ、そうそう。面影さんはこれが初めてのレオタードね」
「はい……。あの、衣装は自分で用意するんですか?」
「専用の下着だけは用意して。レオタード自体は学校のものがあるから、それを貸し出すわ。先輩たちの汗が染み込んだ勝負着よ。……あ、もちろんクリーニングには出してあるから安心してね」
それからの毎日は、地獄のような、けれど充実した時間だった。
手具を使った練習は、とにかく神経を使う。フープを高く投げ上げるたび、「落としたらどうしよう」という恐怖が指先を強張らせる。
「練習で十できていたものが、本番だと三くらいになっちゃうから。とにかく体で覚えるの」
「本番は、技術より自分の心の弱さとの戦いだよ」
「当日は、周りの上手い子たちの演技は見ないこと。自分の世界に集中して」
先輩たちは自分の苦い経験に基づいた、具体的で切実なアドバイスを次々と授けてくれた。
「和美、大丈夫。あんたの柔軟性と表現力なら、きっと綺麗に舞えるわよ」
落合先輩に背中を叩かれ、和美は力強く頷いた。
レオタードへの羞恥心、手具への恐怖、そして「和美」として舞台に立つことへの戸惑い。そのすべてを飲み込んで練習に打ち込むうちに、季節は足早に過ぎ去っていく。




