鏡の中の迷いと確信
新体操部での日々は、和美の日常を劇的に変えていた。
最近の和美は、自室の鏡の前で過ごす時間が明らかに増えている。バレエのレッスンで教わった通り、背筋を伸ばし、顎を引き、指先を柔らかな曲線で空へ遊ばせる。
「……ふぅ」
一通りのポーズを終えたところで、背後から「あら」と声がした。
「それは何のポーズなの? 和美」
振り返ると、洗濯物を持った母が入り口で微笑んでいた。和美は少し照れくさそうに、けれどスッと指先を揃えたまま答えた。
「これ? バレエの先生が言ってたんだ。女性が一番美しく見えるポーズなんだって。体のラインを意識するだけで、全然違うからって」
「ふふ、やっぱりね。新体操を始めたら、和美が『女性美』に目覚めるんじゃないかと思っていたけれど、どうやら当たったわね」
母の予言めいた言葉に、和美は思わず目を丸くした。
「えっ、お母さん、そんなこと考えて私に新体操を勧めたの? ……まあ、見事に罠にはまったのかもね。まさか自分が、美しさを追求するためにポーズの練習までするようになるなんて、思ってもみなかったし」
和美は自嘲気味に笑ったが、その笑顔はすぐに少しだけ陰を帯びた。
鏡に映る自分を見つめ直しながら、和美はポツリと本音を漏らす。
「ねえ、お母さん。私がこんな風に女性であることを楽しんだり、美しさを追い求めたりする姿って……お母さんが元々考えていた『子供の未来』の中に、ちゃんとあったのかな?」
「……何をいまさら」
母は洗濯物をカゴに置き、和美の隣に立った。鏡には、並んで立つ母娘の姿が映っている。
「私の選択は、本当に正しかったのかなって……。そんな迷いが、私の中にはまだあるの。こんなに今の生活を楽しんでいるのに、時々、急に不安になるんだよ。和巳だったらどんな人生を送っているのかなって」
和美の告白を、母は否定も肯定もせず、ただ静かに受け止めた。
「迷いがある方が正常よ。和美みたいに『選べる』状況にある人でなくても、自分の性や、自分の在り方について迷ったり悩んだりする人は、この世の中にたくさんいると思うわ」
「お母さんも……そうなの?」
和美が鏡越しに母の顔を覗き込むと、母は「もちろん」と穏やかに頷いた。
「自分はこれでいいのか、もっと違う自分がいたんじゃないか。そう思うのは、あなたが真剣に今の自分を生きている証拠。迷いながらでも、鏡の前のあなたがそんなに綺麗なら、お母さんはそれだけで十分だと思っているわよ」
母の手が和美の肩に置かれ、優しい体温が伝わってくる。
和美はもう一度、鏡の中の自分を見つめた。
迷いも、不安も、美しさへの渇望も。そのすべてを抱えたまま、和美はまた一歩、未知の自分へと歩みを進める勇気をもらった気がした。




