新たな舞台、未知の自分
和美たちの通う中学校には、新体操の全日本レベルだったという噂の持ち主、杉浦先生という女性の体育教師がいる。新体操部の顧問も兼任する彼女は、その凛とした佇まいで生徒たちから畏怖と憧れを一身に集めていた。
ある日のこと。日直簿を職員室へ出しに行っていた美咲が、戻ってくるなり和美の席へやってきた。
「和美、杉浦先生が呼んでたよ。今日の昼休み、体育教官室まで来てほしいって」
「えっ、私……?」
和美の心臓が跳ねた。何か体育の授業で、無意識のうちに失礼な振る舞いやヘマをしてしまったのだろうか。不安に顔を曇らせる和美に、美咲が顔を近づけて悪戯っぽく耳打ちする。
「大丈夫だよ。どうやら和美を、新体操部に勧誘したいみたい」
「……へっ? スカウト?」
「そう。意外そうだけど、和美のダンス、目立ってたもんね」
その言葉に、和美はホッと胸をなで下ろした。
「やだ……。てっきり、何か叱られるのかと思っちゃった」
二人は顔を見合わせて、小さく笑った。
昼休み。重い足取りで体育館脇の教官室を訪ねると、デスクで書類を広げていた杉浦先生が顔を上げた。
「面影さん、わざわざ来てもらって悪いわね」
「はい、失礼します……」
緊張で背筋を伸ばす和美に、先生は柔らかな、けれど真っ直ぐな視線を向けた。
「単刀直入に言うわね。体育の授業であなたのダンスを見ていて、ぜひ新体操部にスカウトしたいと思ったの。どうかしら、うちに興味はない?」
「あの……私、ダンスは授業でしかやっていなくて。本格的な部活なんて、とても自信がありません」
和美が正直な戸惑いを口にすると、先生は頼もしく頷いた。
「基礎からしっかり教えてあげるから大丈夫。あなたは体幹がしっかりしているし、何より体が柔らかい。新体操向きの素質があるわ。でも、一番大事なのはあなたの『やる気』。無理強いはしないけれど、挑戦してみる価値は十分にあると思うわよ」
「……少し、考えさせてください」
「ええ。ご両親ともよく相談してみて。衣装や道具で、多少なりともお金がかかることだからね」
その日の夜、和美は夕食の席で母に事の顛末を話した。
「新体操部の顧問の先生にスカウトされちゃった。『よかったらやってみないか』って」
「まあ。それで、和美はどうしたいの?」
母の問いかけに、和美は少し眉を寄せた。
「……レオタードは、あんまり着たくないかな。あんな恥ずかしい格好で人前に出るなんて、ちょっと信じられないし」
正直な羞恥心を口にした和美だったが、母の反応は意外なものだった。
「お母さんはいいと思うわよ。あんたのその恥ずかしがり屋なところが、少しでも治るならその方がいいわ」
「えっ……そんな、他人事みたいに……」
和美は絶句した。母の応援(?)は、予想外の角度からの背中押しだった。
(レオタード……恥ずかしい、けど……)
鏡の中の自分を思い出す。日に日に「女の子」として馴染んでいく体。
「和巳」だった頃の自分なら、絶対に選ばなかった選択肢。けれど、今の「和美」なら、その扉の向こうに何かがあるのかもしれない。
「……よし」
結局、和美は入部を決めた。
恥ずかしさを超えた先で、まだ誰も知らない「新しい自分」に出会えるような、そんな予感がしたからだ。




