境界線のダンス
その日の体育は、男女別々だった。
男子は初夏の陽光が降り注ぐ校庭で泥まみれになってサッカーを。女子は冷んやりとした空気の流れる体育館で、創作ダンスの練習を。
ステップを刻み、指先まで意識を張り巡らせながら、和美はふと、視線の端に映る校庭の景色を眺めた。
(……もしかしたら、あっち側にいたのかもしれなかったんだよね)
ボールを追いかけ、声を張り上げ、汗を飛ばして走り回る。そんな「あり得たかもしれない自分」の姿を想像してみる。けれど、それはまるで古い映画のワンシーンのように現実味がなかった。
「和美、誰か気になる男子がいるの」と結愛がひそひそ声で聞いてきた。
「そんなんじゃないって」とややむきになって返事をした和美。
むしろ今は、しなやかな動きを要求されるダンスに、自分の体が驚くほど自然に馴染んでいる。女子としての柔らかな輪郭を駆使して、空間を切り取っていく感覚に、何の違和感も抱いていない自分に気づいた。
「ねえ、やっぱり和美ってダンス上手いよね。運動神経いいんだろうな」
「体が柔らかいっていうか、時々『そこまで曲がるの!?』って驚くときあるよ」
休憩時間、クラスメイトたちが感心したように声をかけてくる。
和美のダンスは、どこか繊細で、それでいて軸がぶれない。その評価は女子の間で総じて高く、和美自身も、自分の体を自由に表現できるこの授業を気に入っていた。
しかし、そんな和美にも唯一、苦手な時間がある。
それは、時折行われる「男女合同」のヒップホップダンスの授業だ。
「……っ」
アップテンポなビートが体育館に響く中、和美の動きは目に見えて小さくなった。
校庭でサッカーをしていた男子たちが、今はすぐそばで、自分たちの踊りを見ている。
ただ「演技する」だけならいい。けれど、男子の視線に晒されながら、自分の「女子としての体」が強調されるような動きをすることに、激しい抵抗感を覚えてしまうのだ。胸の揺れ、腰の動き、その一つひとつに男子の目が刺さるような気がして、どうしても体が強張る。
「和美、リズム遅れてるよ!」
ペアを組んでいる男子から声をかけられるが、どうしてもワンテンポ遅れてしまう。彼と視線が合うことすら避けたくなって、ステップはさらにぎこちなくなる。
「あー、また和美が赤くなってる」
「ほんと、男子の前だとすぐ固まっちゃうんだから」
更衣室に戻れば、女子たちはクスクスと楽しげに笑う。
ダンスの腕前は認めているものの、男子を前にすると途端に動きが鈍くなるその様子は、彼女たちの中で「恥ずかしがり屋の和美」を象徴する、可愛らしい一要素として定着していた。
本人の胸中にあるのは、もっと複雑で切実な「境界線の戸惑い」なのだが――。
それもまた、少女たちの賑やかな笑い声の中に、優しく溶けていくのだった。




