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後編

擦り切れた服で項垂れて裁判所へ入ってくる姿は、1度目の告発の堂々たる姿とはかけ離れていた。


裁判官の1人が罪状を読み上げる。裁判長はヴィクトールにゆっくりと尋ねた。


「申し開きはあるか。ヴィクトール・ル・シュバイツァ。」


シュバイツァ公爵が、ヴィクトールのことを睨んでいる。その視線だけで、彼が普段からどのような扱いをされていたかが伺えた。


「ありません。」


掠れた声でヴィクトールはそう答える。途端に、傍聴席から声が上がった。


「ヴィクトール様はそのような方ではございません!」


ヴィオレッタだ。


「確かに、計画されていたかもしれないですが、彼は思いとどまりました。他ならぬ帝国民の為に!どうかご再考を!」


ヴィオレッタの言葉に反発の声が上がる。裁判長はよく通る声で言った。


「静粛に!」


魔王がゆっくりと足を組み替える。くっと喉の奥で笑った。


「ファルシエール嬢。貴殿が他なぬファルシエール家のご令嬢であることを前提に聞こう。我々魔族のことは慮ってはくれぬのか?」


その言葉にヴィオレッタは顔を赤くする。ファルシエール家は家ごと告発されている。魔族を奴隷とした罪によって。

今の発言もファルシエール家の所業も、何一つとして魔族を慮ったものではない。


「貴殿はヴィクトールが思いとどまったことに情状酌量を求めているようだが、彼の本心は誰にも分からぬだろう。それに、私としても彼が魔族の為を騙って、帝国を攻撃しようとしたことは見過ごせない。我々にとって何一つ益のないことだからな。」


ヴィクトールは“益のない”という言葉を聞いて俯く。

人から拒絶され、魔族からも拒絶された瞬間だった。


「ひとつ聞こう。ファルシエール嬢。彼が反乱を起こすために奪った命をどう思う?彼は何人も人を殺している。」


けれど、いくらヴィクトールが可哀想だからといって、彼が反乱を起こすために危険分子とされる人達の命を奪ったことを正当化する理由にはならない。


「それは……私が………私なら止められました。」


ヴィオレッタの言葉に魔王は笑みを深めた。


「大層な自信だな。どうだヴィクトール?彼女に言われれば止まっていたか?」


「ヴィクトールさ…「もう辞めろ。」


ヴィオレッタが期待を込めて名前を呼ぼうとするのをヴィクトールが遮る。


「もう黙ってくれ。これ以上俺を惨めにさせるな。」


ヴィクトールはヴィオレッタを一瞥もせずに、そう言った。

ヴィオレッタが固まる。何かかける言葉を探していたようだが、結局何も言えずに席に座った。


裁判はつつがなく進行し、ヴィクトールの死刑が決まった。最後までヴィオレッタは抗議していたが、彼女の言葉は誰にも届かなかった。


魔族との戦争も終わり、ファルシエール家の処分もひと段落すると、私は学園に通えるようになった。


1度目と変わらない景色。唯一変わったのは私の周りに絶えず人がいることだった。


帝国の聖女と声をかけ続けられて疲弊した私を助けてくれたのは、他でもない魔王だった。


「何故貴方がここに?」


魔王を一瞥する。彼は何を考えているか分からない笑みを浮かべていた。


「なぜも何も私も年齢的には学生だからな。」


私の疑うような目を見て魔王は苦笑する。


「そんな目で見るな。実は、学園側から交換留学の提案があってな。視察も兼ねて見学させて貰っているんだ。」


魔族領にも成人まで学べる学び舎があるらしく、多方、文化交流の名目だろう。双方の交流が盛んになるのは喜ばしいことだ。


「それにしても、大人気だな。帝国の聖女殿は。」


「たった今人気じゃなくなりましたけどね。」


皆初めて見る魔王の姿に萎縮して、私の周りにいた人々は一気に姿を消していた。


「いや、君は確かに慕われているよ。」


魔王の視線の先に、ひとりの少女が立っていた。分厚い眼鏡をかけ、髪の毛をおさげにした小柄な女の子。


「貴女は?」


「へっ?!あっ、わっ私は…ソフィ・レドオールと申します……話しかけられちゃった。」


もじもじとソフィは自己紹介をする。


「お噂は聞いております。正しく、帝国の聖女だと。」


彼女も私が魔族との戦争を止めた一任者と思っているのだろう。


「神殿内の不正者の告発をされたり、現神殿長が疫病の特効薬を作られるのを手伝われたり。」


「…何故それを…?」


誰も気に止めていないと思っていたのに。


ソフィは顔を赤くした。


「お恥ずかしながら私の母が島国の出でして、私の親戚から聞いていたんです。神殿長と聖女様のことを。」


「………島国の出であることは恥ずかしいことではないわ。素晴らしい文化を引き継いでいることを誇りなさい。」


「ありがとうございます。」


ソフィは私がいかに素晴らしい人であるかを語り始めた。なれない素直な尊敬に私はとても照れてしまう。


私とソフィの会話を魔王は微笑ましく見守っていた。


私は学園での生活をソフィと過ごすようになった。彼女は同い年で、博識で、好きなことに一途な子だった。手先が器用で、よく私にハンカチやストールなどを作って贈ってくれた。


ソフィは初めて私に出来た気を許せる友人だった。


私はその日もソフィと一緒に教室にいた。彼女から島国の興味深い文化を教えて貰っていた時に、ヴィオレッタにいきなり胸ぐらを掴まれた。


「この偽善者!!」


ヴィオレッタの顔を見て、思い出した。今日はヴィクトールの処刑の日だった。


ヴィオレッタは泣きながら私に詰め寄った。


「本当に善人なら、なんでヴィクトールを助けなかったのよ!!お前なんて、聖女じゃないわ!!魔物よ!!」


ソフィが憤慨する。他のみんなも口々にヴィオレッタを非難した。


私は彼女をぼんやりと見つめる。私は偽善者ですらない。


私は悪役だ。かつてお前がそう望んだように。


だから、葛藤と苦悩を抱えたヴィクトールを救いもせずに利用した。


だから、きっとこれから私に起こることはその報いなのだ。


結局、ヴィオレッタは教師に連れていかれた。ソフィが慰めてくれる。私は大丈夫だと笑った。


ヴィオレッタのように誰かのために本気で怒れる人の方が善い人なのかもしれない。


昼休み。私はソフィと一緒に食堂へ行った。何故か魔王もいた。度々訪れる魔王に周りはもう慣れていた。


今日の気分はオムレツだった。


机に座り、オムレツを口に運ぶ。程なくして血が口の中にせり上がってきた。


耐えきれなくて吐き出す。突然私が血を吐いて、食堂は騒然とした。


朦朧とする意識の中、焦った表情の魔王が見えた。


目が覚めると、神殿に居た。心配そうなルードが目に入る。彼が処置してくれたらしい。

1歩遅ければ死んでいたほどの猛毒だったそうだ。


私が意識を失っている間に犯人は捕まえられていた。

私は裁判に同席したい旨を伝えた。


「申し開きはあるか。ヴィオレッタ・リリィ・ファルシエール。」


裁判官によって罪状が読み上げられていく。聖女を毒殺しようとした罪以外にも彼女(・・)の知らないものがいくつかあった。


でも、ヴィオレッタがやったことには間違いなかった。


私は彼女を庇う。そんなことをするはずがないと。彼女が愛したヴィクトールにはしなかったことを。


ヴィオレッタの死刑が決まった。それが告げられた時彼女は私をじっと見ていた。


裁判が終わり私が神殿に帰ろうとするところを引き止められた。魔王だった。


「どうされましたか?」


「君、死ぬつもりだっただろ。」


私は何も言わない。いや言えなかった。図星だったから。


「随分の自罰的だが。君は自分が死ぬべきだと?」


「だとしたらなんなんですか?」


つい語気が強くなった。


「私が死んだら丸く収まりますよ。戦争を連想させる聖女が居なくなり、また新しい子が帝国の聖女と呼ばれる。それが良いじゃないですか。」


「所詮私がしたことは自分のためでしかなくて、結局………結局誰のためでもなかった。」


私は俯いていた。泣く資格なんてないのに涙が零れているのがばれたくなかったから。


「……私本当は分かっているんです。優しい父と母が村の人たちに利用されてたこと。……正しさしか見てなかった私が村のみんなから煙たがられてたこと。」


久しく会ってない両親を思い出す。頻繁に手紙が送られてきていた。私が返せてなくても。

ただ、私のあり方を肯定してくれる存在だった。


「正しくあろうとしたのも、その方が綺麗だと思ったから。結局は自分のためなんです。だから私は私が正しいと思う選択をしたら、誰かを傷つけた。」


「私は私の正しさが信じられない。このまま誰かを傷つけるくらいなら……死にたいんです」


魔王は躊躇いがちに頬に手を伸ばす。私の頬を伝う涙を拭った。


「君に救われた存在は確かにいる。」


魔王は優しく笑った。


「君が君の正しさを信じられなくても、私が君の正しさを信じている。だから、君は思うように生きればいい。」


「だから、頼むから、死にたいなんて言わないでおくれ。」


懇願にも似た言葉だった。


「………貴方の名前が知りたい。」


絞り出した言葉はこれだった。


「私は、レヴォクロスト・レ・ヴィルシュバルツ。レヴィと呼んでくれ。」


「わかった。レヴィ、私たちどこかであったことがある?」


レヴィは少し目線を逸らして、寂しそうに笑った。


「この世界では、無い。」


不思議な物言いが引っかかったが、元々謎が多い存在だから、直ぐに気にならなくなった。


ヴィオレッタの処刑の日になった。彼女は私に会いたがっていたそうだが、会わなかった。


私は遠目から彼女が断頭台に上がるのを眺めていた。


魔族との戦いはヴィクトールとヴィオレッタの死をもって終わった。


この結果が正しかったのかは分からない。


けれど、彼らは罪を犯した。罪を犯せばその咎は背負わねばならない。


私はヴィオレッタの首が落ちるのをじっと見ていた。


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