世界を滅ぼす魔王コル
「どうやらここのようですわね」
「だねー。嫌な感じがめーっちゃするね?」
「ほんと、気が滅入りそうな気配がする」
「母上達、気を付けるのじゃぞ?危なくなったらわらわが助けるが、油断は禁物なのじゃ」
コル、フェイナ、アルメラ、バハムートの四人は神々しい白い巨大な扉からは相応しくない、どす黒く淀んだ雰囲気が漏れ出ているのを感じながら最終準備を進めていく。
コルはインベントリから指輪を10個、魔力ポーションを11本取り出し、指輪を一つずつ嵌めてはポーションを一本ずつ飲み干していく。
指輪を嵌める度に膝から崩れ落ちそうになるコルを見てフェイナはぎょっとする。
「ちょ、ちーちゃん?その指輪は一個だけでもいいんじゃないの?ここがゲームじゃなくなって重複して付けれるのは知ってるけど、流石にやり過ぎじゃない?また、前みたいに寝込んだりしちゃやだよ?」
フェイナがコルが付けていく指輪…『蓄積の魔指』と呼ばれる魔力を貯蔵出来る指輪を10個も付けるのはやり過ぎなんじゃないかと伝えるがコルは笑顔を作って伝える。
「大丈夫ですわ。もう、意識がない状態で一年も眠るのはごめんですもの。でも…わたくしは貴女達の為ならこの身体がどうなっても何だってしますわ。…だからもし、わたくしが道を踏み外しそうになったら絶対に止めてくださいまし」
コルはそのまま10個の指輪を付け、空になった魔力をポーションで満たした後、右目の包帯を取ると血は収まっていたが、血の跡が涙の様になっていてとても痛々しい状態だった。
「…問題なく見えるようですわね…というより、今まで以上に視えますわ…っ」
そう言いながら右眼に意識を集中させたコルは、今までとは桁違いの情報が右眼から脳に送られてふらつくと、バハムートがよろけるコルを後ろから抱き留めて心配そうに言葉を投げかける。
「母上…あまりその眼を使わんほうがよいぞ?今の母上がその眼を酷使すると破裂して眼が無くなってしまうのじゃ」
コルはバハムートの言葉に違和感を感じ、バハムートの胸に寄り掛かりながら問う。
「バハムート…貴女は私の眼の事を知ってるんですの?それに…さっき私が召喚した時、ついにこの世界でもと言ってましたわ。貴女は何か知ってるんですのね?」
バハムートは自分の失言に表情を歪めながら嫌な思い出を語るように渋々と言葉を発する。
「…わらわは母上の召喚獣じゃ。故に、別の世界線の母上に召喚される事もあるのじゃよ。…別の世界線の母上は両の眼を無くしていたり、片方の眼だけを無くしていたり…命を落としていたり…魔王としてこの世界を滅ぼしたりしているのを、わらわは見ておるのじゃ」
バハムートが言った言葉に三人は言葉を失ってしまう。
そしてコルは声が震えそうになるのを必死に抑えながらバハムートに問う。
「バハムート…フェンリルやフェニックスも同じように別の世界線の私に召喚されているという事なんですの?」
バハムートはその問いに軽く首を横に振って否定する。
「それはないのぅ。わらわは全にして個じゃ。わらわはわらわしかおらなんだ。別の世界線に呼ばれるフェンリルやフェニックスは別の世界線のフェンリルやフェニックス…あるいは生まれるはずが無かった者達がその世界線で生まれ、母上に召喚されたりするのじゃ。だから別の世界線を覗けるのはわらわと、数体の神龍クラスしかおらんのじゃ」
「そうなんですのね…」
コルはバハムートの答えを聞いて深呼吸をして心を落ち着け、聞いておかなくちゃいけない事を聞く。
「…バハムート、濁さずに伝えてくださる?今のわたくしはどの世界線のわたくしですか?」
バハムートはもう何度目かわからない問いに表情を歪ませ…ぽつりと呟く。
「この世界を滅ぼす母上の世界線と同じ道を辿っておる」
「…ちょ、ちょっと待ってよ!!何でちーちゃんがこの世界を滅ぼさなくちゃいけなくなるの!?」
「そうだよ…千棘はこの世界を愛してる…私達の誰よりもこの世界を愛しているのに、何で千棘が滅ぼす事になるの!?」
フェイナとアルメラがコルがこの世界を滅ぼすというのはあり得ないと声を荒げるが、それすらもバハムートからしたら何度目かわからない程の問いかけだった。
「原因はフェイナ殿なのじゃ」
その言葉を聞いたフェイナとアルメラは息が出来なくなった様な表情を浮かべながら口を噤む。
そしてコルは自分の中に…この世界を滅ぼす事になる理由がある事を感じ取り、落ち着いた声色でその答えを伝える。
「…フェイナが何らかの原因で誰かに殺され、私が蹂躙する…という事ですのね」
バハムートはコルの問い…答えを聞いて目を見開いたが、すぐに苦笑をしながら言う。
「よくわかったのぅ。別の世界線じゃ母上はその答えを出せなんだ。わらわが見た母上が世界を滅ぼす原因となったのはフェイナ殿の死なのじゃ」
フェイナは自分が原因でコルが世界を滅ぼすと言うのを聞いて目を見開くが、言葉が出てこずに陸にあがった魚が呼吸を求めるように口を開閉する。
「わらわが見た世界線では母上とフェイナ殿は結ばれておってのう…子供もおったのじゃ。じゃがな?突如、魔神がこの世界に顕現してしまって母上とフェイナ殿…そして母上の仲間達は魔神を倒す為に戦いを挑んだのじゃ。…そこで魔神の攻撃を一身で受けていたフェイナ殿は魂ごと消滅して、母上や大母上…那奈じゃな?二人の力を合わせても蘇生は叶わんかったのじゃ」
バハムートは目を閉じ、悲しい表情をしながら別の世界線の事の顛末を告白する。
「この後の魔王との戦いで母上は必ず…魔王の因子が母上の身体に植え付けられるのじゃ。それがフェイナ殿の死で覚醒して、この世界を魔王として母上は滅ぼすんじゃよ。そして…」
この悲しい世界線に終止符を打つように、バハムートは口を開く。
「残った母上の仲間達は母上を殺す為に手を取り合うのじゃ。そして草木も生えぬ死んだこの世界でようやく母上を殺したアルメラ殿達は世界を元の状態に戻そうとするが…元の姿を取り戻す事なくこの世界は命ある者が生きる事の出来ぬ世界に変わったのじゃ」
フェイナとアルメラはそんな悲惨な結末を聞きたくなかったと涙を浮かべていたが、コルはかえってスッキリした様な表情をしていた。
「…何だかそのお話を聞いて少しスッキリしましたわ。私がどんなに間違った道を進んだとしても最後はきっと仲間達が私の事を止めてくださるとわかって」
バハムートはコルのどの世界線でも聞いた事のない言葉にぎょっとする。
「母上…?」
「ふふ。その世界線の私はきっとフェイナだけを物凄く愛していたのでしょうね。…ですが、バハムート?私はその世界線の私がフェイナだけに注いでいた愛情をみんなに平等に注いでいますの。だからもし、特定の誰かと私が結婚したとしても、私はそれと同じぐらい仲間達の事を友として愛しますわ」
その言葉を聞いたフェイナとアルメラは自然な笑顔を作っているコルを見て肩の力が抜けた様に笑声を漏らすが、バハムートだけは言葉を失っていた。
「…なんだがちーちゃんらしいね?」
「…そんな人に愛されてる私達が誇らしい」
フェイナとアルメラはそう言うとさっきまでの悲痛な雰囲気は霧散し、笑顔でインベントリから色々な装備を取り出して準備していく。
そしてコルが自分の身体を支えて言葉を失ってるバハムートの顔を、自分の顔だけを上に向けて下から見つめて笑顔で問う。
「どうでしょう?今のわたくしはまだ史上最悪の魔王となってこの世界を滅ぼす魔王となる道を進んでおりますの?」
その笑顔を見たバハムートは愉快そうな表情を浮かべてコルを抱きしめる。
「はっはっは!!よい、よいぞまったく!!それでこそ母上じゃ!あの世界線の母上はそんな答えは出せなんだ!わらわに新しい母上の世界線を見せてくれるのじゃな!?」
「ええ、きっとバハムートに素敵な世界線を見させてあげますわ。だからバハムートの力を貸してくださいね?」
「もちろんじゃ!わらわは母上の絶対的な力じゃ!その絶対的な力を以って『わらわ達』は母上の茨の道を切り開いて見せるのじゃ!!」
「頼もしい限りですわ。それと、バハムート?落ち着いたら貴女と同じ神龍のお友達を私にも紹介してくださる?」
「む?別によいぞ?あ奴らもわらわの話を聞いて興味を持っておったのでな!丁度いい機会じゃし、皆で会いに行くのもいいのぅ」
「ではこの雑事が終わったら私達の覇道を歩みましょうか。フェイナ、アルメラ?準備はよろしくて?」
「もちろん!私は絶対に死なないから安心して!」
「私も千棘の道を絶対に切り開いてあげるから安心して」
「貴女達も本当に頼もしい限りですわ。…では、最初で最後の勇者業、盛大に努めますわ!!」
そう言い切ったコル達は神々しい扉を開け放って魔王がいると思われる広間へ入っていく。
■
コル達が神々しい扉を開けて目に映った光景…それを一言で表すなら研究室だった。
液体が満たされている透明なカプセルの中で浮かぶ人が商品の様にずらりと無数に並び、この世界ではありえない機械の数々が動いていた。
その機械の液晶パネルは緑色の淡い光を灯しながら薄暗い広間を淡く照らし、不気味さを掻き立てる一役を担っており、機械の駆動音、カプセルから発生する気泡の音、正気の沙汰とは思えない光景にコル達は自然と表情が歪む。
その人を浮かべた無数のカプセルで作られた道がコル達を奥へ奥へと誘って行く。
「マジで気分悪いんだけど…これ、人間のホルマリン漬け…?しかも人間だけじゃなくて他種族もいる…」
「…この中にサクラバ・シンジと同じ顔はいない」
「アルメラはこういうの大丈夫なの…?」
「マッドサイエンティストとかが出るアニメとか見た事あるからなんとか」
「そんなので耐性付くわけないじゃん!」
フェイナとアルメラが先頭を歩き、その後ろにコルとバハムートがついていく様に歩いているとコルがバハムートへ問いかける。
「バハムート…これを見た事はあるんですの?」
「もちろんじゃが、見た事があるだけじゃのぅ。これがどういう物かはわからぬ…なんせ、今までの世界線とはこの時点でだいぶ違っておる。本来ならば、あの扉を開けた途端、魔王の攻撃が来るはずなんじゃが…うまくいけば、今回は魔王直々に話を聞けるのではないかのぅ」
「そうなんですのね。なら何故この様な事をしているのか話してみる価値はありそうですわね」
そう言いながら進んでいく四人は何か薄い、弾力がある様な空気に当たった気がして足を止める。
「なんか…今変じゃなかった?」
「なんか風船みたいなのに当たった」
「多分結界か何かですわ」
コルは包帯を取ったばかりの右眼の権能を使い、その空間を凝視するとチクリと目が痛んだが気にせずに見続ける。
「っ…これは結界というより、別次元の壁…と言った方が正しいですわ。この膜の先、何があるかわかりませんわ。皆さん警戒をしてくださいまし」
コルの一言で全員の表情が鋭くなり膜の向こうを睨みつけるが、その先はただの闇としか答えれなかった。
それでもその奥に何かいると感じ取った四人はその膜を押し込むように手を突き出し、膜の向こう側へと足を踏み入れた。
すると先程までは闇しか見えていなかった視界が真っ白に染まり、巨大なホールの真ん中に王が座る様な椅子がポツンと置いてあるのを見る。
そしてその椅子には一人の青年…サクラバ・シンジが成長したであろう面影を残した男性が足を組んでこちらを見ており、その隣には虚ろな目をしたコル達が知るサクラバ・シンジと立派な白い髭を蓄えた老人が神聖な法衣を纏って立っていた。
コル達は表情も変えずに真っ白な巨大ホールに足を踏み入れ魔王と相対し、コルが問いかける。
「貴方が魔王でよろしかったかしら?」
魔王と呼ばれた男は忌々しいと言いたげに表情を歪めた…。




