素直になれない天使の使い達
「エト、遂に動き出したわ」
「わかりました…ユースティス、詳細な情報を教えてください」
背に黒い猛禽類の翼を持ち、紫色の前髪で片目を隠している男性…エトと呼ばれた者はきちんと整理された机で薬品を作っていると、背に白鳥の様な真っ白の翼を持ち、金色の髪を肩にかからない様切り揃えた女性…ユースティスがエトの部屋に情報を伝えに姿を現した。
エトは薬品を作る手を止め、部屋に備えてあるティーセットを用意し始めるとユースティスは真ん中に置かれているソファーに身体を沈ませ、エトに情報を伝える。
「聖教国ファーレンの王都にあたる聖地セルファスに魔族が大量に姿を現して街の破壊、人間の殺害等の行動を起こしたわ」
ティーセットを用意し終えたエトはユースティスの前にティーカップを置き、紅茶を注ぎながら言う。
「随分急ですね?何か…動く理由が出来たのですかね?」
エトはそう言いながら自分もソファーに身を沈め、ティーカップに紅茶を注ぐ。
「神子の聖女ナナが誰かに攫われたらしいの。それで…」
続きを話そうとしたユースティスにエトは掌を向け、眉間を指で揉みしだきながら問う。
「ちょっと待ってください…ユースティス…貴女、私に報告しましたか…?私は薬を作る為にこの部屋に籠るから外の情報を余さず報告してくださいって言いましたよね…?」
「…あっ」
さっきまでは出来る女性の雰囲気を醸し出していたユースティスはその雰囲気を一気に霧散させて思い出したかのように手を一回叩く。
「報告し忘れちゃった、ごめんね?」
悪びれもせずに舌をペロっと出しながら可愛らしくエトに謝罪する。
その様子を見たエトは溜め息を吐き、自分で入れた紅茶で喉を湿らせて問う。
「…はぁ…ユースティス、しっかりしてください…それで、その神子の聖女が攫われた所から詳しく教えて頂いてもいいですか?」
ユースティスはまた真面目な雰囲気を作りながらエトの問いに答える。
「数日前に珍しく姿を現した神子の聖女ナナは自分の主神である女神セッテを信仰している神殿でお仕事した後、聖域に戻ったの。だけどその次の日、誰かに攫われたのか聖域にはいなかった。それから聖教国ファーレンから各国に神子の聖女ナナを探す為の使者が派遣されたの。それで今日、何故か魔族が街を破壊し始めて聖地セルファスに閉じ込める結界を発動した…と言う所ね」
ユースティスの話を聞いたエトは顎に指を当てながら考える。
「…そうですか。わざわざ穏便に各国へ使者を送って捜索していたのに今日、魔族達が街を破壊…考えられるのは『私の親友達』が遂に動き出したという事ですね。きっと、何らかの事情で神子の聖女の力が必要で接触…そこで聖教国ファーレンの詳しい事情を聞いて手を貸す事になった。そして今、魔王を名乗ってるあの青年を討伐しに行動をしているから結界が張られた。これが一番しっくり来ますね」
エトは『親友達』の顔を思い浮かべながら懐かしそうに目を細め、ユースティスはそんなエトの表情を見て紅茶を飲み干してそっぽ向きながら面白くなさそうに呟く。
「また『私の親友達』…絶対にエトの事を忘れてるに決まってるし、そんな都合よくお友達が今回の事に関わってるはずないじゃん…」
その呟きを耳にしたエトはユースティスを睨みつけた。
「ユースティス?いくら貴女でも、『私の親友達』を悪く言うなら容赦はしませんが?」
エトの言葉を聞いたユースティスは部屋の温度が下がったような錯覚を覚えて身震いをし、ふんっと鼻を鳴らして口を噤む。
事ある毎にユースティスが噛みついてくる為エトも仕方ないと言った感じで息を吐き、何もない空間から弓や服、薬品を取り出して身支度をしていく。
そのエトの行動を見たユースティスは目を剥いて唾が飛ぶのも気にしないで声を荒げる。
「ちょ、ちょっと!何するつもりなの!?」
「何って、私も行くんですよ」
「だ、だから!エトはこの国を離れちゃダメだっていっつも言ってるでしょ!?」
身支度を整える為にテーブルの上に並べていた弓をユースティスが引っ手繰って背に隠し、弓の重さに表情を険しくさせてエトがこの部屋を出ていこうとするのを止める。
「…何で私の弓を奪うのですか?」
「何でって、渡したら下界にいくんでしょ!?ダメだから!」
「早くその弓を返してください。貴女の筋力でその弓を持つのはかなり大変でしょう?怪我しますよ?」
「…何でいるかもわからないその人達の為にエトが危ない事しないといけないの!?私達とここで静かに暮らそうよ!!下界は醜い所なんだよ!?しょうもない事で人は人を殺すし、汚くて酷い所なんだよ!?」
エトはユースティスが目に涙を貯めながら自分が地上へ降りる事を止める理由を聞いて呆れながら伝える。
「ユースティス…何度も言っていますよね?地上の人間もここにいる私達も全て同じなのです。私達は天使の使いと地上では呼ばれているかもしれませんが、何も変わらないんです。私達は人口が少ないからこそ皆が手を取り合って過ごしているからに過ぎません。もし、私達が地上の人間達と同じ人口なら、今ユースティスが言った同族殺しはここでも起こる事なんです。ユースティスは自分のその綺麗な緑色の瞳でちゃんと人間達を見た事があるのですか?ちゃんとそこに暮らしている人達の事を見た事があるのですか?何も知らない、何も知ろうとしない、ずっとこの国で何もしようとしない、本当の気持ちを話そうとしない貴女にはきっとわからないと思いますよ」
「っ…」
エトは何もない空間から別の弓を取り出して妨害されていた身支度を整える。
「…私の気持ち…何も知らないくせに!!!」
「……」
エトが身支度を整えている間、何も言葉を発さずに俯いていたユースティスは感情を爆発させて奪った弓を投げ捨て、テーブルに置いてあったティーセットを割って部屋を出ていく。
「はぁ…全く…このティーセットはユースティスが気に入ってた物じゃないですか…」
そう呟き、割れたティーセットを片付けているエトの表情は悲しそうだった。
「私も連れてって…そう言えば私は何が何でも守ってあげるというのに…」
エトは割れたティーセットを大事そうに布に包んで自分の机の引き出しにしまい、部屋を出ると左右に広がる長大な廊下を進んでいく。
長大な廊下に相応しいほどのドアを視界の横を通り過ぎさせながら建物を出たエトは後ろを振り返って建物を見つめる。
その建物は城の様な輪郭を持ち、この場所ではこの建物以上の建物は存在せず、王城という名称が相応しい朽ちた遺跡だった。
辺りを見渡すと石造りの建物が街と呼べる程建っているが、そのどれもが崩れていたり壊れていた。
そしてその建物から翼を持つ人々が出てきては同じ翼を持つ者と会話している光景を見る事が出来るが、誰もが達観したような表情を浮かべて活気があるとは言えなかった。
「これが他種族を受け入れなかった末路…救うには『私の親友達』の力が必要なんです…」
そう一人呟きながら地平線の青い空を見つめて歩いていく。
しばらく街を真っ直ぐ進んでいると街の住民達がひそひそと話しているのが耳に入ってくる。
「黒羽…忌々しい…」
軽蔑する様な、蔑む様な視線をエトへ向け、自分と同じ者じゃなきゃ受け入れられない者達がひそひそと話す。
その言葉を聞いてもエトは表情一つ変えずに街をしばらく歩いていくと街の外に出た。
そのまま枯れかけている森を見つつ歩いていると道が無くなり、下を覗くとそこには広大な大地の姿が見え、聖教国ファーレンには薄い黒の膜が張っているように見えた。
「聖教国ファーレンはあそこですか…自分で飛んでいくのもいいですが…たまには一緒に空を飛びますか」
そう言いながらエトは魔力を高めて蒼いフェニックスを召喚すると、召喚されたフェニックスは一度強く翼を動かしてエトへ問いかける。
『ねぇ、連れてかないの?』
「…彼女は素直になりきれないですからね。地上に連れていってもこれから起こる出来事に支障をきたすかも知れないですから」
エトは蒼い翼を撫でながら遠くからでも見える自分が出てきた建物を見つめる。
そんなエトを見た蒼いフェニックスは呆れたようにエトへ言葉を伝える。
『素直になれてないのは『ピュリエット』だよ』
エト…ピュリエットは蒼いフェニックスの言葉に苦笑しながら頬を指で掻きつつ言う。
「はは…そうですか?やっぱり『コウちゃん』もそう思いますか?」
『うん、こういうのは男から言うべきだよ。頭が良くても女の子の扱いはほんとだめ』
そう言いながら蒼いフェニックス…コウちゃんと呼ばれたフェニックスは身体を人の物に変えていく。
そのコウちゃんの姿は幼い女の子の見た目で蒼い髪をツインテールにして、大きくて愛くるしい瞳はピュリエットと同じように右目は薄い水色、左目は薄い黄色をしており、手には蒼いフェニックスのぬいぐるみが握られていた。
身長の高いピュリエットからしたらコウちゃんの身長は腰にも達していない為、ピュリエットはコウちゃんと目線を合わせる為にしゃがみながら話を続ける。
「でも私はこの街では嫌われ者ですよ?もし、彼女も同じような目にあったら私はここを滅ぼしてしまうかも知れないですよ?」
コウちゃんはピュリエットの言葉を聞いて深い溜め息を吐くと、口から蒼い火の粉がチラチラと舞う。
「はぁ…それを決めるのはユースティスだよ。ピュリエットがユースティスと一緒に居たいって言えばユースティスは自分で考えてピュリエットと一緒に居るか居ないかちゃんと言ってくれるよ」
「…一緒に居たくないって言われたくないんですがね…」
「そこまではあたしも責任取れないもん。さっきの事で嫌いになっちゃったかもしれないし」
「それもそうですね…でも、今は千棘達の元へ行きましょう」
そう言うとピュリエットはコウちゃんのぬいぐるみを持っていない方の手を握るが、コウちゃんが首を傾げて問う。
「ユースティスと同じような事を言うかも知れないけど、どうしてあそこに千棘さん達がいると思うの?」
「そうですねぇ…まず、攫われた聖女が信仰している女神セッテは時と空間、そして『人の繋がり』を司る女神様です。なので、その人の繋がりという部分を信じている…というのが建前で、本音はただの感ですよ」
ピュリエットはコウちゃんの目を見ながら笑顔を浮かべると、コウちゃんも笑顔になりながら言う。
「ピュリエットの感ならきっと会えるね。あたしも『お姉ちゃん』に会いたいし、早く行こ?」
「ええ、早く行きましょうか」
そう言うとコウちゃんがピュリエットに蒼いフェニックスのぬいぐるみを渡して、一緒にぬいぐるみへ魔力を込めていく。
「コウちゃん、私の翼になってくれますか?」
「あたしはピュリエットの翼になってあげるよ」
その二人の言葉でコウちゃんの身体がキラキラとした粒子になり、ピュリエットの身体を包み込む。
その光が収まると黒い翼は蒼い炎の翼に変わり、蒼い炎がピュリエットの騎士服から棚引くように現れる。
眼は二人の色彩を合わせて濃い青と濃い黄色に変わり、髪の色も蒼くなっていた。
「じゃあ、一緒にいこうか、コウちゃん」
『うん、早くお姉ちゃんに会いたいな』
二人は途切れている道に背を向けながら立ち、ベッドに倒れ込むように空中に身を投げ出す。
「やっぱり空って気持ちいいね、コウちゃん」
『空は自由だからだよ』
「やっぱりこの国も空みたいに自由にならなきゃいけないよね?」
『そうだね?』
二人は目の前から遠のいていく雲の上の国…クラウディアパレスから視線を切り、少し遠くに見える聖教国ファーレンへ飛んでいく為に蒼い炎の翼を羽ばたかせる。
蒼い火の粉が舞う中、太陽の光が火の粉に当たってキラキラと幻想的な空間を作り出しながら二人は飛んでいく。
そしてコウちゃんと一体化したピュリエットはコウちゃんの性格に少し引っ張られながら少年の様な笑顔を浮かべ、興奮した様に言う。
「やっと千棘達に会える気がするんだ!!ユースティスにも紹介してあげないとね!」
蒼い鳥は薄暗い聖教国に向かって羽ばたいていく。




