抱き寄せる両手
「みんな!!冷静に行動して!!焦って行動すると人にぶつかって逃げるのが遅くなるから冷静に!!」
「皆さん!私が転移魔法で門まで送りますので冷静に!!!」
「ほら!!逃げる人はこの火の場所に集まって!!」
街の人々が冷静さを失いながら我先に魔族から逃げようとしている中、ユリス、ルノアール、フィーヤは円滑に逃げられる様に避難誘導に全力を注いでいた。
どれだけ呼びかけても自分だけでも助かろうとする人達に流石のユリス達も我慢の限界が近づいて来た頃、大柄の男性が小さな子供にぶつかって怒声を響かせる。
「おい!!クソガキ!!突っ立ってんじゃねえぞ!!!ころさぐあっ!?」
大柄の男性が子供に向かって拳を振り上げた瞬間、ユリスは瞬発して大柄の男性の腹に短剣の持ち手部分を突き込み、膝をつかせる。
「あんた、子供相手に何やってんの?あんたみたいなクズの命より子供の命の方が価値があるのよ。…君、大丈夫?ゆっくりでいいからあの火を出してるお姉ちゃんの所に向かいな?」
「…でも…お母さんが…」
「迷子か…どうしようか…」
ユリスは迷子の子を抱きかかえようとした時、膝をつかせた男性が拳を再度振り上げていた。
「この…クソ兎が!!ころぶばっ!!」
ユリスが足を振り上げ、膝をついた男性の顎につま先をめり込ませて吹き飛ばす。
その光景を見ていた人達は更に悲鳴を上げて逃げようとするがユリスが叫ぶ。
「あんた達!!!冷静になれないなら今の男みたいに黙らせるよ!?死にたくないなら冷静になって避難誘導に従え!!!他の冒険者が魔族を食い止めているから冷静になって急いで避難しろ!!!」
ユリスの叫びを聞いた人達は目に見えて冷静になり、右往左往していた人達、泣き叫んでいただけの人達はフィーヤが出している炎の目印に向かって冷静に、素早く移動していく様になった。
「ったく…ごめんね?いきなり大声出しちゃって。お母さんは探してあげるからしばらく私と一緒に居てね?」
「う、うん…」
ユリスは背中に迷子の子を背負いながら避難誘導をしていくとルノアールから通信が入る。
『ユリス!どこかに迷子の男の子いないですか!?母親らしい人が探し回ってるんです!!』
ルノアールの通信から今背負っている子の母親の可能性を感じ取ったユリスは迷子の子へ問う。
「ねぇ君、お母さんの特徴教えてもらっていい?」
「茶色の長い髪の毛で…青い目…」
『ルノ!その探してる人は茶色の長い髪で目が青い人!?』
『そうです!ユリス見つけたんですか!?』
『今保護しているからすぐ連れていくから待ってて!』
ユリスが通信している言葉を聞いていた迷子の子はユリスに問う。
「お母さん見つかったの…?」
「ええ、今からすぐに連れてってあげるからしっかり掴まっててね!!」
ユリスの問いを聞いた子供は背中にしがみつき、子供がしっかりと捕まった事を確認して建物の屋根に飛び跳ねてルノアールの元へ飛び跳ねていく。
「わあああああああああああああ!?!?」
「ちょ!暴れないで!!すぐ連れてくから!!」
背中で暴れている子供を宥めながらルノアールのいる広場近くの建物に着地したユリスは屋根からルノアールの姿を確認する。
すると明らかに何かを探し回っている人を見かけてその人物目がけて飛び降るが…その人物を驚かせてしまう。
「きゃああああ!?」
「ちょ!?ちょっと落ち着いて!!迷子探してるんでしょ!?ほら!この子で間違いない!?」
女性に背負っている子を見せると目に涙を貯めながら子供を抱きしめる。
「ああ!よかった…本当に良かった…!!」
「お母さん…!!」
「ちょ、再会が嬉しいのはわかるけど今は非難が先だから!!」
二人が再会を喜んでいたが、ユリスは今が緊急事態だという事を伝えてルノアールの元へ連れていく。
「ルノ!迷子連れてきたからこの人たちもお願いね!」
「ユリス、ありがとうございます!後二回ほど転移させればこの辺の避難は完了です!」
「りょーかい!フィーヤの所少し見てくる!」
ユリスはまた建物の屋根に飛び乗り、フィーヤの元へ屋根を伝って飛び跳ねていく。
下の道にはフィーヤの場所からルノアールの場所まで炎の道が出来ており、冷静に移動しないと火傷してしまう様になっていた。
そのおかげか特に混乱など無く、炎の道を通って人達が移動しているのを屋根から見つつフィーヤの姿を確認する。
「フィー!こっちはどう!?」
そう問いかけながら建物の屋根から飛び降りるユリス。
「こっちは今さっきの人達で終わりのはずだから、ルノと合流して別の避難場所に行くよ!」
「わかった!それだったら私がフィーをせお…危ない!!」
空から突然攻撃魔法が降り注ぎ、ユリスはフィーヤを横抱きに抱えて避けていく。
攻撃を避けきって空を見ると魔族が五人ほど飛んでおり、ユリスとフィーヤに狙いを付けながら問う。
「人形を拉致した奴らだな?」
「人形?そんなもの盗んだことないし、あんた達他の冒険者をどうしたのよ!!」
ユリスが魔族達にそう質問すると魔族達は口端を歪めて愉快そうに言う。
「あんな下等生物がどれだけ束になろうと我々に敵うわけないだろう?」
そう言った魔族は腕から滴る血をユリスとフィーヤに見せつける。
腕から滴っている血を見たユリスとフィーヤは表情を歪ませながら得物を構える。
「全員殺したって事ね…」
「ユリス、あの魔族は私が全部もらってもいい?」
「…わかった、じゃあ私はルノのとこに戻って手伝ってくるから早く終わらしてよ?」
「りょーかい!」
フィーヤはルノアールと同じような杖を振り、魔族達に言い放つ。
「あんたら魔族なんて私一人でどうとでもなるわ!!早くかかってきなさい!」
その一言でユリスは瞬発してルノアールの元へ向かうと魔族がユリスの事を止めようと目の前に現れるが、ユリスは速度を緩めることなく突き進む。
「お前は絶対に逃がさん!!雑種如きが!!」
そう叫びながら魔族がユリスに魔法を放とうとした瞬間、その魔族の身体が乱雑に切り刻まれてバラバラと崩れる。
ユリスはそうなる事がわかっていたかの様にその場から走り去っていく。
そしてフィーヤが残った魔族達に言い放つ。
「あんた達の相手は私よ!!さっきの奴みたいにバラバラになりたい奴から近づいてきなさい!!」
■
「まぁ魔族っつってもこんなものか…」
ユーランは建物の屋根に腰を掛けながら道を走っている人達を眺めながら呟く。
そのユーランの後ろには大量の灰が積みあがっており、すぐ近くには一本の剣が粉々に砕けていた。
「あれから魔族はこの辺を襲って来ねぇし…下の奴らが逃げるのを見届けたら別の場所のフォローにでもいくか…」
■
「…フィーヤが予想以上に強くなってんな…」
「あー、私がエルとデルに頼んだからねぇ。ルノアールもユリスもフィーヤぐらい強くなってるよ?」
「そうか…ならあんまり俺様の支援は必要なさそうだな。ここは特に問題ないからお前達は他の場所の殲滅に向かってくれ」
「わかった」
「りょーかい!」
鏡は高い所から望遠鏡でフィーヤの戦闘を見て支援の必要がない事を感じ、フェイナとアルメラに支援魔法をかけて魔族の氷像と灰だらけの場所から送り出す。
「魔王の膝元だってのに魔族が弱すぎねぇか…?まぁいいか…逃げ遅れそうな奴らに足が速くなる魔法でもかけてやるか…」
鏡は遠距離から逃げ遅れそうな住民達に支援魔法をかけながらフェイナとアルメラが飛び出していった方角を見つめる。
■
「いつでもいいよ!!」
「いくよ!」
アルメラは盾を構えているフェイナに向かって走り、その盾を踏みつけた瞬間、フェイナがアルメラを上空に吹き飛ばして空を飛んでいる魔族を斬り落としていく。
「ふいー、アルナイスー!」
「ウェイナもご苦労様。だいぶ片付いて来たけど…あの子達は見つかったのかな」
「んー…通信が無いからまだ見つかってないんじゃないかな…?まぁ、私達は目についた魔族の殲滅をしてこ!」
「そうね」
■
「エルちゃん、デルちゃん、もう少しで解除出来そうだから待ってね?」
「ご心配なく那奈様。わたくし達はこのような者達であれば無傷で戦い続ける事は容易ですので」
「エルの言う通り、わたくし達は那奈様の護衛を任されておりますのでお気になさらず」
那奈はエルリとルエリが拠点にしていた部屋で空間の歪みに自分の魔力を流し込んで結界の解除を試みていた。
その那奈を軍服姿のエルとデルが常に護衛しており、次々と襲ってくる魔族から那奈を守り切っていた。
部屋と言っても既に魔族の攻撃によって開放的になっているが、エルとデル、那奈の周りだけは傷一つすらついていなかった。
「なかなか解除が難しいですね…」
そんな事を呟きながら魔力を込めていると三人の髪を激しく揺らす風が吹き、三人とも目を庇う様にして風が吹いた方向を見る。
するとそこには那奈が変装している姿と同じ姿の女の子が凛々しい白い女性に抱えられている光景があった。
「母様、エル、デル。お待たせしました」
抱えられていた女の子はそう言いながら白い女性の腕から降り、同じ姿をしている那奈へと歩いていく。
「ウル様、お待ちしておりました」
「ウルちゃん…来る前に解除したかったんだけど、なかなか難しくて…」
「いえいえ、エル、デル、お疲れ様です。母様、私もお手伝いするのでお待ちくださいね」
コルはそう伝え、左眼を閉じて那奈が手を向けている空間を右眼で見つめる。
右眼に映るのは空間が捻じれ、向こう側が歪んで見える光景があり、那奈と同じように両手を向けて自分の魔力を流し込んでみる。
「…なるほど…複雑な糸が絡み合ってるような感じですね」
どうやって結界が張られているのかを把握したコルは那奈に伝える。
「母様?少し強引な方法で結界を破りますのでエルとデルの後ろへ移動してもらってもいいですか?」
そう言われた那奈は少し渋い表情を作りながら問いかける。
「…危ない事はしない?」
「…死ぬような危ない事はしないですよ。ささ、エルとデルの元へ」
「…わかったわ」
渋々と言った感じで那奈は空間の亀裂に魔力を流すのを止めてエルとデルの元へ行く。
「エル、デル?しっかり守っててくださいね?」
「かしこまりました」
「…フェンリル?私が吹き飛ばない様に後ろに立っててもらっていいですか?」
「わかりました、お母様」
フェンリルはコルの背から一歩引いた所に立ち、いつでも受け止めれるように構える。
大きく息を吸って覚悟を決めたコルは右眼に意識を集中させて亀裂を見つめる。
「ふぅ…いきます!」
右眼が熱を持つような感覚を覚えながら空間に意識を集中させて隙間を探していく。
コルの額に小さい雫が浮き上がり、徐々に顔が赤くなっていくが集中する事をやめず空間を見つめ続けていく。
すると右眼から暖かい雫の様な物がゆっくりと滴っていく。
それを見たフェンリルは驚いた顔をしながら言う。
「お母様!!目から血が出ております!!すぐにお止めください!!」
フェンリルの叫び声にエル、デル、那奈の三人も驚きながらコルを見つめるが、コルがフェンリルに言う。
「フェンリル!今は話しかけないで!!」
フェンリルは怒声にも似たコルの声を聞き、心配そうな表情をしながら口を噤む。
コルは右眼からドクドクと流れる血を気にする事なく見つめていると、亀裂の中にある結界の解れ…那奈が解いてくれていた部分を見つけ、指の爪を鋭く尖らせてその解れに手を突き込む。
「う…!これはなかなか厳しい…!!」
突き込んだ手を捻じ切ろうとする空間の捻じれに抗う様に自分の手に魔力を纏わせて強引にもう一つの手を突き込み、こじ開けるように力を入れていく。
「…千棘とアエリアの身体程…っ…頑丈じゃないからすっごい痛い…!!!」
素手で空間を引き裂くという荒業のせいで両手が捻じれ、血が噴き出していくが構わずに力を籠め続けていく。
後ろではきっと心配そうにしている四人がいるんだろうなと思いながら、息を吐く。
「う…ふぅ…フェ…ンリル…!いきますよ!!」
そう叫んで渾身の力で空間を…引き裂いた。
空間を引き裂いた瞬間、ガラスが割れたような甲高い音が聖地セルファスの空から響き、ガラガラと見えない何かが崩れるような音が鳴り響く。
引き裂いた反動でコルは後ろに大きく吹き飛ぶ程の力を当てられた感覚があったが、後ろで構えていたフェンリルに抱き留められる。
「お母様!!だいじょう…手が!!!」
フェンリルが泣きそうな表情でコルの手を見つめる。
見るに堪えない程に捻れていたり、至る所に裂傷を受け、肉や骨が見えてしまっている手がフェンリルの目に映ってしまう。
すぐにエルとデルからポーションを受け取ろうとした時、目の前に二人の人影が現れた。
「やっと出られた…ちーちゃんが僕達を…って!!手が!!!」
「ルエリ?ちーちゃんがどう…早くポーションを!!」
双子の精霊がコルの手を見て急いでインベントリからポーションを取り出してコルの両手を癒していく。
「うっ…くぅぅっ…」
治ってもまだ痛みが残っているのか、表情を歪ませながら治された両手でコルは目から滴っている血を拭くこともせず、エルリとルエリを抱き寄せる。
「はぁ…本当によかったぁ…長い間、助けに来れなくてごめんなさいねぇ…」
コルはそう言いながら抱き寄せ、泣きそうな表情のエルリとルエリの頭を優しく撫でていた…。




