二つの模様
目覚めてから次の日、アエリアは黒いタンクトップと白いホットパンツというラフな格好をしており、自分の居室内で一年間動かしていなかった身体を動かしていた。
当然一年間寝たままで起きた次の日に万全に動けるわけがなく、万全な状態に戻す為にアエリアの身体で過ごしているが、アエリアからしたらルノアールを蘇生して起きたら一年経っていたという事実を自分の身体で実感していた。
「はぁ…一年経ったのね…髪も伸びてるし、元々細かった身体も更に細く見えるわ…でも胸だけはそのままよね…不思議過ぎるわ…」
女体の不思議を確かめながら身体をゆっくり動かしていく。
軋む様な感覚を覚えながらも上から順番に身体を動かしているとふと、ある考えが脳裏をよぎる。
「アエリアの身体で成長してるなら…千棘とコルの身体はどうなのかしら?」
アエリアは千棘の身体をイメージするとアエリアの身体から光が発せられ部屋が一瞬明るくなる。
光が収まると千棘の身体に変わっており、身体の調子を確かめていく。
「身体の調子は万全…じゃないか。『ゴエティアの首輪』を使った違和感があるな…身体の中にどす黒い何かが蠢いてる気がする…まぁ、時間経過でデバフは無くなるアイテムだったから様子見か」
身体の中で何かが動いている違和感を無視しながら姿鏡で千棘の身体を確認する。
「ちょっと身長伸びたかな?髪も伸びてるし…あれ?なんか眼がおかしい…?」
身長や髪が伸びている事を確認していた時、緑色の瞳がいつもと違う事に気付く千棘。
姿鏡に顔を近づけて千棘は自分の眼を凝視すると瞳の奥に何かの模様が浮かんでいた。
「は…?なにこれ?左眼に時計の文字盤みたいなのが…右眼には…四角い箱?」
瞳の奥にある模様が薄く、目を凝らしているとその模様が濃く浮かびあがる。
「うわ、模様が濃くなった?…眼に意識を集中させると浮かび上がるのか?…意識しなければ元に戻るし目立たない…何なんだろこれ」
その後も眼を確認していくが特に何かわかる事は無く、一旦調べるのを切り上げてコルの身体をイメージする。
また身体から発する光が収まると、コルの身体になっている事を確認して姿鏡を見る。
「コルは身長伸びてないですねぇ。だけど胸が苦しいから多分そういう事なんでしょうねぇ…服とかも新しくしないといけませんしぃ、髪は元々長いからどれだけ伸びたか分かり辛いけどぉ…やっぱりコルの眼にも同じ模様が出来てますねぇ…意識すれば浮かび上がるしぃ、意識しなければ目立たなくなるぅ…てことはアエリアもよねぇ…」
コルの身体は眼以外、特に問題がなかったのでアエリアをイメージしていく。
「やっぱりこの身体はだるいわね……やっぱり眼に模様が出来てる…オリジナルの神格魔法と関係あるのかしら?まぁ、悪い事は無いだろうし今考えても仕方ないわね。魔王討伐の為にも身体の感覚戻さないといけないし…」
アエリアの姿に戻った後、ストレッチをしてシャドーボクシングで身体を慣らしていると扉からノックする音が聞こえてくる。
「誰かしら?」
「フェイナだよー」
「入っていいわよ」
そう伝えるとフェイナは少し後ろに天使と悪魔のメイドを引き連れて部屋に入ってくる。
「やっぱり一年も身体動かしてないから不調?」
アエリアはシャドーボクシング止めて笑顔で答える。
「ええ、確かに不調よ。でもしばらくすれば元通りになると思うわ」
フェイナは安心したような表情を浮かべながら椅子に腰を下ろす。
すると天使と悪魔のメイドがお茶を準備し、軽く頭を下げてアエリアに話しかける。
「アエリア様、お久しぶりでございます」
「エル、デル、久しぶりね。私が寝ている間、この屋敷を守ってくれて感謝するわ」
そう伝えるとエルとデルは笑顔になりながら言う。
「それがわたくし達の存在理由でございます。お役に立てて嬉しく思います」
「エルの言う通りです。わたくし達の方こそお役目を与えてくださってありがとうございます」
「本当にこの世界で自我が芽生えたのね…」
そう言いながらエルとデルに近づき、二人の頬に手を添えて母の様に微笑む。
エルとデルは頬に手を添えられると今まで見せた事のない幸せそうな表情になり、顔を赤らめながら羽をパタパタと動かしている。
「エルがこの屋敷で掃除とか料理とかやってくれて、デルがちーちゃんのお世話してたんだよー」
「そう…なら申し訳ないけどエル?少しお腹が空いたから何か用意してくれるかしら?」
「かしこまりました、アエリア様。消化にいい物をすぐにご用意させて頂きます」
そう言うと軽く頭を下げ、すぐに部屋を出ていくエル。
その後ろ姿を見届けた後、デルにも伝える。
「デル、私が寝ている間の世話、感謝するわ。おかげで髪も傷んでいないし、身体もこれだけの不調で済んでいるわ…寝ている人の介護の大変さは身を持って知ってるから、この身体の具合から見て相当頑張ってくれたのでしょう?」
「いえ、私には掃除や料理のお役目が十分に果たせず、エルに任せていたのでその分アエリア様のお世話に専念出来ました。苦に思った事は一度もございません、むしろ感謝すらしております」
「そ、そう?…なんか口元が緩んでるし、本当なんだろうけど…」
「あーちーちゃん、デルはかなり熱心にお世話してたよ?寝たままのちーちゃんの上に四つん這いになって髪を整えたり、涎垂らしながら身体拭いたりとか、ニヤニヤしながら身体動かしたりマッサージしたりしてたよ」
「いいえフェイナ様、その言い方ですと私が変人の様に聞こえてしまいます。正しくお伝え頂けませんと。アエリア様の御髪を整えるのに横からだと非効率だと判断したまでです。身体を拭かせて頂いている間はそんなふしだらな表情はしておりません。正しくはアエリア様を慈愛に満ちた表情で拭かせて頂いておりました。それにお身体を動かすのは一番大事な事なのです。決してニヤニヤなど浮ついた気持ちで動かしていたわけではありません。そう、一目見ればわかるほど真剣な表情をしながら動かしておりました」
デルはフェイナが言ったことに異を唱え、正しく訂正する。
表情自体はとても凛としているが、目の奥に何か知ってはいけないような想いを感じ取ったアエリアは苦笑しながらも伝えた。
「そ、そう…例え好きでやってたとしても大変だった事は間違いないし、感謝するわデル。後でエルと一緒に訓練場で相手してくれるかしら?」
「かしこまりました、わたくし達にお任せください」
デルはそう言うとテーブルの端に移動して立ったまま待機する。
アエリアはさて、と呟きながら椅子に腰を下ろしてフェイナと対面する。
「フェイナ、私が寝ている間みんなを引っ張ってくれて感謝するわ…大変だったでしょう?」
フェイナはアエリアから感謝を伝えられると嬉しそうに笑い、言う。
「色んな国の情報を集めて整理したり、みんなに指示したりするのはすっごく大変だったけど…ちーちゃんにいつも助けられてるし、こういう時ぐらいは頑張らないとって」
「本当に助かったわ…それで色々聞きたいのだけれど…」
「いつ起きてもすぐ情報共有出来るようにちーちゃんが寝てから時系列順で手に入れた情報と、その情報を元にどういう指示をしてどういう結果になってるか…わかりやすく纏めている書類がここにありまーす」
フェイナはインベントリから数十枚の紙を取り出してテーブルの上に置く。
アエリアはお礼を言いつつ、その書類を手に取ろうとした瞬間、フェイナが書類の上に手を置いて取らせない様にする。
「ど、どうしたのかしら?」
「ふっふーん!こんだけ色々頑張ったんだから何かご褒美があってもいいんじゃなーい?」
悪戯している子供の様な表情を作りながらフェイナは言う。
アエリアはしまった…という表情をしながらフェイナに問う。
「確かにそうだわ…えっと、フェイナはどうして欲しいのかしら?」
そう言うとフェイナは可愛らしく小首を傾げながら思案し、言う。
「すぐには思いつかないから保留って言う事でいーい?」
「ええ、問題ないわ。して欲しい事があったら遠慮なく言ってちょうだい」
「ふふん、言質取ったからね!」
そう言うとフェイナは書類を手に持ち、アエリアへ手渡す。
書類を受け取り、読み進めながらアエリアは言う。
「この書類、よく纏められてるわ…とても読みやすいし内容がちゃんと入ってくるわね…エルやデルもだけれど…これは心配かけたみんなに何かご褒美が必要ね…後で全員としっかり話さないといけないわね」
フェイナは書類を褒められて嬉しかったのか笑顔のまま用意されたお茶に手を付けるとアエリアの顔をじっと見つめて首を傾げる。
「あれ?ちーちゃん何か眼が変じゃない?」
そう言われたアエリアは少し驚きの表情を作る。
「あら、こんな薄い模様よく気付いたわね?」
アエリアの眼に顔を近づけて模様を見ながらフェイナが言う。
「ん、そりゃ私ぐらいになれば気付くよー?なんか時計みたいな模様と…箱?なんか四角い模様だね?」
「ええ、意識すると模様が浮き出てくるのだけれど、別に何か不都合があるわけじゃないから今は放置しておくわ」
「んー、支障ないならいいんだけどさー」
そう言いながらフェイナは顔を離してあっと声をあげる。
「そういえば、聖女のナナさんがね?ちーちゃん起こした後に私達の秘密を知りたいって言ってたんだけど…」
書類を読む手を止めてアエリアはフェイナに問う。
「え…?聖女の名前…ナナって言うのかしら?」
「ん?そうそう、その書類の最後の方にも書いてあるんだけど、神の声を聞くことが出来る聖女で、神子の聖女って呼ばれてたの。それで神託を受けて私達に接触してちーちゃんを起こす事になった感じ。で、その交換条件で私達の秘密を教えてくれって」
アエリアは鼓動が早くなっている事に気付き、深呼吸で鼓動を抑えて伝える。
「そう…ならデル?ナナさんを呼んでもらえるかしら?」
「かしこまりました、アエリア様」
デルにナナを連れてくるように伝えて書類を読み進めていく。
アエリアの様子が少しおかしいのに気付いたフェイナは申し訳なさそうな表情になりながら問う。
「ちーちゃん…まずかった…?」
フェイナに余計な心配をさせてしまったと思い、書類をテーブルに置いて伝える。
「そんな事ないわ。私の為にやってくれた事よ?私が咎めるわけないじゃない。ただ…共通点が多すぎてびっくりしただけよ」
「共通点…?」
「ええ、ナナさんが来たらその事も詳しく全部話すわ。…それで思ったのだけれど、他のみんなは何してるのかしら?」
フェイナは顎に指を当てながら言う。
「んーっと…ユリスとルノアールとフィーヤは訓練場で訓練してて、ユーランはエルノ・シエル工房に行きながら武装を整えてて、きょーちゃんはアンバーウッズ森王国に戻ってるかな?アルメラはお風呂」
二人程名前が聞こえなかったアエリアはフェイナに問う。
「エルリとルエリは何処かしら?私が起きた時にもいなかったみたいだけれど…」
「エルエリはファーレン聖教国でマップが使えないユリス達の為のマップ制作と避難経路の確認、情報操作のお仕事してもらってるんだけど、手が離せなくて来れなかったんだよね」
「なるほどね…一旦書類を見ないとどういう状況になってるかわからないから読むのに集中するわ」
「はいはいー。あ、その書類には書いてないんだけど、きょーちゃんがアンバーウッズの王女様と婚約したよ」
「へぇ、鏡が婚約したのね。なら何かおいわ…え?こ、婚約?」
アエリアはフェイナが何を言ったのか一瞬理解できなかった。
「そう、婚約。結婚の約束したんだよ~王女様とね?きょーちゃんの好きな高身長グラマラスなエルフさんだった!」
鏡が婚約した事実に驚きを隠せず絶句してしまうアエリア。
「あれ?ちーちゃん?おーい!」
フェイナはアエリアに呼びかけるが、あまりにも衝撃的だったのかエルが料理を持ってくるまでそのまま固まっていた…。




