色々な恋
鉄と油の臭いが充満する石造りの工房、炉から漏れ出す炎の光が辺りを明るく照らし、太陽の近くにいると思わせる熱がその場にいる人達の身体から水分を奪っていく。
リズミカルな鉄と鉄がぶつかり合う音、炉にくべられた燃料が弾ける音、熱しられた鉄が水に浸かり水蒸気を発生させる音に混じる少女の怒声。
「だからそーじゃねーってさっきからあたい言ってんだろ!?もっと魔力込めながら打つんだよ!!」
「へ、へい!!」
赤髪のドワーフの女の子は自分より何周りも年上のドワーフ達に指示を飛ばす。
「おい!!こんなんじゃエルラシア王国のエルノ・シエル工房に勝つなんて言えないぞ!!鍛冶仕事でドワーフが負けっぱなしでいいのかぁ!?」
「すいやせん姉御!!」
「ったく返事だけいっちょ前に…今からあたいが食事つくっから、仕上げ出来る奴は仕上げておけよ!!」
「へい!!」
そう言って赤髪の女の子は自慢のポニーテールを揺らしながら工房から出ていく。
そして残った男達は鉄を叩く音に負けないぐらいの大声量で話し合う。
「今日もランの姉御にしこたま怒られたなぁ!!」
「最初は何だこいつって思ってたがぁ、意外といいもんだなぁ!!」
「前はおめぇの趣味がマジでわからんかったが、最近になってわかった気がするぞぉ!!」
「ガハハハ!!やっぱり女は男を尻に敷くぐらいがいい女なんだぁ!!」
「それに俺らよりすげぇ武器作れるってんだから自然と尻に敷かれたくもならぁ!!」
「「「ちげぇーねぇ!!ガハハハハ!!」」」
ユーランがいなくなった工房では理想の女性像を語り合いながら男達が汗を飛ばし、一つの武器に魂を込めている光景が続いていた。
■
「まぁ料理は元々得意だったからいいけど、これってあたいの仕事なのか…?」
ユーランはそう思いながらも見事な手際で肉を切り分け、野菜を一口大に切りつつ料理を丁寧に仕上げていく。
するとユーランのイヤリングにフェイナからの通信が入る。
料理をしながら聞いているとサクラバ・シンジという異世界人は魔王のスパイでこちらの情報を流す可能性がある為、監禁している事等の情報が流れてきた。
(そろそろちー助を起こせるか試す頃合いか…)
そう思いながら包丁と木の板を叩く音を響かせながら次の一品を作っていると一人の男が入ってくる。
「おう、ラン。飯作ってんのか?」
「ん?ガンセルか。見ての通りだ、後何品か作ったらあいつらを呼びに行く予定だ」
ユーランがガンセルと呼んだ男はエルドアース鉱王国の国王、ドワーフの長ガンセル・エルドアース。
既にある程度魔剣を作れるようになっているが、教えるのが下手だから下の奴らに教えろとユーランをエルドアース鉱王国に縛り付けてる張本人だった。
そしてガンセル・エルドアースは建前は下の育成の為という事を伝えているが、実際はユーランに求婚する為に縛り付けていた。
「なぁラン、お前さん俺の嫁になる気は本当にないのか?」
会ったらいつも言われるフレーズにユーランは力いっぱいに包丁を振り下ろし、まな板に切れ目が入るほどの音を響かせて言う。
「だからいってんだろぉ!?なるつもりはねぇ!あたいは誰のもんでもねーし、もしあたいをどうにか出来る奴がいんならあたいらのリーダーだけだっつーの!!」
「…なあ、そのリーダーというやつに会わせてはくれんのか?」
「だーかーらー!今は事情があって会わせらんねーって言ってんだろ!?」
「そうやって言って本当は照れ隠しなんかじゃねーのかぁ?」
「あたいがしょーもねぇ嘘をつくわけねーだろ。隠し事はあっても嘘はついてねぇ」
「そうか…」
「んで?ここに来た理由はさっきのだけで終了か?ほかにあたいに伝える事でもあったんじゃねーの?」
ああ、とここに来た本当の理由…は求婚だったが、言っておかなくちゃいけない事があるのを思い出したガンセルは伝える。
「そういや、ファーレン聖教国で神子の聖女が行方不明になったって騒ぎになっててよぉ。各国に今、使者が情報収集も兼ねて攫った奴をとっちめる為に移動してんだとよ」
「ふーん、貴重な情報どうも。つー事は、この国にもくんのか?」
「ああ、ここはかなりファーレン聖教国に近いからな~今日の夕刻辺りに使者がくんじゃねぇか?」
「そうか、んじゃぁあたいはこの料理作り終わったら一旦リーダーの元に帰っから、しばらくこの国には帰ってこねぇからよろしくな」
ユーランがそう言うとガンセルは酷く驚く。
「はぁ!?急すぎねぇか!?まだ下のもんも育ってねーのに!」
ユーランは溜め息を吐きながら首と髪を左右に揺らす。
「最初はガンセルに教えるだけっつー約束だっただろ?こっちはちゃんと役目を果たしてる。後、他国の情報ももう大丈夫だ。礼を言っとくぜ」
「確かにそうだがよぉ…おめぇさんにはここに居てもらわんくちゃ困るぜ?」
「んや、もうあたいは役目を終えてんだ。これからはあたいの仲間達の為に動くからもう手は貸せねぇ」
「国王命令でもか?」
ガンセルの口からエルドアース鉱王国、国王としての発言を聞いてユーランは料理を作る手を止めてスッと目を細めて睨む。
「ガンセル、何度言わせんだ?」
ユーランの威圧に顔色を変えずにガンセルは返答する。
「それだけランの力がこの国には必要なんだよ。だから国王としての立場から命令してでも引き留めたいところだ」
ガンセルもユーランに負けないぐらいの眼力で睨み返すがユーランには悪手だった。
「そうか、じゃあ交渉決裂だ。あたいは今すぐにでもこの国から出てく。ダンジョンから溢れ出た魔獣に対抗する術はガンセル・エルドアース様に教えた。等価交換で他国の情報も頂いた、これで縁切りだ。今まで世話になったな、あたいは仲間の元に帰る」
そう言い切って作った料理をそのまま放置して工房を出ていこうとするユーランの手をガッチリと握りしめてガンセルが引き留める。
「あ?何だこの手は?」
「ダメだ行かせられん。ランはこの国にいるべき人材だ」
ユーランはどう言っても諦めないといった表情のガンセルを見て溜め息を吐き、インベントリから転移魔法が込められた魔道具を取り出して魔力を込めながら話す。
「ガンセル、あたいは言ったよな?この国で魔剣の作り方を教える代わりに他国の情報が必要だと。だが、その前の話を忘れてやがる。なんて言ったか覚えてんのか?」
「…」
「あたいは一番大切なモンの為に動いてんだ。どんな事があろうとあたいは大切なモンの為だけに動く。例え敵が国丸ごとだとしても何も理由を聞かずに動ける程信頼してる仲間達の為に動いてんだよ。お前の為でもこの国の為でもねぇ。はき違えてんじゃねえぞ?もし、この国が敵だって言うなら一人でもこの国をぶっ壊してやる。それぐらい簡単に思えちまうほどあたいには大切な仲間達なんだよ。だから国王の命令でも絶対に聞かねぇから諦めろ、じゃあな」
そう言い放ち、ガッチリ掴まれていた手を振りほどいて転移の魔道具で姿を消すユーラン。
ガンセル・エルドアースはユーランを掴んでいた手を眺めて握りしめる。
「つくづくいい女だな…絶対に振り向かせてやる…」
■
同時刻、フェイナからの連絡を受けていた鏡はアンバーウッズ森王国に生息している世界樹の木にいた。
世界樹の木は上に登る為の滑車であったり階段が作られてあってその真ん中辺りにはアンバーウッズ森王国の王族が住まう洞があり、そこに鏡はとある人物と一緒にいた。
世界樹の木は想像もつかない程の大きさで洞と言っても住み辛い訳ではなく、謁見の間や、王の寝室、生活や式典を行う為に普通の王城と同じような作りになっていた。
そして鏡と一緒にいる人物…それはアンバーウッズ森王国セイマス・アンバーウッズ王のご息女、王女セイラーン・アンバーウッズだった。
「んで?セイラーン、今日呼んだ理由は?」
「もう、ミラー様…理由が無くちゃ呼んではいけませんの?」
「いや…俺もそこまで暇じゃねぇんだけどな…」
「いいじゃないですか。近頃は魔獣もミラー様がお倒しになってくださっているおかげで数も減少気味になっておりますわ。なので今日は私とのお茶を楽しんで頂きたいですわ」
「まぁ別にいいけどよ…何度も言ってるが、俺様はずっとここにはいねーって事を忘れてねーだろうな?」
「そうなんですの?てっきりわたくしと婚約して頂けるのかと思いましたわ」
「何でそんな事になってんだよ…俺様にはここより大切なモンがあんだよ。ここで魔獣を倒してんのは片手間だ。近いうち俺様はこの国を離れるつもりでいる」
「そうなんですのね…」
セイラーンは俯いて金の糸と見間違えるほどの髪を顔にかけて小さく肩を揺らす。
「私、ミラー様の事をお慕いしていますわ…一生を添い遂げたい程に…」
そう言って俯いた顔をあげたセイラーンは綺麗な青の瞳に涙を貯め、頬を赤らめながら鏡を見つめる。
セイラーンは最初、アンバーウッズ森王国に新しく来たよそ者のエルフが凶暴化した魔獣を次々倒していくという情報を聞いてそのよそ者にいい顔をさせないようにと言っていた張本人だったが、王である父、セイマス・アンバーウッズが鏡を世界樹の木に呼んだ事をきっかけに会う事になったのだ。
セイラーンはエルフに有るまじき言動をする鏡を激しく糾弾したがセイマスに宥められ、その場は不問としていたが…よそ者のエルフ、エルフに有るまじき乱暴な言葉遣い、セイラーンの心象を悪くする塊だった。
そんな時、セイラーンはどうにか鏡をこの国から追い出そうと付き人達と後をつけて粗探しをしていたら魔獣の襲撃に会ってしまい、優雅に戦う鏡の姿を見て惚れてしまった。
それからは鏡を見る目がガラリと変わり、乱暴な言葉遣いは民とは違うという特別なモノに見え、よそ者という視点は白馬に乗った王子様が私に会いに来てくれたという認識に切り替わっていた。
鏡と出会うまでは何事にも無感動、興味も全く何も示さない人形の様な王女だったのだが鏡と出会って怒り、鏡に助けられて恋をし、やっと人らしい感情を持つことが出来た王女に王であるセイマスは酷く感謝しており、是非娘を貰ってくれと言われる等、親子揃って鏡にべた惚れである。
そんな王女セイラーンが泣くなど初めての事だった。
鏡は言葉遣いは悪いが人が悪いわけではない、どちらかと言うととても紳士的でいい人、他人に優しく自分に厳しいを地で行くのでこの世界に来るまでもかなりの人にアプローチされていた。
女性の涙に弱い鏡は頭をかきながら歯切れ悪く答える。
「…俺様の事を好いてくれんのは嬉しいけどよ、この国にずっといるのは出来ねぇんだよ…俺様には大切なモンがある…セイラーンが嫌いな他種族の仲間達だ。それに俺はよそ者だしよ?そんな得体のしれない者と結婚なんてしたら…王女としてどうなんだよ?」
鏡の言葉を聞いたセイラーンは即答する。
「なら王女としてではなく、ただのエルフ、セイラーンとしてミラー様と添い遂げたいですわ」
「そ、即答かよ…いや、でもほら…俺様の仲間は他種族だぞ?これはセイラーンの親父、セイマスさんにも言ってねぇ。この国は排他的だって聞いてたからな…だから他種族と交流してる俺様は邪魔な異物だろ?」
「お父様や国は関係ありませんわ。今はただのエルフの一人としてミラー様とお話しているのですわ」
「いや…だけどな…そんな簡単な事じゃねぇと思うぞ…?」
セイラーンは遂に青い瞳に貯めていた涙を頬に流して震えた声で答えを聞きたくない問いをする。
「…ミラー様は…私の事…お嫌いですか…?」
「っ…い、いやいや、何でそうなるんだよ?」
流石の鏡も動揺して言葉に詰まりながら答える。
「だって…ミラー様からは私を遠ざけたい気持ちしか感じられませんわ…最初にミラー様を糾弾したのが原因でしょうか…?」
「ちげぇよ…」
「では何かほかに理由がございますの…?」
「わりぃ…それは今は言えねぇ…だが、嫌っていないって事ははっきり言っておく」
「どっちつかずな答えは嫌ですわ。はっきりと仰ってくださいませ…私の事が好きなのか嫌いなのか…」
鏡はセイラーンの気持ちに真摯に答えるべきだと思う…が、答えて今の自分達が置かれている環境にこんな箱入り娘を引きずり込んでいいのかわからずに頭を悩ませて言う。
「俺様はセイラーンの事を好きだと思っているが、俺様は今厄介な事に巻き込まれてんだ。だからそれにセイラーンを巻き込みたくねぇ。だから今は答えらんねぇ…」
セイラーンは自分の事を好いてくれているという答えにホッとして、涙を拭って言い放つ。
「なら今からお父様に言って王女ではなくただ一人のエルフとなってきますわ」
「は、はぁぁぁ!?おま、お、おめぇ何言いだしてんだよ!?」
「私はミラー様と一緒に居たいと、添い遂げたいと心から思っておりますわ。国が一つ相手になろうとその国がお父様の国でも関係ありませんもの」
「ちょ、セイラーン!!本当にちょっと待て!!お前が良くても俺の準備がよくねぇ!!本当にちょっと待ってくれお願いだから!」
鏡はいつもの口調を忘れる程必死に引き留めるが…、
「ミラー様、こういう時はすぐ行動するものですわ。私は厄介ごとに巻き込まれて命を落としても構わない程貴方をお慕いしていますわ。国やお父様の障害なんて些細な事ですわ」
「セイラーン!!本当に待ってくれ…ちょっと本当に…わかったから待ってくれ…!!!」
「なら10分ほどお待ちしますわ」
「わ、わかった…」
鏡は部屋を出ていき、フェイナに通信する。
『お、おい!今大丈夫か!?』
『ん?きょーちゃん?なんか慌ててるけどアンバーウッズで何かあったの?』
『実は…』
……
『なるほどねぇ…普通にびっくりだし、きょーちゃんが俺様とかいつもの口調忘れる程に取り乱してる事にもびっくりだ』
『なぁ…こういう時の女性の気持ちってどうなんだ…?』
『そこまで勇気出して自分の立場を捨ててまで一緒に居たいって言わせたんだから責任取って幸せにしなさいよ。別にこっちは人が増えても問題ないし、戦えなくちゃ仲間じゃないなんて事ないでしょ?きょーちゃんが幸せにしてあげたいって言うんなら連れてくればいいよ。そう思ってないならセイラーンちゃんの為にきっぱり振ってあげな』
『…わかった、助かった』
『はいよー』
……
「セイラーン、待たせた」
「誰かとお話されていたようですが…もしかして他の女性とお話されていたのですか?」
セイラーンの勘の鋭さに心臓が跳ねあがるがしっかりと答える。
「確かに女性だが、俺様の仲間だ。………俺様の嫁が付いてくるって報告してたんだよ…」
鏡はむすっとしながら頬を赤くして伝えた。
するとセイラーンは満面の笑みに変わり、鏡の手を握って部屋を飛び出す。
「ちょ、セイラーン!引っ張んなよ!!」
「ミラー様!私、これまで生きてきた中でこれ程幸せな事ありませんでしたわ!!これからはいっぱい幸せになりましょうね!!」
セイラーンの泣き笑いを見た鏡はやれやれ…といった表情をするが、笑顔を作ってセイラーンを走りながら横抱きに抱える。
「わ、わわ!?み、ミラー様!?」
顔を真っ赤にして鏡の腕の中にいるセイラーンが鏡を見つめる。
鏡は走りながらそんなセイラーンを見て言う。
「俺様はミラーなんかじゃねぇ。ダフネの十英傑って呼ばれてる六月一日 鏡だ。セイラーンの好きなように呼んでくれて構わねぇが、人前じゃミラーって呼べよ?そして俺様の仲間はダフネの十英傑だ。セイラーンから俺様達の厄介ごとに巻き込まれに来たんだから逃げんなよ?」
笑顔の表情を浮かべている鏡から、衝撃的な事を伝えられたセイラーンはびっくりしていたが、想う。
ダフネの十英傑だから好きになったわけじゃない、ミラー様だったから好きになったのだと。
だから笑顔で鏡の身体に抱き着いて言う。
「はい!何処までもついていきますわ!私の鏡様!!」




