叩く頬は熱を持つ
精霊の国の宮殿…エルリとルエリの居室にて水色の狼が目を覚ます…。
……
「んん…エルリ、ルエリ…私が気を失ってからどのくらい経ちましたかぁ…?」
「あ、ちーちゃん!10分くらいかな?そうだよねエルリ?」
「ちーちゃんおはよう、そうだねルエリ」
「ん…わかりましたぁ…その間、何かありましたかぁ?」
「んーと、精霊女王の側近が謁見の間に来いって言ってたかな?」
「うん、ルエリが言った通り、後でここに迎えに来るって言ってた」
「そうですかぁ…では準備しないといけないですねぇ」
コルは自分が気を失ってからの出来事を聞き、謁見の準備をする為にインベントリから魔力ポーションを取り出して一本飲み干し魔力が身体の中で満ちるのを感じつつ、赤ずきんの格好から水色の巫女服に着替えてお守りとして真っ黒の首飾りを首にかける。
「んー…こんな感じですねぇ…後は…んっん!口調を直せば大丈夫ですね」
「おー水色の巫女さんだー!エルリ!僕達も着替える?」
「ルエリ、私達はこのままで大丈夫だよ?」
謁見の時間になったら側近が迎えに来ると聞いていたので、呼びに来るまでエルリとルエリと雑談をしながら時間を潰していると居室のドアがノックされ、謁見の間へ五人で向かう…。
■
「さて…フェンリル、キャスパリーグ…私の髪の陰に隠れておいてください。もし、私の身に危険があったらお願いしますね?」
『お母様、お任せください』
『お母様に傷一つ付けないから安心してにゃ~』
「ふふっ、頼もしい限りです。エル、エリ?これからの事は全て私に任せてください」
「僕はいつでもウルの事信じてるよ!」
「私もずっとウルの事信じてる!」
「こっちも頼もしい限りですね…では行きましょう」
フェンリルとキャスパリーグを含めた五人は側近に連れられ、精霊女王の待つ謁見の間へ入室すると…そこは宮殿の中とは思えない程の草原が広がっていた。
謁見の間は宮殿の作りを完全に無視した高さと広さ…明らかに別の空間である事を物語っており、天井は空、壁は無く草原の地平線が見える程広大で入って正面に緑を基調にした玉座があり、その左右には精霊女王と瓜二つな精霊族が一人と緑を基調とした甲冑に、神々しい武器を携えた人が一人いた。
玉座までの道を示すように精霊族の重鎮の様な者たちが並んでコル、エルリ、ルエリを迎えると扉が閉まり、その扉は後戻り出来ないよう消滅して人の道に従うように玉座の前まで進んでいくと緑の甲冑を着た人物に「止まれ」と声を掛けられ、その場で膝をつき首を垂れる。
たった数秒の沈黙が数分に感じるような重い空気を終わらせるように精霊女王が口を開く。
「ここは精霊の国…よそ者よ、ここに何をしに来た?返答次第では即座に斬り捨てる」
女王の風格を見せつけるよう、フェンリルと同じ精霊光を半透明の羽から発し、精霊光を見た重鎮たちは即座に膝をつき首を垂れる。
「精霊女王、私は…コルと申します。旧友であるエルことエルリ、エリことルエリより…この国を救って欲しいと言われこの国へ参りました」
コルは偽名を使わずに三人の名前を明かす。
その宣言はエルリとルエリも驚きの顔をしていたが、それ以外の人物は信じられないといった感じで困惑しており、だんだんと怒りを露にしていった。
「貴様…!この精霊女王を愚弄する気か!?皆、こ奴は精霊女王に虚偽を伝えた!!即座に首を刎ねよ!!」
精霊女王の命令でコル、エルリ、ルエリ以外の者は武器を抜き放ち、コルの首を取ろうとした時、双子の精霊が可愛らしい声を発する喉から明らかな怒気と威圧感を持つ一言を呟く。
「はぁ?」
丸腰だったエルリとルエリはインベントリから武器を抜き放ち、真っ白な双剣とレイピアを近づく者達に向けるとこの場を押しつぶさんとするほどの圧迫感が草原を襲い、コルの首を取ろうとしていた者の脚をその場に縫い付ける。
今まで自分達を守っていてくれた守護者二名が敵になってしまったという絶望感にも似た感情が彼らを苛む…。
その光景に精霊女王は更に怒りを高め、喚くように命令を告げる。
「貴様らぁ!!何をしている!!精霊族の敵の前だぞ!!守護者!!!何故敵に与する!!お前達にも精霊族がどれだけの事をこいつらにされたかわかっているのだろう!?!?」
「精霊女王…いや、カレンさん、僕達はここの守護者である前にコルの仲間なんだよね」
「そうだねルエリ。私達はコルの仲間なの。その仲間を傷つけるならいくらカレンさんでも…同じ精霊族でも私達は容赦しないよ?」
「お前達までそこの敵と同じ事を申すか…!!構わん!!!即座にその三人の首を刎ねるんっ!?」
精霊女王の言葉を遮るようにコルが手を打ち合わせて全員の視線を集め、言葉を発する。
「精霊女王カレン…私は嘘など吐いておりません。フェンリル、キャスパリーグお願いね」
コルがフェンリルとキャスパリーグへ語り掛けると髪の陰から二人が姿を現し、いつもの大きさに戻る。
フェンリルは精霊女王と同じ精霊光を撒き散らし、キャスパリーグはフェンリルの背にちょこんと座る。
フェンリルの姿を見た者たちは精霊女王が精霊光を発した時以上に畏怖し、両膝をついて頭を草原へつける。
『久しいなカレンよ、後ろばかり向いていては救えるものも救えなくなるぞ』
「っ!?ふぇ、フェンリル様…なのですか…?」
『左様。我はお前達を逃がす為にあの時手を貸したフェンリルで相違ない』
「その節は本当にありがとうございます…ど、どうしてこの場にいらっしゃるのですか…?」
『我は主の為にここにいる…』
「あ、主!?フェンリル様!?…もしやそこの十英傑の名を偽る者の事をおっしゃっているのですか!?」
『カレン…お前でも主を愚弄するなら容赦はしないぞ』
「っ!!…申し訳…ございません」
『カレン、この場にいる者…そこのお前に似ている童と甲冑を着ている騎士以外全員、下がらせるのだ』
「しかし…フェンリル様それは…」
『お前達が危害を加えないのなら我が主は何もお前達に不利益をもたらす事は無い。…もしそれ以上食ってかかるのであれば主はこの場にバハムートを召喚するつもりでいる…それでも良いのか?』
「なっ!?神龍バハムートをですか…!?…皆すぐに謁見の間から退出するのだ!!急げ!!!」
精霊女王カレンの悲痛な声での命令は今まで以上に素早く理解され、数秒後には全員が退出していた。
命令を出した後、精霊女王は顔を青くし、緑の甲冑を着た騎士も膝をつきながらカチャカチャと鎧を揺らしていた。
ただ、隣の精霊女王と瓜二つな子供は膝をつくわけでも怯えるのでもなく、しっかりコルを見据えて言葉を伝える。
「コルさん…いえ、コル様…フェンリル様、私は精霊女王カレンの子、名をカルラと申します。この度は私の母が無礼を働き、申し訳ございません。罰なら私がこの身で受けたいと思いますのでどうかご容赦を…」
カルラと名乗った者はコルのすぐ目の前に移動し、膝をついて首を差し出す動きをする。
その光景を見た精霊女王は涙を流しながらカルラを叱りつける。
「か、カルラ!?貴方は何をしているの!?貴方は精霊族を纏める精霊王になる存在なのよ!?罰は私が受けます!!どうかカルラだけは!!!」
『はぁ…カレン、カルラ…我の先程の言葉をもう忘れたのか…?お前達が危害を加えないなら我が主は何もお前達に不利益をもたらす事は無い…そう言ったのだが?』
「ええ、私達はエルリとルエリの話を聞き、この国を救う為に来ました。もちろん過去の出来事も知っていますし、精霊女王が他種族に敵意を持っているのもわかっております。なので私は、精霊の国がこれから先も平和に暮らせるよう力を使いたいと思います。なのでよかったら私達に貴方達の精霊の国を救わせて頂けませんか?」
そう伝えて膝をついているカルラを立ち上がらせてにっこり微笑み、精霊女王の元へ向かい…
「精霊女王…貴方はあの出来事を目の当たりにし、精霊族以外の信用を無くしてしまったと思います。だから今だけは私やフェンリル、キャスパリーグ、エルリとルエリの事だけを信じてみませんか?」
涙でぐしゃぐしゃになっているカレンの顔を優しく拭き、にっこり微笑む…。
■
「なるほどぉ…その結界を維持するクリスタルはかなり複雑な作りなのですねぇ…」
謁見の間で起こった騒動の後、コルはフェンリルとキャスパリーグを送還し、エルリ、ルエリ、精霊女王カレン、カルラの五人のみで護衛も付けずに話し合っていた。
コル達の素性は絶対に他言しないと重鎮達にも誓ってもらい、精霊の国の状況を事細かく教えてもらったコルは想像以上に結界の維持が複雑なクリスタルによって行われている事に少し頭を悩ませる。
「しかも魔族アルマロスは僕達がここに来る前に一度ここを襲撃…なんとか退けたもののクリスタルが不調になり…っていう状況なんだよね」
「私達がその時に居ればどうにかなったんだけど…流石に私達じゃ魔力を注いで劣化を誤魔化すぐらいしかできなかったの…」
「ええ…守護者二名…エルリ様とルエリ様のご助力で今はまだ結界が張れていますが、それが無くなればこの国の存在は明らかになります。また過去の様な惨劇が起きないとも限りません…だから精霊族の皆を守るには…エルリ様とルエリ様がここに残って頂く方法しかありません」
「お母様…エルリ様もルエリ様も我々と同じ心を持つ者なのです。私達の勝手で縛り付けていい訳ではありません…私も精霊族の皆を助けたい気持ちは同じです…ですが、これ以上お二人を縛るべきではありません。今までもお二人がいなくとも我らはここまで平和に暮らしております」
「だがしかし、同じ精霊族なのだぞ?何故、同胞の為に力を使う事を拒むのだ…」
「だからそれは僕も何回も言ってるけど、僕達の力だけに頼っててこれから先どうするの?」
「ルエリの言う通りだよカレンさん。私達の力を使って復讐でもするの?私達は駒でも道具でも兵器でもないよ?今は私達がいないといけないから守っているだけなの」
「ならこれからどうすればいいのだ…」
「だから私が頑張るのですよぉ。私が今、精霊の国で出来るのは結界を張る為のクリスタルを直す事と…外敵が来た時の防衛力を与えますぅ」
「先程かなり複雑な作りと言って頭を悩ませていたではないかコル…様。直せないならやはりエルリ様とルエリ様にここにいて頂くしかない…」
「私、直せないなんて言ってませんよぉ?…後、そろそろエルリとルエリの事を物の様に扱うのを止めて頂いても?流石にそろそろ我慢が出来かねてしまいますので」
いつもの口調で話す事もやめ、先程からエルリがルエリがと言っている精霊女王に対してコルがいつものほわほわした雰囲気ではなく、怒気を含めて言い放つ。
すると精霊女王は唇を噛みしめ、膝の上で握り拳を作りながら俯いてしまう。
「コル様申し訳ありません…エルリ様とルエリ様は私達、精霊族からしたら希望なのです…今は退路が断たれた絶望的な状況ゆえに希望に縋りたくなってしまうのです…」
「いえ、カルラ…それは前に進む事を諦めた者のいい訳にしか過ぎません。いくらカルラが庇ったとしてもそれは変わりません。精霊女王、貴方は先程から何を卑屈になっているのですか?私達は力を貸すとは言いました、だけどそれは未来永劫と同義ではありませんよ?本来、私達はこの世界にいるはずのない存在なのです。たまたま手に入れたものにずっと縋っていたらこの国は何時まで経っても未来はないのです。その未来を作り出すのはカルラや精霊女王、精霊族の皆さんなのです。貴方は停滞ばかりで何も考えていない…カルラはこの国を良くする為に、私達の話を聞き、未来に向かう為の一歩を貴方より先に踏み出しました。これならどちらが王と言われたら全員カルラを支持するでしょう。…ずっと過去に縛られ、民の未来すら閉じている貴方に王の資格はない、潔くさっさとカルラに王の座を譲ったほうがこの国の為です」
コルの言葉を聞いて精霊女王は俯きながら涙を流し、カルラはコルに何も言い返せない事実に顔を歪め、それを見ていたエルリとルエリはおろおろしながらコルに話しかける。
「ちょ、コルちゃん…流石に僕、言いすぎだと思う…カレンさんもこれまで頑張ってたんだよ…?」
「う、うん…コルちゃん…カレンさんも頑張ってたんだよ…?」
「皆の上に立つ者は頑張って当たり前なのです。エルリ、ルエリ、貴方達は私の事を信じていると言ってくれましたよね?」
「う、うん」
「では、私が戦場で戦ってと命令をすれば戦いますか?」
「うん…」
「ではその命令をする人が次の戦局を何も考えない愚王なら?あの大群に突っ込んで倒してこい、その後はわからん…そんな事を言う者についていきますか?」
「やだ…死んじゃうかもしれない…」
「今、精霊女王は同じ事を言っているのです。今はこの希望に縋れ!後はどうにかなるかもしれない!…と。このままであれば精霊の国の民は未来はない…いつかは誰かに襲われてしまうかもしれない…また過去と同じ事が起きるかもしれない…そう怯え続けなくてはいけません。それを変えるのが王。王はその責務故に誰よりも頑張って、誰より頭を悩ませ、誰よりも未来を見なくてはいけない。それすらせずに…いたずらにこの国の民の未来を…勝手に王が閉ざして何が王なのですか?」
「っ…」
「エルリとルエリは優しい…それは私が一番よくわかっています。私よりもカレンさんといる時間は長いし、私が来るまでどれだけ頑張っていたか、その姿を見たかもしれません。だけどそれだけじゃ足りない…未来の為に己の命すら賭けられないのであれば王の責務は果たせません。先程のカルラの様に、この国の未来が本当に良くなるのであれば恐れず自分の首を差し出してこそ、付いてくる者がいる…きっとエルリとルエリも私と同じように貴方達だけを慕ってくれる仲間が出来ると思います。その時は同じように皆を守ってあげてください。その守っているエルリとルエリの事は私達が助けてあげますから」
「コルちゃん…」
「なら…その愚王な…私はこれから…どうすればいいのだ…」
「お母様…お母様は愚王なんかじゃありません…」
「カルラ、貴方は少し黙っていてください。この愚王の卑屈な考え…ここで引導を渡します」
涙を流す精霊女王に寄り添うカルラは今にも泣きだしそうな顔で母を慰めていたが、コルの一言で涙を流し始めた…だが、精霊女王はそんなカルラの顔も見ずにずっと俯いたまま涙を流していた。
そんな精霊女王の胸倉を掴んで顎を指で押さえ、お互いの鼻がつくのではないかという距離まで顔を近づけて目を睨みつけながらコルが言い放つ。
「愚王な私はこれからどうすればいい…?甘えるのも、卑屈になるのも…いい加減にしなさい!!カルラにこんな顔をさせて!!自分が恥ずかしくないのですか!?貴女が今まで後ろを向いて生きてきた結果がカルラの今の顔です!!貴女は王以前に母親として失格なのです!!何故、子の未来を母親の貴女が真っ先に閉ざしてしまうのですか!?何故貴女は子に守られ膝をつき、涙を流す事しかしないのですか!?貴女はカルラの手本にならなくちゃいけない存在なのでしょう!?母として子の…精霊女王として次期王の!!貴女はカルラの様な顔を、貴女の国の民にもさせるのですか!?こうやって怒られれば自分は頑張った、これ以上は無理だ、考えたくないと投げ出せて楽ですか!?何でそんな貴女に私達の大切なエルリやルエリを盗られなくちゃいけない…力を貸さなくちゃいけないのですか!!!いい加減自分の殻に籠ってないで外を見なさい!!いつまで愚王を演じていれば気が済むのですか!!さっさとカルラの為に、国民の為に前を向いて歩きなさい!!!」
コルの小さな手が精霊女王の頬を叩いた音が響き、精霊女王の頬は赤くなり徐々に熱を持つ。
それを見ていた者は目を見開き、言葉を無くしながらも二人を見守る。
「ここまでされて立ち上がれないなら貴女に王の…それ以前に母親の資格はありません。カルラ、貴方にはこの国の民を幸せにし、その命を背負う覚悟はありますか?」
「…はい、私には覚悟があります。国民の未来を…今の停滞ではなく、隠れて暮さなくてもいい…他種族と対等な未来を私は模索していきます。きっと色んな人の手を借りると思います…だけどそれでも前に進み続けて、手を貸してくれた者に今度はこちらが手を貸せるようになってみせます!」
「…カレン、これが王たる者の資質と覚悟です。貴女はまだカルラは幼い、まだ王には相応しくない、私が育てなきゃと思っていたのでしょう…ですが、既に貴女を超えている。貴女はこれからどうするのですか…?ここで諦めて、愚王としてその座をカルラに譲りますか…?」
今まで握りしめていた胸倉を離して皺の寄った服を直し、赤くなった頬に手を当てて問いかける。
「私は…この国の民に…カルラに…あんな顔をさせる為に女王になったわけじゃない…!!私は精霊女王で次期王のカルラの目標として先に進んでいなければならない…!母親としてカルラに幸せを与えなくてはいけない…!!愚王が賢王たるまで私は立ち止まってはいけない…!」
「おかあ…さん…」
「ええ、貴女は愚王じゃないと証明して、賢王として皆を引っ張り、次期王にそれ以上の王になってもらいましょう。貴女がしっかりしなければあっさりと超えられてきっと忘れられちゃいますよ?」
「っ!それは困る…」
「でしょう?ならこれから未来の話をしましょう…頬を殴ってごめんなさいね?」
「久しく忘れていた痛みだ…きっとこれぐらいされなきゃ私はカルラの顔すら見ていなかった…」
「おかあさん…僕もいっぱい考えるから…一緒にがんばろう…」
「カルラ…今までごめんなさい…」
精霊の親子はやっと同じ目標に進みだした事を確かめ合うように抱き合い、涙を流しながら笑っていた。
「エルリ、ルエリ…あなた達は頼りたくなったらいつでも頼ってくださいね?」
「うん!」
母と子を見つめ、この国の未来を思い描きながら次は私が頑張る番ですねと心の中で呟く…。




