↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/310

魔王の兄、勇者の妹

「んっ…ふあぁ…」



 見覚えのない白い天井、明らかに高級そうなベッド、同じ部屋の中で聞こえる複数人の女性の声…千棘はそんな空間の中、もう少しだけ寝たい気持ちを堪えながら身体を起こして部屋を見渡す。



 すると円形のテーブルを囲みながら楽しく談笑しているノエル、ベルセ、フィオ、カトレーヌ、アルセーヌ、エル、デルの姿を見つけるが、話に花が咲いているのかこちらに気付いた様子はなかった。



 そのまま左右に視線を向けると右隣に試合をしたレノ、左隣にはうなされている鏡が寝ており、千棘は鏡に申し訳ない気持ちを抱く。



 何とも微妙な表情を鏡に向けているとエルとデルが起きた事に気付いたのか、メイドたる仕草でベッドに腰掛ける千棘へ近づいてくる。



おはようございます、(おはようございます、)千棘様(千棘様)


「んっ!おはようエル、デル。僕にもお茶…ごめん、何か食べる物を用意してもらっていい?」


かしこまりました(かしこまりました)



 お茶を用意してもらおうと思った千棘だったが、腹の虫が食料を求めたのでエルとデルに食事を用意してもらいたい事を伝えるとエルとデルは白い部屋から出ていく。



「みんなおはよう。…あれ?ノクスは?」


「チヅルお兄ちゃんおはよ!ノクス皇帝はここにいないよ!」


「チヅル様おはようございます…お兄様は…」



 元気いっぱいに挨拶したフィオと対照的にちょっともじもじしながら挨拶したアルセーヌはノクスの行方を濁しながらカトレーヌを見つめる。



 するとカトレーヌは小さく息を吐きながら円形のテーブルに肘をついて顔を手で支え、ぶっきらぼうにノクスの行方を教えてくれる。



「おはよ、チヅルさん。お兄ちゃんはどっかの誰かが盛大に壊した闘技場の修復を寝ないで進めてるよ?」


「うっ…ま、まさかあそこまで壊れるとは思わなかったんだよ…後で鏡にも謝んないと…」



 気まずそうな表情のまま、エルとデルが空けた席に座った千棘は怒った表情のノエルとベルセに挟まれている事に気付き、この席に座った事を後悔する。



「チヅルさん?私の言いたい事、わかりますか?」


「の、ノエル…」


「魔王様?戦っている姿はとても素敵でしたわ。ですが…私の言いたい事もおわかりになってますの?」


「ベルセ…あ、あれでしょ?やりすぎだって事でしょ…?」


「それもそうですが、貴方は一国の王になるんですよ?あんな自損覚悟の乱暴な戦いを試合でしないでください!!」


「まったくですわ!!決戦でもない試合であんなに腕をズタズタにして…見てたこっちがひやひやしましたわ!!もう少しご自身の身体を大事にしてくださいまし!!魔王様の身体は魔王様だけの身体じゃないんですのよ!?」


「ご、ごめん…」



 常識的な二人に挟まれた千棘は円形のテーブルに突っ伏して項垂れるが、後ろから肩を叩く感触を覚えて身体を起こす。



「チヅル兄さんおはよ。責められてるね?」


「レノ…身体は大丈夫?」


「うん、逆になんかスッキリした感じかも?」


「全力で試合した後だからね…気分的にもスッキリ出来たんじゃない?」


「確かにそうだね」



 千棘の隣に開いていたはずの席がベルセに詰められ、レノはベルセの空けた席に腰を下ろすと自然とフィオの隣になる。



 するとフィオは頬を染めながらレノの顔から視線を逸らし、そっぽ向きながらレノに挨拶をする。



「ん…レノおはよ」


「うん…ってフィオどうしたの?耳赤いけど…」


「は、はぁ!?赤くないし!!」


「え…なんか怒らせちゃった…?」


「べ、別に?まぁ、チヅルお兄ちゃんには勝てなかったけど…うん。…かっこよかったよ」



 囁くように呟かれたかっこよかったという言葉…それを耳にしたレノも顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。



「あ、ありがとう…」


「ちょ!!何でレノまで恥ずかしがってるの!?こっちまでハズイじゃん!!」


「うぐっ!!ご、ゴホッ!!…い、いきなり叩かないでよフィオ…」



 フィオが照れ隠しでレノの丸まった背中を思いっきり叩いたり、顔を真っ赤にしながら言い合っている二人を見つめながら千棘達はほっこりするような感覚を覚え、二人をお菓子にしながらお茶に口を含んでいく。



「レノ、多分僕よりフィオのお父さん…エリオさんは強敵だから頑張ってね?」


「ちょ…チヅル兄さんまで…でもまぁ…はい、頑張ります」


「まったく何を頑張るのよ!」


「ふぃ、フィオ!い、痛いってば!」


「レノが変な事言うからでしょ!?」



 千棘は顔を真っ赤にしながら楽しそうにしている二人をそのままにして、アルセーヌに視線を向けて身体の調子を問う。



「そういえば、アルセーヌも身体は大丈夫なの?」


「は、はい。あの後…レノ君とチヅル様の試合が始まる時に目を覚ましたんですが…壊れてた両手も元に戻ってたので何とも…」



 急に話を振られたアルセーヌも顔を赤くしながら千棘に身体に不調が無い事を伝えると、少し興奮した様にレノとの試合の話をしてくれる。



「そ、それより!チヅル様はす、すごいですね?最後なんて、月すら支配する夜の魔王って感じで…と、とってもかっこよかったです…!」


「夜の魔王ってなんかすごい響きだけど…ありがと。魔王の力はもうすっかり使える様になってきたな…」


「前は上手く使えなかったんですか…?」


「そうなんだよね。魔王の力を受け取った時なんて暴走しちゃって仲間の手を煩わせちゃったからね…」


「そうなんですか…でもチヅル様が使ったあの闇…包まれてるみたいですごく心地よかったです…」



 その時の事を思い返しているのかうっとりした表情を浮かべてるアルセーヌにカトレーヌが茶化す様に口を開く。



「ふーん?アルセーヌはチヅルさんの事を好きになっちゃったんだ?」


「は、え!?か、カトレーヌ…何を言い出すの…!?」


「チヅルさん?ノクスお兄ちゃんは重度のシスコンだから頑張ってね?」


「ちょっとカトレーヌってば…!!」


「あはは…」



 フィオとレノの様にアルセーヌとカトレーヌも楽しそうに言い合いを始め、千棘は一息吐きながらお茶を口に含むと部屋の扉が開き、料理を運んできたエルとデルの後ろに疲れたノクスがいるのを見つける。



皆様、昼食のご用意(皆様、昼食のご用意)が出来ました(が出来ました)


「ありがとうエル、デル。…と、ノクスもお疲れ。ごめんね?闘技場めちゃく『お前!!何で呑気に茶なんて飲んでるんだ!!』…」


「お前が壊した闘技場を俺も直してたんだぞ!?目が覚めたら手伝いにこいよ!!」


「わ、悪かったって…ここにいるって事は闘技場は直ったの?」


「お前…本当に悪いと思ってるのか…?…まぁ闘技場は直ったが、魔法使い達は疲労でダウンしてる…後であいつらにボーナスでも与えないとな…」


「う、うん…」


「後、次の試合で、闘技場を、壊したら、最後の、試合は、出来ないからな!?最後は俺とお前の試合だからな!?絶対壊すなよ!?」


「ノクス…それはフラグって言うんだよ…」


「うるさい!!いいから壊すなよ!?」


「わ、わかったってもう…ほら、みんなでご飯食べよ?」


「ったく…」



 ノクスは何も食べていなかったのかエルとデルが用意した料理の誘惑に負け、エルとデルが新しく用意した椅子に腰かけながらまだ寝ている鏡を除いて皆で食事を楽しんでいく…。





 ■





 第三試合が開始する10分前…頭を押さえながら起きた鏡は、目覚めた挨拶の次に試合の魔力障壁を張って欲しいというお願いに頭を抱えながら千棘に伝える。



「なぁ…ちー…マジで押さえてくれ…俺様はさっき起きたばっかりなんだ…」


「う、うん…極力押えるから…ほ、ほんとごめんね…?」



 巨大な闘技場を覆う魔力障壁、本来であれば10人ほどの魔法使いが張れる規模の魔力障壁を強度を上げて張り続ける…そんな鏡の頑張りの結晶を障子を破る様に破り続けられ、張っては直し張っては直しで魔力ポーションを飲み続けた鏡に謝りながら千棘はインベントリからボロボロになった二丁の拳銃を両太もものホルスターに差し込み、金の鞘に納まった黄金の片手剣を腰の後ろに吊るす。



「ちー…昨日の戦闘でだいぶ銃をボロボロにしたな?」


「ガンカタとか初めてやったし、少し乱暴に使いすぎちゃった…だから今日はお守りとしてホルスターに納めておくだけにしておこっかな。…ちょっとカッコいいし」


「そうか。…にしても、ただの村の子供が強くなり過ぎじゃねぇのか?ユリスだってあそこまでつよくねーだろ?」


「うーん…何なんだろうね?コルで作った木刀のおかげで強くなっただけとは思えないんだよね…ユリスも動きだけなら全然互角だけど、単純に魔法の力がすごかったね」


「ウンディーネを召喚してコルみたいに獣神化っぽい事もしてたよな?」


「確かに…まぁ、聞きそびれちゃったけど、後で種明かししてくれるって言ってたからそれまで楽しみにしておこうかな」


「そうだな…っと、そろそろ試合時間だぜ、ちー。片割れがあんだけ強かったんだ、もう一人にもしっかり気を付けろよ?」


「うん。行ってくるね、鏡、ノエル、ベルセ、エル、デル」



 鏡と話し終えた千棘は貴賓席にいる仲間達に言葉を残し、南門まで歩きながら自分の服装をインベントリから変えていく。



 レノとの戦いでボロボロになった服から白の肩と腹を露出したシャツに黒のレザーのホットパンツ、更には袖が着物の様になっている黒の上着を肩を出しながら羽織り、腰に吊るした黄金の片手剣に軍帽を引っかけ、黒い手袋を嵌めていく。



「やっぱこの服可愛いしカッコいいよなー…これ着るとテンション上がる…ってか、そろそろ国の名前とか考えないといけないし、みんなの制服的な物も作らないといけないなー」



 国の名前や制服のデザイン、そんなものを考えながら歩いていた千棘は南門の裏側に辿り着いた事に気付き、黄金の剣に引っかけていた真っ黒の軍帽を被ってフィオの入場を門の内側に設置された魔道具から眺めて開くのを心待ちにする…。





 ■





「皆様!!昨日の夜はしっかりと寝れましたか!?私は昨日の試合で興奮して睡眠不足です!!!それでも歴史に残る試合は待ってくれない!!眠い目擦っていい所を見逃すなー!?それでは本日第三試合を開始します!!」



 煽り上手な女性の審判が観客席の人々を沸き立たせると審判が手を北の門に向けながら声高らかに口上を述べる。



「やぁやぁ我こそは!!英雄の道を突き進む齢12歳のSランク冒険者!!!彼女は昨日の激戦を繰り広げたレノ選手の幼馴染で英雄候補一人!!既にレノ選手は英雄としての力量を見せつけた!!!彼女もどんな戦いを繰り広げて英雄へと至る!?命を救ってくれた憧れを超えるのは彼女なのか!?シドフィア帝国側、フィオ選手の入場だー!!!!」



 北の門が盛大な音楽と歓声を伴って開いた瞬間、人影が勢いよく飛び出し一回の跳躍で50mもの距離を飛んだフィオはボロボロになったマントを様になった決めポーズと一緒に脱ぎ捨てる。



 今までになかったパフォーマンスに観客席は盛り上がり、突然飛んできたフィオに驚いた審判も驚きながらも口上を述べる。



「何ともド派手なパフォーマンス!!一気に観客席の心を鷲掴み!!!これは負けていられない仮称魔王軍の総大将!!!英雄の卵を救い、自ら英雄となって道を示す!!!そして自らを英雄の目標として君臨した慈愛の魔王!!第二試合ではレノ選手を自分の弟の様に胸を貸した勇者の兄!!魔王チヅル様の入場だー!!」



 北門と同じ様に盛大な音楽と歓声に煽られて開いた南門から闇が噴き出て空を塗りつぶし、晴れ渡った青空を夜空に染め上げながらゆったりと入場する千棘。



 腰から抜き放つ黄金の剣が魔力を蓄え光り輝き、金色の光を棚引かせながら千棘は夜空に黄金の剣を振り抜くと金色の魔力が上空で弾けて夜空を彩る星屑を作り出し、満天の星空を演出しながらフィオの前に黄金の剣を突き刺す。



 突然、満天の星空を演出された観客達は先程の様な猛々しい歓声を上げる事なく、うっとりした声を漏らし、夫婦で見に来ている者は子供に空を見せ、恋人同士で見に来ている者は自然と手を繋ぎ、ゆったりとした時間が流れ始める。



「やぁフィオ?随分派手なパフォーマンスだったね?」


「…チヅルお兄ちゃんはやりすぎだと思うけど?」


「そうかな?フィオがカッコいい登場の仕方するから張り切っちゃったよ」


「まぁ、私は戦闘中の方がカッコいいからここは負けておいてあげる」



 二人は口端を吊り上げながら固く握手を交わし、千棘のパフォーマンスに口を開けている審判に目を向ける。



「あ…し、失礼しましたー!!魔王チヅル様からのプレゼントに私ビックリしちゃいました!!独り身の方は寂しい思いをするかも知れませんが、是非!!これから起こる歴史的な試合を見て酒場で語り明かしちゃってくださーい!!!」



 審判の煽りに独り身の人達がブーイングを浴びせるが、軽い身のこなしで会場の端まで移動していく審判に苦笑しながら千棘達も開始位置まで歩いていく。



 フィオは紫色の鞘から緋色の刀身を抜き放ち、夜に淡く光る緋色の線を棚引かせながら刀を構え声と共に横に振り抜く。



「きて!!()()!!()()()()()!!」



 フィオの呼びかけに答える様に紫色の落雷と轟音を伴ってフィオの後ろに現れる雷の獣…麒麟がフィオに頬をすり寄せていく。



 更に麒麟とフィオがじゃれ合っている光景に合わせた綺麗な歌声を響かせながら人魚の姿の精霊…セイレーンが姿を現す。



「こら麒麟、くすぐったいよ…セイレーンも来てくれてありがとね?…今日は本気の本気だから、二人の力を貸してね!!」



 フィオの声を聞いたセイレーンは姿を泡に変えてフィオの身体に吸い込まれる様に溶け込み、麒麟は雄々しく嘶いて紫の落雷をフィオの身体に落として溶け込んでいく。



 神獣と精霊を身に宿したフィオは紫電を身体と緋色の刀身に纏わせ、緋色の刀身を紫紺色に染め上げながら千棘に告げる。



1()0()()()()にお兄ちゃんをボコボコにしてあげるから!!」



 千棘はフィオの宣言を聞いて不敵な笑みを浮かべながら見た目より重い黄金の剣を回して空気を鳴らし、クラウチングスタートの様に身体を沈めて黄金の剣を引き絞る。



「そう簡単にやられるつもりはないよ!!初手から魔王の力を使うから、すぐにやられないでくれよ!!!」



 千棘の声を聞いたフィオは満面の笑みを浮かべながら身体に纏った紫雷を激しく鳴らし、千棘と同じ様な体勢を取りながら刀を引き絞る。



 そして審判が人々に語り継がれる一戦の幕開けを宣言する。



「両者準備が整いました!!!シドフィア帝国側フィオ選手対、仮称魔王軍総大将魔王チヅル!!戦闘開始で『『ッ!!!!!!!!』』っきゃあああああ!?」



 試合開始の合図と共にフィオが紫紺の光となり、黄金の光と化した千棘の一撃を闘技場の真ん中で受け止めると観客席を紫紺の閃光と落雷の轟音が襲い、観客達は思わず悲鳴を上げながら目と耳を塞いでしまう。



「あっは!!お兄ちゃんめっちゃ速いね!?」


「そういうフィオこそめちゃくちゃ早くてびっくりしたよ!!」


「そう?でも私の速さはこんなもんじゃないんだよ!!」


「っ!?」



 千棘と斬り結んでいた状況から一瞬で目の前から掻き消えたフィオに驚きながらも夜闇に残る紫電の線を追って行く…が、フィオが明らかに常軌を逸した速度で動いて紫紺の光をその場に残しながらフィオの姿を隠していく。



「は、早すぎる…あの二人より速いんじゃないか!?」


「ふふふ!!もっと速くなるよ!!」



 フィオが走る方向を変える度に紫紺の雷が落ち、眩しすぎる光と耳を劈く轟音でフィオの正確な位置が掴めなくなった千棘は眩しさに目を細めながらフィオの気配をどうにか辿る…が、



「お兄ちゃん!こっちだよ!!」


「っ!」



 真後ろからフィオの声が聞こえ反射的に剣を振るってしまった千棘は背中に強烈な痛みと痺れを感じて苦痛に表情が歪む。



「ぐあっ!?…早すぎ…いや違う!今のは()()()()()か!!」


「正解だよお兄ちゃん!!」


「…くそ!」



 麒麟と一緒にフィオと同化した音の精霊…セイレーンがフィオの声を真似てこちらを惑わしている事に気付いた千棘は背中から羽を生やして上空に逃げるが、フィオがニヤリと笑いながら指を千棘に向ける。



「私から逃げる事は無理だよお兄ちゃん!!!」


「うっ!?な、なんだ…!?か、身体がフィオの方にひっぱられ…うあ!?」



 上空に逃げた千棘はフィオに指差された途端、身体が猛烈な勢いで吸い寄せられる感覚を覚え必死に抵抗するが、フィオの身体の周りに現れた紫電の槍に身体を貫かれてしまい空中で体勢を崩してしまう。



 するとフィオは紫紺の雷で形作った鎖で千棘の首と手首を巻き付けて勢いよく地面へ叩きつけ、鎖に紫電を纏わせて千棘の動きを完全に封じる。



「これで完全にお兄ちゃんを捕まえたよ!!」


「うぐっ…身体がしび…!!」



 抵抗しても身体が痺れて思う様に動けず紫電の鎖に引っ張られる様に地面を滑り、フィオの元に寄せられていく千棘は身体に流れている紫電をどうにかする為に闇を地面に突き刺して身体の電気を地面に流していく。



「やっとうごけうおっ!?」


「動けても鎖で縛られてる事を忘れちゃダメだよ!!」



 身体がようやく動かせるようになった千棘が動こうとした瞬間、首と手首に巻き付いている鎖を勢いよく引っ張られ、体勢を崩しながらもフィオの剣撃をどうにか防いでいくが、防ごうとしても鎖を引っ張られたり身体を吸い寄せられたりして思い通りにフィオの刀を受け止められずに身体に刀傷を作っていく。



「強くなり過ぎだろフィオ…!!」


「まだまだこれからだよ!!!」



 致命傷となりそうな攻撃は何が何でも防ぐ千棘だが、不利な状況である事は時間が経っても変わらず、身体に生々しい傷跡を残すがフィオはまだ無傷のままという事に冷や汗を流してどうにか神の権能を使わずにこの状況をどうにかしようと思考を巡らす。



 試合開始からたった4分…その4分の中で交わされた縦横無尽の剣撃は2000を超え、観客席に目にも留まらぬ試合を繰り広げていく千棘とフィオ。



 身体に付いた刀傷を闇で覆って回復させるが回復する速度を上回って新しい刀傷が付き、どんどん千棘の身体が刀傷で埋め尽くされていく。



「このままじゃマジでやばい…!!さっきから剣も動かしにくいし…!!!」


「あっは!!もっといくよ!!!」



 紫電の鎖で体勢を崩されるのは仕方ないとはいえ、紫紺の刀を黄金の剣で受けようとしても不自然に剣がフィオに吸い寄せられ、刀傷が出来る度にフィオの速度がほんの少しずつ上がっていく事に違和感を感じた千棘は4分という短くも長い時間でようやくフィオの速度の秘密を悟る。



「そうか…!ぐっ…!最初の背中への一撃で僕の身体に()()()()()していたのか…!!」


「正解だよお兄ちゃん!!それがわかってももう私を止める事は出来ないよ!!」



 自身の速度の秘密を暴かれてももう自分の勝利は確定しているとばかりに笑みを浮かべるフィオだが、千棘がニヤリと笑ったのを見て警戒心を強める。



「いいや…!!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ!!フィオ!!」


「!?」



 千棘はフィオが驚いているのも無視して刀傷を癒す為に纏っていた闇を取り払い、首と手首に巻き付いている実体の無い紫電の鎖を覆って行く。



「そんな事したって私の鎖からは逃げられないよ!!お兄ちゃん!!」


「逃げる為に覆ってるんじゃない…()()する為に覆ってるんだよ!!フィオ!!」


「ま、真似!?」



 するとフィオの紫電の鎖を飲み込んだ闇がバチバチと音を立て、靄の様な闇が黒雷の鎖に変化して向かってくるのを見たフィオは、目を見開きながら得体の知れない黒雷の鎖が伝ってきている自身の紫電の鎖を自ら断ち切る。



「あ、あぶな…っ!!」


「いいや、まだだ!!」


「!?」



 紫電の鎖を断ち切った事で自身も自由に動けるようになったフィオは千棘から高速で距離を取って仕切り直そうとするが、千棘の咆哮を聞いて何が起きても対応出来る様に身構えながら千棘の意味不明な行動に首を傾げる。



 吠えた千棘はフィオが距離取った事を逆手に取る様に自分の周囲に黒雷の鎖を張り巡らし、黒雷の鎖を一気に弾けさせると周囲に黒雷を纏った粒子が飛び散り、パチパチという音を立てながら空間を浮遊し始めたのを確認すると勝利を確信して笑みを浮かべる。



「フィオ、今ので僕の勝利が確定した…フィオが負ける理由は初手の一撃。あの時僕を行動不能に出来なかったのが敗因だ」



 こちらに向かって何もしなかった千棘を不思議そうに見つめながらフィオは紫紺の刀をもう一度握りなおし、試合開始の時と同じ姿勢を取りながら刀を引き絞る。



「お兄ちゃんが頑丈すぎるんでしょ!?それに…今ので何が変わったの!?」


「そんなの今教えるわけないでしょ?」


「そりゃそうだよね…!」



 千棘も試合開始の時と同じ姿勢で黄金の剣を引き絞り、フィオの紫紺の閃光と轟音を感じながら剣と刀を合わせる。



 そして一瞬のうちで50の剣と刀を打ち合わせ、お互い縦横無尽に駆け回りながら金属の甲高い音と落雷の轟音を響かせていくとフィオが身体の違和感を感じで表情を歪める。



「あれ…?なんかおかしい…?」


「ようやく気付き始めた?でもまだまだこれからだよ!!」



 千棘はフィオが自分の張り巡らした罠に気付き始めたのをきっかけに、更にフィオを縦横無尽に走らせながら黒雷の粒子を闘技場へ振りまいていく。



 フィオが相手の身体に磁力を付与して反発と吸着を利用して加速していたように、千棘も磁力を付与した粒子でフィオの身体に磁力を付与して反発と吸着で加速を繰り返す。



 フィオ自体が素早く、同じ様に黒雷の鎖で捕まえられない事を悟った千棘は磁力を空間に漂わせればいいという事に気付き、フィオに悟られない様に仕掛けを施していた。



 縦横無尽に動けば動く程フィオの付与された磁力は強くなり、次第にフィオの磁力と同じぐらい強まったのを確認した千棘は空に向かって剣を突き上げる。



「やっぱりなんかおかしい…!?加速が…あっ!?」


「もうフィオが宣言した10分まで残り1分…鬼ごっこは終わりだよ!!」



 千棘は空に向かって突き上げた黄金の剣に黒雷を纏わせ、一気に空間の磁力を高めると高速で動いていたフィオの脚が次第に遅くなり、こちらに引きずられる様に近づいてくるのを見つめる。



「ぐっ!!す、吸い寄せられる…!!…なら!!」



 このままじゃ吸い寄せられて決着を付けられると悟ったフィオは一か八かの賭けに出る為に紫紺の刀に全魔力を注ぎ込んで破壊力を上乗せしていく。



「やっぱりそうこなくっちゃね!!!全力でこいフィオ!!」



 千棘も黄金の剣に魔力と魔王の力を籠め、金色の雷と黒色の雷を纏わせながらフィオを鋭い目つきで見据える。



「私は強くなった!!もう守られるだけの村娘じゃ…ないんだああああああ!!!!」



 そしてフィオは吠えながら身を引かれる磁力に沿って今出せる最高の速度で千棘へ瞬発し、千棘はフィオの最速最高の一撃を金と黒の雷を纏った一撃で迎え撃つ。



 紫と金と黒…三色の落雷が闘技場の中心に落ち、天地開闢に等しい光と轟音が帝都フィルディアを包み込み、帝都に住む住民達の視覚と聴覚を蹂躙していく。



 視覚と聴覚が己の役割を思い出すまで何分、何十分の時間がかかったかわからなかったが、三色の落雷の中心地に居た観客席の人々の目が見え始め、最初に見た光景は焼け焦げた地面に佇む折れた黄金の剣を持つ魔王と、金と黒の電気を纏って魔王の腕に抱かれている紫髪の少女の姿だった。



「お…ん…つ………ね…」


「ふぅ…レノもフィオも強くなり過ぎだよ全く…」



 千棘は手に持っている折れた黄金の剣を()()()()()()()()()の近くに置き、まだ意識のあるフィオにインベントリから海上王国アクエリアに住んでいたテルカの脚を治した時に使用した神雫のポーションを取り出し、腕に抱いているフィオにゆっくりと飲ませていく。



 するとフィオの身体を這う様に蠢いていた金と黒の電気が収まり、自分が負けた事を理解して悔しそうに表情を歪めて腕で目を覆う。



「…勝てると思ったのに…負けちゃった…私…お兄ちゃんの剣を斬ったよね…?何で負けちゃったの…?」


「それは剣に魔力を籠める時に一緒に銃にも魔力を籠めてたんだよ。…で、剣が斬られた時にフィオの身体に銃を当てて魔力を直接流したから勝てたんだ。…剣も銃も壊れちゃったけどね?」


「なにそれ…あんな一瞬でそこまで出来るなんてお兄ちゃん強すぎだよ…」


「こんな強い妹と弟のお兄ちゃんをするのはホント骨が折れるよ…まぁでも強くなったね、フィオ」


「うっ…うう…うわああああああああああん!!!!」



 兄は自分の胸で泣きじゃくる妹の頭を撫でながら歓声を上げている観客席の人々に手を振りながら自分が勝った事を観客達に伝える。



 そして魔力障壁は破れなかったが、所々赤熱して火山の中身の様になってしまった闘技場は修繕する事が出来ず、シドフィア帝国と魔王の親交試合は四試合目を迎える事なくお開きとなった。



 その日の夜、戦う事を意外と楽しみにしていたノクスに怒られる千棘とフィオの姿は誰もが想像出来る確定された未来の光景だった…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。