会談前のスキンシップ
14:00…千棘達はシドフィア帝国に直接転移するのではなく、シドフィア帝国の中心…帝都フィルディアから馬車で30分程進んだ森を切り開いて作られた木と道しか何もない道を黒を基調とし、金と赤の装飾を施した馬車で移動していた。
その馬車の中の雰囲気はこれから一国の皇帝と会談をする様な緊張した雰囲気ではなく、どちらかというととても和気あいあいとした雰囲気が出来上がっていた。
「我こそが魔王…!…私こそが魔王のチヅルだ!…僕こそが魔王である!…んー?なんかしっくりこないね?」
千棘は馬車の中で黒を基調とした騎士服の様な礼服を身に纏い、黒と赤のマントをバサバサと翻しながら名乗りの練習をしていた。
「ちーはそういうとこ凝るよな?別に今まで通りでいいんじゃねぇか?魔王のチヅルですでよぉ」
千棘が翻すマントをうっとおしそうに腕を組みながら見ていた黒いローブ姿の鏡は、やや呆れた声色で告げると赤のドレス姿のベルセと青のドレス姿のノエルが口を開く。
「やっぱり魔王ですもの。少しは偉そうにしていた方がいいと思いますわよ?」
「偉そう…というよりは、一応王としての風格を纏って欲しいんです…が、チヅルさんの外見が幼すぎるのがちょっと問題ですね…」
するとベルセが若干興奮した様にノエルに詰め寄り、赤いドレスになんとか収まっている胸を揺らしながら抗議する。
「何言ってますの!?その幼いのがいいんじゃありませんか!!!こんなに可愛らしいのに魔王ですのよ!?何でこの素晴らしさがわかりませんの!?幼さに隠された残忍さ…そこがいいんじゃありませんか!!」
「え…僕から残忍さが滲み出てたの…?」
「ベルセの言う事は無視しとけ…」
そんな和気あいあいとした場を楽しみながら馬車に揺られていた千棘、鏡、ノエル、ベルセの四人は馬車の御者台側についている小さな窓がスライドしたのに気付いて視線を向ける。
「皆様、後10分程でシドフィア帝国、帝都フィルディアへ到着致します」
「これから通常速度で参りますのでよろしくお願い致します」
エル、デルの順番で告げられた言葉にわかったと声をかけた千棘は座席に腰を下ろし、信仁に渡された物の存在を腰の後ろに感じながら馬車の窓から外を眺める。
「遂に会談か…念のために持ってきたこいつを使う事がなければいいな…」
高速で流れていた景色がだんだんとゆったり流れ始め、通常速度に戻った馬車は一切の揺れを感じさせる事なく千棘達を帝都フィルディアまで運んでいく…。
■
帝都フィルディアの検問所は、閉じている門の向こうで起きている楽し気な音楽に楽し気な声を上げている者達とは別の感情…驚愕、少しの恐れが渦巻いていた。
「と、止まれ…こ、この国にな、何の用だ…」
一人の門番が声を震わせ、言葉に詰まりながらも黒の馬車を運転していた黒と白の天使と悪魔に声をかける。
何故この門番がここまで怯えたようにこの馬車を止めたのか…それはこの世界では珍しい色をした馬車に珍しい御者…そしてその御者が操っている珍しい馬のせいだった。
通常の馬車の色は木材の色をそのまま生かした茶か、王族や貴族を乗せる為に清楚な白が基本だが…黒塗りの馬車は一度たりとも門番は見た事が無かった。
次に御者…悪魔はこの世界では珍しいくなく、下位の悪魔であれば冒険者ですら討伐する事は可能だ。
だが、白い軍服を纏った白い悪魔はどんな悪魔より、どんな魔族よりも上位の存在で…下手をすれば魔王と言われても納得してしまう存在感を持ち、冒険者でもない門番にもわかるほどの圧を感じた。
そして天使…天使自体神の使いだと思っている者達からしたら信仰の対象となりえる存在だが、その天使は黒い軍服を纏った黒い天使。
神々しいはずの天使の姿は悪に身をやつした様な黒で、とても人間では敵わないと思わせる程の存在感を放っていた。
そんな黒い天使と白い悪魔が操っている馬…この馬はこの世界にいないたった一頭ずつの存在だった。
黒い天使が手綱を引いている黒い馬は鬣や蹄、口の端から黒い炎を燃やし、白い悪魔が手綱を引いている白い馬も同じように白い炎を燃やしていた。
何もかもが異質…そんな未知を震えながらでも止めれた門番はとても優秀である事が一目で分かったエルとデルは御者台から飛び降り、その門番の前で軍服姿からは思いもよらぬメイドの様な立ち振る舞いで言葉を発する。
「驚かせてしまい申し訳ございません。わたくし達は魔王チヅル様の傍付きメイドのエルとデルと申します」
「わたくし達は本日ご予定されている、ノクス・フォン・アルティス・シドフィア皇帝との会談の為に参上致しました。こちらがその証明となる書状でございます」
異質とも言える二人から恭しい対応で差し出された書状を頭の中が真っ白になった門番が震えた手で受け取り、その書状を読んでいくと段々門番としての凛々しい表情を取り戻し、しっかりとした口調でエルとデルに言う。
「これは大変失礼を致しました。こちらの書状を確認させて頂きましたのでお返しさせて頂きます。…現在、帝都フィルディアは式典パレードの最中ですので少々騒がしくなっておりますが、今後失礼の無いようにこちらから護衛を付けさせて頂きたいと思います。もう少々こちらでお待ち頂けますでしょうか?」
「かしこまりました」
すっかり怯える男から優秀な門番に戻った彼から差し出された書状を受け取り、笑顔で答えたエルとデルの美しさに門番の彼は頬を染めながらも、てきぱきと護衛を付ける為に指示を飛ばしていく。
エルとデルは御者台に飛び乗り、御者窓を開いて中で待機している千棘達へ現状を伝える。
「皆様、只今シドフィア帝国側の護衛の準備を行っておりますのでもう少々お待ちくださいませ」
「ただ、式典パレードで粗相がない様に護衛を、との事でしたが…監視、もしくは暗殺の可能性もございます」
すると御者窓から顔を覗かせた千棘がエルとデルに笑顔を向けながら口を開く。
「ありがとうエル、デル。監視でも特に問題ないけど、暗殺を仕掛けてきたら絶対に殺しちゃダメだよ?必ず生きて捕らえる…じゃなきゃ、後からやっぱり人を殺す魔王だって難癖をつけられるかも知れないからね」
「かしこまりました」
千棘の言葉を聞いたエルとデルは警戒している白と黒の炎馬を宥めながら、スライドして閉じられていく御者窓から視線を切って大きな門を見つめる。
「デル?気付いています?」
「気付いています。…5人といった所でしょうか」
千棘が御者窓から顔を覗かせた瞬間、遠くの方から監視されている違和感を感じたエルとデルは静かに監視者を警戒しながら言葉を交わす。
「一人だけ異常な強さを感じますね」
「そうですね。ですが、わたくし達と同じ強さしか持ち合わせていないのであれば問題はありません」
「その他4名も同じ強さなら危険ですが、警戒するだけで特に問題はなさそうですね」
「ええ、気を引き締めていきましょう」
警戒をし始めたエルとデルはこちらに近づいてくる4人の騎士を見てもう一度御者台から飛び降り、口を開いた騎士達と言葉を交わしていく。
「大変お待たせしました、私達が魔王チヅル様の護衛に付かせて頂く者です」
「ご苦労様です。こちらの馬車に魔王チヅル様とその配下である方々が搭乗されております」
「貴国は式典パレードの最中だとお伺いしております。こちらも警戒はさせて頂きますが、貴方方の手腕を疑っての事ではない事を先にお伝えさせて頂きます」
当たり障りのない挨拶を交わしたエルとデルはもう一度御者台に飛び乗り、護衛についた帝国騎士の後ろをゆっくりとついていく様に炎馬を操り、馬車をゆっくりと動かしていく。
少し離れた騎士が先程の門番と一言二言言葉を交わすとずっと千棘達の行く手を阻んでいた巨大な門がゆっくりと開き、帝都フィルディアの中身を晒していく。
エルとデルの視界に入った光景は様々な色で着飾った建物と、道を大喜びしながら歩いて騒ぎまわっている住民達の姿だった。
至る所で音を奏でている楽器と演奏者、建物と建物の間には紐で吊られたカラフルな布とシドフィア帝国の国章が施された国旗、人々の歓喜と楽し気な雰囲気がエルとデルが引き連れた千棘達を迎えていく…が、炎馬達が帝都フィルディアの門を潜っていくと忽ち驚きと悲鳴、負の雰囲気が徐々に湧き上がっていく。
帝国の騎士達は怯える住民達に声を張り上げながら騒ぎになりかけている状況を落ち着かせようとする。
「皆の者!!!こちらは魔王チヅル様が搭乗されている馬車である!!ここで騒げば我らの皇帝、ノクス・フォン・アルティス・シドフィア皇帝の顔に泥を塗ると知れ!!!」
すると騎士の言葉を聞いた者達は必要以上に怯える事は無くなり、ノクス・フォン・アルティス・シドフィア皇帝を称える今まで通りの楽しい式典パレードへ戻っていく。
その歓喜の声には千棘達魔王一行を称えたり、向かい入れるような声は一声もなく、ただただ居ない者として各々の宴に興じていく。
「歓迎されていないのはわかっておりましたが…」
「完全に居ない者として扱われておりますね…」
住民達の態度を見たエルとデルはほんの少しだけ眉根を寄せながらも先行する騎士達へついていくと、突然かなり遠くの建物の上から異常な気配を感じ取って咄嗟に二人はその方向に視線を向けるが…
「…既に姿を消しましたか」
「今のはこちらの戦力の確認といった所でしょう…」
遠くの建物の上には異常な気配を放っていた者の姿は無く、何故この様な事をしたのかエルとデルは推察する。
「戦力の確認という事は、わたくし達が咄嗟に反応してしまったのは不味かったかも知れませんね」
「ええ…ですが、腕の立つ者がいると判れば軽率な行動を取り辛くなります。気付いても気付かなくてもどちらにも理があります」
そんな事を言いながらエルとデルは何時でも対応出来る様に腰から外していた黒と白の鞘に収まった二振りの刀をそれぞれ持ち、警戒しながら騎士達の後へついていく…。
■
「この距離ですら気付く…あの御者…入る前から私の事にも気付いてた…これは裏作戦は無理そう…」
黒髪の少女は黒いボロ布を頭から被り、仮面で顔を隠しながら遠くの道で行われている式典パレードを見つめる。
その黒衣の少女が見つめる道…道を覆いつくす程の住民達の間を割って進む一つの馬車を見つめていた。
「あれが魔王チヅルの配下…魔王チヅルが転生者か転移者…どっちか見極めてノクスお兄様に報告したかったけど無理そう…」
仮面に隠れている顔の表情はわからないが、酷く落ち込んだ声色を発しながら首元に付いた魔道具に独り言を呟く。
『ノクスお兄様…護衛の腕が思った以上に立つみたいで…私の能力でも詳しい事はわからない…』
すると首元に付いた魔道具から柔らかい青年の声色が響き、少女の独り言に答える様に音を発する。
『そっか、ありがとうアルセーヌ。アルセーヌの鑑定眼ですら見破れないならきっと転生者か転移者だ。もう帰ってきていいよ』
『わかりました…』
黒衣の少女…第二皇女アルセーヌ・フォン・アルティス・シドフィアは皇帝である兄のノクス・フォン・アルティス・シドフィア皇帝との通信を切り、建物のから身体を落として建物に作られた影に沈んでいく。
その影の中…真っ暗な闇の中でノクスの気配を感じ取ったアルセーヌは、その方向に意識を向けると身体が引っ張られるような感覚を覚えてその力に身を任せる。
すると暗闇から一気に視界が色付き、豪華な部屋に置かれた椅子の後ろに姿を現したアルセーヌは、魔道具から流れていた声と同じ声が自分の耳に届いた事で顔を覆っていた仮面とボロ布を脱ぎ去り、誰でも惚れてしまいそうな笑みを浮かべる。
「おかえり、アルセーヌ」
「ノクスお兄様…ただいま」
アルセーヌと同じ黒髪の男…少年の様なあどけなさを残した青年はきっと物語の主人公として描かれても何ら違和感がない程整った顔立ちをしており、笑顔を浮かべたアルセーヌを優しく抱きしめる。
「の、ノクスお兄様!?」
突然抱きしめられて白い肌を急激に赤く染めたアルセーヌは、胸の鼓動がノクスに伝わっていないか心配する程に早鐘を打つ心臓を落ち着けようとするが一向に収まらず、更に顔を赤くしていく。
「アルセーヌが無事でよかった。危険な役を任せてごめんな?」
妹であるアルセーヌが無事に帰ってきた事に安堵したノクスは優しくアルセーヌの黒髪を撫でつけると、うっとりした様な表情を浮かべたアルセーヌがノクスの胸に身体を預ける。
「私はこの国で二番目に強いから…心配しなくても大丈夫だよ…?」
「何を言ってるんだ。アルセーヌが僕の妹であるのは変わらないだろ?妹を心配しないなんて兄じゃないよ」
「ノクスお兄様…」
二人の甘い空間が作り出された部屋の扉を何も知らない者がノックもなしに言葉を発しながら開け放ち、中の状況を見て怒声を響かせる。
「ノクスお兄ちゃん~魔王チヅルがこっち向かっ…ちょっとアルセーヌ!!何してるの!?というかノクスお兄ちゃんも何でそんなにデレデレしてるの!?」
「か、カトレーヌ!?ち、違うの…ノクスお兄様は私の事を心配して…」
「そうだよカトレーヌ。僕はカトレーヌもアルセーヌも同じぐらい愛してるよ?どちらか片方なんて贔屓するわけないじゃないか」
ノクス、アルセーヌと同じ黒髪の少女…カトレーヌ・フォン・アルティス・シドフィア第一皇女は自分達の事を知らない人が見たら明らかに兄妹の線を踏み越えてしまっている二人の表情を見て怒声を響かせたが、ノクスが両手を広げて迎えてくれているのを見て不服そうな表情をしながらもその腕と胸に飛び込む。
「私が色々手続きしてる時に二人でイチャイチャして…」
ノクスの胸の中で不満そうな声を漏らすカトレーヌの黒髪もアルセーヌの様に撫でつけながらノクスは伝える。
「イチャイチャなんてしてないよ。偵察から帰ってきたアルセーヌを労ってたんだよ」
「なら私も手続き頑張ったから労って!」
「もちろんだよカトレーヌ。いつもありがとうな」
「んー!!」
感謝の言葉を述べながら撫でられたカトレーヌも不服そうな表情から誰でも惚れてしまいそうになる笑顔に変え、ノクスの胸に顔を埋めて抱きしめる。
そんなカトレーヌを羨ましそうに見ていたアルセーヌに気付いたノクスはアルセーヌも抱き寄せ、二人の妹を抱きしめながら呟く。
「前代未聞の魔王…その正体は転移者か転生者…きっと俺達の様に異世界から来た奴らだ。絶対にこの会談はしくじれない…奴らが何を企んでるのか絶対に暴く…気を引き締めないとな…」
異世界からの転生者、ノクス・フォン・アルティス・シドフィア皇帝は同じ転生者のカトレーヌ・フォン・アルティス・シドフィア第一皇女とアルセーヌ・フォン・アルティス・シドフィア第二皇女の頭を撫でながら魔王チヅルを思い描いていく…。
「へっくしゅん!!」
「おい、ちー、風邪か?」
「んー…わかんないけど背中がぞぞってした…」




