吸血鬼への偏見
ノエルからシドフィア帝国でクーデターが起こったと聞かされてから5時間…時刻は昼食を取る時間帯まで進んでいた。
「皆様、お食事のご用意が出来ましたので、食堂へお越しくださいませ」
「ありがとエル、デル。作戦会議はここまでにして食べよっかみんな」
「そうだな…これ以上は望めそうにねぇし、これでいいと思うぜ」
「ええ、私もこれでいいと思います。後は臨機応変に変えたとしても、最低限の利益は生めるはずです」
「政治というのはここまで奥深いモノだとは思いませんでしたわ…」
エルとデルの用意してくれた昼食を求め、千棘、鏡、ノエル、ベルセの四人はテーブルにばら撒かれた書類を一つに纏め、使っていたティーセットを片付けて応接室を後にし食堂までの廊下を歩いていく。
「ノエル、会談の時間は変わりなく15時でいいの?」
「ええ、部下からの報告はその様になってます」
「そっか…やっぱりノエルの部下を使ってこっちとやり取りするつもりだったんだね」
全てがノクス・フォン・アルティス・シドフィア皇帝の予定通り…そう思った千棘は苦笑する。
「だろうなぁ…やっぱり全てノクス皇帝の手の上って感じだな?ノエルの部下の話じゃ、血は一滴も流れないで今はパレード中なんだろ?」
「ええ…やはり帝国の民はノクス皇帝を支持している様です。本来であれば、皇帝派、貴族派として対立を生む国も少なくないのにも関わらず、両陣営を纏め上げて一枚岩に作り替えています。これは見事な手腕としか言いようがないです」
鏡とノエルは本来であれば国力を癒す為に全力を注ぐタイミングなのにも関わらず、無血で皇帝の座を手に入れ、民の信頼も勝ち取っているノクス皇帝の手腕に舌を巻いていると金糸を振りながら抗議する。
「でも、魔王様の方が凄いですわ!!」
今のベルセは皇帝との会談という事で素朴なエプロンドレスではなく、胸元が強調された真っ赤なドレスで髪もツインテールではなく真っ直ぐなストレートロング、ほんのり薄く化粧を施していて傾国の美女と言っても過言ではなかった。
そんな傾国の美女の揺れる髪と同じ様に揺れていた育ち過ぎた胸に視線を持っていかれそうになる千棘だが、鋼の自制心でベルセの顔を見つめて何とか言葉を発する。
「あ、ありがとう……今回の会談で少しでもノクス皇帝の手腕を見れたら吸収しないとね…」
「ちー、あんま気負うんじゃねーぞ?あっちは生まれながらの皇帝みたいなもんだ。幼少から帝王学を学んでりゃ、嫌でも風格って言うもんが付く。それに対してこっちは一般人がコツコツ頑張って王にまでなってんだ。風格が無くてもこっちにも持ってるもんはある」
鏡は既にセイラーン・アンバーウッズという婚約者がいるからか、ベルセの魅力にも余裕な態度で千棘をフォローした。
「そうだね…胸を借りるつもりで頑張るよ。会談まで後二時間、一時間前には帝国に転移しよっか。鏡、頼める?」
「おう」
鏡の返答を聞いた千棘はそうだと呟き、インベントリから赤い宝石が嵌められた指輪を取り出してノエルに差し出す。
「一応何があるかわからないからノエルにもこの指輪を渡しておくね?」
「ゆ、指輪!?…き、綺麗な指輪ですね?」
突然綺麗な指輪を手渡されたノエルは嵌められた赤い宝石の様に頬を染めるが…
「この指輪に魔力を籠めれば一回だけフェニックスが召喚されるように仕込んであるから、もし何かあったらそれを使ってね?」
「わ、わかりましたわ…」
ただの自衛の魔道具だと知って肩を落としながらもノエルは右手の薬指に嵌め、大切そうに撫でていく。
するとノエルを見ていたベルセも羨ましそうに口に指を当てていたが、何か思いついた様な表情をしながら無言で千棘に手を差し出す。
「…ベルセは…戦えるよね?」
「私も何か魔王様から頂きたいですわ」
「な、何かって…そうだなぁ…」
弱肉強食の世界の管理者、吸血鬼であるベルセに何を渡したらいいのか悩みながらインベントリを漁り、丁度いい物があったと思いながら金色のブレスレットを取り出す。
「あ、これなんかいいかもね?ベルセの白い肌にも映えるし」
「金色のブレスレット…?これはなんですの?」
ベルセは受け取ったブレスレットを腕に通し、腕を上げてブレスレットを掲げながら問うと、鏡が懐かしむ様な表情を浮かべながら呟く。
「…鮮血っ娘…確かにベルセにお似合いのやつだなそりゃ」
「でしょ?これは操血の金輪っていうアイテムでね?僕達が生きてた時代のアクセサリーで、体力を犠牲にして自身の血を武器に変える事が出来るってアイテムなんだよ」
「そんな魔道具がありましたのね?なら魔力を血に変換できる私にぴったりですわ」
そう言ったベルセは操血の金輪に魔力を込めると禍々しい、血で出来た真っ赤な大鎌を作り出す。
「あら…自分で作り出すよりもかなり強力なんですのね?」
「ん?吸血鬼って血を操ったり出来るの?」
「ええ、どの属性にも属さない血魔法というのが使えますわ」
ベルセの言葉を聞き、千棘は申し訳なさそうな表情を浮かべながら言う。
「能力が被ってたか…どうする?別の物を選ぼうか?」
するとベルセは作り出した大鎌を斧に変え、槍に変え、剣や細剣、様々な武器に形を変え続け、最後は大きな血の塊に姿を変えさせると満面の笑みを浮かべる。
「…いえ、これがいいですわ。自分の能力が今まで以上に引き出されている感覚がありますもの。有難く頂戴いたしますわ」
「そっか、喜んでくれたならよかったよ」
やり取りを見守っていたノエルは二人の話が終わったタイミングで気になっていた事を鏡へ問う。
「ミラーさん?さっき言ってた鮮血っ娘ってなんです?」
「あん?それはな…」
問われた鏡は昔を思い出し、口端を上げながら千棘を見て思い出を語る。
「その腕輪はな?ハロウィンっていうイベントがあった時のアイテムでよ。それを手に入れたちーは嬉しくて街中で使いまくってたんだわ。すると、何を思ったのか全体力をその腕輪に使い切っちまって、体力が無くなって街中でぶっ倒れて死んじまったんだ。んで、ぶっ倒れた後に作り出した血の塊がちーの上に降ってきて血塗れ…しばらくは街中で急に血塗れになる鮮血っ娘って呼ばれてたんだよ」
その光景を思い浮かべたノエルとベルセは表情を固めるが、千棘は笑いながらその時の事を語る。
「そうそう!あの時はどれだけの回数使えるのか試してたら、自分の体力見てなくてそのまま死んじゃったんだよね!笑いながら死んだから頭のおかしいやつって思われてただろうなぁ」
「…いきなり隣を歩いていた人が笑いながら血塗れになって死ぬ…衝撃的すぎてトラウマになります…」
「いくら魔族で吸血鬼だからって流石に怖いですわね…」
そんな話をしながら食堂に辿り着いた千棘達はエルとデルの案内で各々席につき、美味しそうな料理に手を付け…ず、エルとデル以外の皆はベルセに用意されたたった一つの赤い飲み物に視線が集中する。
「…ねぇ、エル、デル?ベルセのあの赤い飲み物って…」
「はい、血液でございます」
千棘の問いに笑顔で答えたエルにどうやって用意したのか尋ねようとしたのがわかったのか、デルが軽くお辞儀をしながら血液の出所について口を開く。
「千棘様、仰りたい事はわかります。率直に申し上げるなら、ユリス様の血液でございます」
ベルセに用意された血液がユリスの物だと知った千棘達は首を傾げ、鏡が疑問に思った事をデルへ問う。
「確かユリスって今はライブ中だろ?」
「鏡様の仰る通り、ユリス様は現在海上王国アクエリアでライブをされております。ですのでこちらの血は…」
そう言葉を切ったデルはエルに視線を向けるとエルが軽く頷き、続きを答える。
「私達が前回、ユリス様、ルノアール様、フィーヤ様の訓練相手を務めた際、流された血液を集めておいたのです。理由としまして何か不測の事態が起き、輸血が必要となった場合の為に自身の血を輸血する事が出来ると判断しました」
「「「えっ…」」」
千棘、鏡、ノエルは訓練で流した血を大切に保管していたという事に声を漏らし、若干怯えた表情でエルとデルを見るが、二人は集めていて間違いなかったという自信に満ち溢れた表情をしていた。
するとベルセは不思議そうな表情を浮かべ、ユリスの血液が入ったグラスを持ちながら首を傾げる。
「これから会談ですわよね?血液を飲んで出席してよろしいんですの?」
明らかに吸血鬼のベルセの為に用意された血液にも関わらず、別にあっても無くてもどちらでもいいといった雰囲気を出しているのに気付いたエルとデルは不思議な表情で問う。
「ベルセ様?血液はあまりお好きではないのでしょうか?」
「ベルセ様は吸血鬼という事を事前に聞かされておりましたので、エルと一緒にご用意させて頂いたのですが…」
「ああ、そういうことですのね」
エルとデルの行動に納得が言ったベルセはユリスの血液が入ったグラスを揺らしながら吸血鬼の特性を語る。
「皆さん勘違いされていますわ。吸血鬼は血液が主食じゃありませんのよ?」
今度こそエルとデルを含めた皆が驚いた表情を浮かべ、ベルセの続きの言葉を聞く。
「吸血鬼だから血液が主食…確かに思われますわよね?ですが実際は皆様と同じ様にスープもパスタも食べますわ。というよりそちらが主食と言っても過言ではありませんわね」
千棘はベルセの言った言葉に驚きながらも素直に思った事を問う。
「え…じゃあ、ベルセだけがそうって言うより、吸血鬼のみんなは血液が主食じゃないの?」
すると別の種族にもわかりやすい例えを探す為に斜め上を向きながら考え、思いついた様に呟く。
「そうですわね…どちらかというと血液は趣向品の様な物ですわ」
「趣向品…?つーことは、血液は俺様達で言う酒見てぇなもんなのか?」
「ええ、そうですわね。血液を摂取しすぎれば酔いますし、お酒と言っても間違いありませんわ」
鏡もベルセの言葉を聞きて吸血鬼は血液が主食だという偏見を抱いていた事に気付き、自分の常識を書き換える。
同じ様にノエルも自分の偏見を書き換え、申し訳なさそうにベルセへ言葉を投げる。
「そうなのね…私も吸血鬼は血液が主食でそれ以外は口にしないのかと…」
「んー…わかりやすく言うとそうですわね…お酒を朝から晩まで浴びるように飲む人も居れば、お酒を全く飲まない人も居る…血液の摂取は私達の生命活動に不可欠という物ではありませんわ」
一連のやり取りを聞き、メイドという役職についているエルとデルは主である仲間に失礼を働いたと思い、深く頭を下げる。
「…ベルセ様、申し訳ございませんでした…」
突然、メイド達に謝られたベルセは驚きながらも左右の手を振って問題ない事を伝えながら笑顔を作る。
「全然問題ありませんわよ。せっかくご用意頂いたんですもの…会談後に頂きたいと思いますので、その時にもう一度ご用意頂いても?」
「かしこまりました」
ベルセの言葉を聞きてエルとデルはベルセに用意した血液を厨房へ運び、千棘達と同じ量の食べ物と飲み物を用意して少し離れた場所に待機する。
「僕も吸血鬼は血液が主食だと思ってたからびっくりだったよ…ごめんね?先に聞いておけばよかった…嫌な思いしなかった?」
「構いませんわよ?まぁ…私はそう言うのを気にしないのですけど…他の吸血鬼の方は怒るかも知れませんわ。例えるなら獣人族の方に犬や猫用の餌を出していると捉えられてしまう可能性がありますわね」
「そっか…そこも気を付けないとね…ならベルセ、食べながらでいいから他の魔族についても教えてもらってもいい?」
「ええ、構いませんわ。そうですわね…お食事中にこんなお話してもいいのかわかりませんけど、魔王様は女淫魔や男淫魔を絶対に国民にされたいと仰っていましたわよね?」
「ああ、そうだね。…まさか、これも僕の偏見…」
「いえ、一般的な考えで間違いはありませんわ。彼ら、彼女らは人の精気を糧にして生きておりますが…」
そこからは魔族の特徴を語っていくベルセに常識を覆されながらも楽しい食事の時間を過ごした千棘達。
会談の当日、狙いすました様にクーデターを起こして皇帝の座に就いたノクス・フォン・アルティス・シドフィア皇帝との会談の準備を終えた千棘達は、新しい皇帝を称えるパレード中の帝国に転移する…。




