憧れの存在に至る時
「…そうか、残念じゃのう。なら今まで味わった事のない痛みに悶えながら、今後の幸せな日常を思い描くとよいぞ。第二ラウンドの開始じゃ」
魔王…桜庭 信仁は目の前には先程まで死ぬしかなかった長身の女性が赤から黒に姿を変え、圧倒的な力を身に纏い無傷で身が凍えるような笑みを浮かべて自分の前に立っている事に辛うじて憎悪を込めた視線を向けたが…震えていた。
そして自分より魔王らしい女性の口から第二ラウンドという言葉を聞いて、魔王としてこの世界に呼んだ女神に復讐するまで死ねないという覚悟を決めて立ち向かう…。
■
コルは思う。
魔王を普通に殺して魔王の因子を抜き取ったとしても魔王の中に蓄えられた200年もの憎しみ無くならないと。
勇者として命を賭して戦い、その戦いが終わった先にあったものは勇者を魔王と呼ぶ世間の声。
それでも世界を守ろうとし続けた彼は勇者で無くてはいけない…きっと、このまま全てを終わらせて、シンシアを蘇生して幸せな暮らしを送れたとしてもきっと魔王…信仁はシンシアとの暮らしの裏でシンシア以外の全てを恨みながら過ごすはずだと。
なら偽善でも傲慢でも何でもいい、信仁が1700年も続けてきた悲劇を…全てを奪い去って信仁が1700年も添い遂げたシンシアと幸せになる為に、魔王の信仁に終止符を打ち、コルという魔王を倒す為に戦う勇者の信仁となって最後を迎えて欲しいと。
だが、信仁を救うのはコルでもセッテでも無い事は最初から分かっている…信仁を救えるのはシンシアだけだと。
だからコルは最初で最後の残虐な魔王として先代魔王を殺し、その先にある幸せな時間を作るきっかけを与える為に身の内から湧き出る暴力的な力を信仁に浴びせようと。
そして最後は優しい魔王としてこの愛した世界を、魔族すらも手の取り合える世界へと変える為の残虐をここで行う必要がある。
信仁が回復するまで待ち続けたコルはこちらを睨みつけている信仁に殺意を内に秘めた笑みを浮かべながら問う。
「そろそろ準備はよいかのぅ?これまで数多の勇者から奪った能力を駆使し、立ち向かってわらわという絶対強者に為す統べなく蹂躙される準備は。…そして、お主がこれまで犯してきた過ちを懺悔しながら死ぬ準備は」
「俺は何も後悔なんかしていない!!俺は俺の為にあの神をぶっ殺してこの世界も滅ぼす!!」
信仁がそう叫ぶとコルの周りにいくつもの空間の歪みが現れるが、コルは一瞥するだけでこれから何が起こるのかを右眼の権能で全て理解する。
「122mmの砲弾を一斉掃射…お主は馬鹿の一つ覚えみたいに同じ能力しか使えんのか?」
「なっ!?」
コルが次に起こすであろう攻撃を言い当てると、信仁は酷く驚きながら距離を開き別の攻撃を行おうとするが、それすらもコルは言い当てる。
「次は作った人工勇者を総動員してわらわを襲わせる…」
「くそ!!」
更に言い当てられた信仁は数々の攻撃を仕掛けようとするが、その悉くを見破られる。
「四方からのショットガン掃射、レーザーでの攻撃、わらわを閉じ込めて超重量で押しつぶす、酸で溶かす、毒で冒す、高熱で溶かす、氷漬けにする、真空にして圧縮、核爆発を起こす、剣で首を刎ねる、斧で首刎ねる、槍で頭を一刺し、わらわの仲間達の元へワープして人質を取る、わらわをこの空間からワープさせる」
「く、くそくそくそくそ!?!?どうなってやがる!?思考を読んでやがんのか!?」
信仁は自分の行動を全て言い当てられると自分の思考を読み取られているんじゃないかと思い、無数の事を考えて本命の思考を隠したり、意味のないフェイント等を交えて攻撃しようとするが…それすらもコルには全く通じなかった。
「わらわはお主の頭なんぞ覗いてなんかおらなんだ。これから起こるであろう事が全て視えているだけなのじゃよ。小手先の能力だけではお主はわらわに傷一つ付ける事が出来ん…この様にのぅ」
コルは左眼の権能を使い、時間を止めて信仁の目の前まで移動して首を掴みながら世界を動かす。
「なっ!?ぐぅぅぅ!?」
「わらわが今何をしたかわかったかのぅ?…その顔じゃ…わからぬか。お主はさっき超回復の様な能力を使っておっただろう?もし使えるのならその能力と身を守る能力を全力で使う事をおすすめするのじゃ」
「な、何を…!?」
信仁はコルの忠告通り自身が歴代の勇者から奪った回復、防御系の能力を発動させると同時にコルの尻尾が信仁を締め付け始める。
だがコルは尻尾に伝わる違和感を感じて信仁に問う。
「…ほう?これは…物理無効系の障壁じゃな?絞め殺す程の力を出しているのにも関わらず、一向に折れる気がせぬのぅ…」
コルの尻尾が何かを締め上げるような音を聞きながら信仁はニヤリと笑う。
「お前の攻撃なんて俺の絶対防御の前じゃ無に等しいんだよ!!離しやがれ!!」
「ほぉ絶対防御とな?なら何故お主は初撃のわらわの蹴りを受けたのじゃ?それにおかしいのぉ…最初から常に張っておればフェイナとアルメラの攻撃をわざわざ躱したりする必要などないじゃろ?…まさか、時間制限…もしくは回数制限がある不完全な能力なんじゃないのかの?」
コルは冷静に信仁の能力を分析し、その結果を問うが信仁は答えなかった。
だが、明らかに表情が曇り始めた信仁を見て絶対防御の能力の欠陥に確信を得ながら溜め息を吐く。
「まさか図星とは…お主、たかがこの程度の能力で我が主神を殺そうとしておったのか?」
信仁が発動しているだろう絶対防御が徐々に効果が切れ始め、コルの尻尾が信仁の身体に食い込み始める。
「う…ぐっ…!!!」
「時間制限か…言っておくがのぅ…我が主神のセッテはわらわよりも強いぞ?我が主神と戦いたければ、物理、魔法、精神攻撃の完全無効を常時発動しておらんと前に立つ事すら出来んのじゃよ。そして、神という概念を殺す別次元の攻撃方法がないと敵わんぞ?先程からお主は魔法と物理、そして最先端の技術を合わせて攻撃しておる。そんな攻撃じゃかすり傷どころか一歩も動かす事も叶わぬわ。…本当に200年も神を殺す為に準備しておったのか?あまりにも杜撰すぎやしないかのぅ。依り代に神を下ろしてその依り代を壊したとて、神は痛くも痒くもない…最初からお主如きじゃ神殺しは無理だったのじゃよ。己の無力さと、過ちを悔いながら死ぬがよい」
コルの尻尾は追い打ちをかけるように圧力が増し、信仁の身体からミシミシと骨が軋む音がし始める。
「ぐああああ!?」
「わらわの慈悲を無下にした報いじゃ。甘んじて受け取るのじゃよ。そして魔王としての桜庭 信仁はこの時点で死ぬ…次、お主が目を覚ますころにはきっと本当の桜庭 信仁に生まれ変わるはずじゃ。…ではさようならじゃ、先代魔王桜庭 信仁よ。わらわが新しい魔王になる為の踏み台役、大儀であったのじゃ」
「くそ…くそ!!くそぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
信仁の絶叫と共に体中の骨が粉々に砕ける音が鳴り、先代魔王としての桜庭 信仁はこのネシアの世界で命を落とした…。
「あまりにもあっけない幕引きだったのう…」
コルは信仁の遺体を尻尾で締め上げたまま寂しさの籠った声色で一人呟く。
「この神の力は圧倒的すぎる…余程の事が無い限り、使わぬのが賢明じゃのう。この力に胡坐をかいて甘んじてしまえば本当に魔王になってしまうのじゃ…」
するとコル達のいた真っ白な異空間がガラスの割れる音を響かせながら崩れ、神聖な聖堂の様な景色に変わっていく。
「…まぁ、これで第一段階は終了じゃな!」
「ちーちゃーーーん!!!」
「千棘にぃ!!」
「コル!!」
『千棘さん終わったんですね』
聖堂の入り口から走ってこちらに近づいてくるフェイナ、アルメラ、ピュリエット、コウちゃんに向き直りながら、笑顔で親指を立てながらコルは言う。
「うむ!!わらわにかかればこの程度造作も…っ!?」
無い事じゃと言おうとしたコルは吐き気にも似た、胸の奥底からどうしようもない破壊衝動と絶望すら生温いと思える程の邪悪な何かが溢れ出てくるのを感じて胸と口をきつく押えながら床をのた打ち回る。
「う、な、なん…なんだ…何なのじゃこれは…!?!?ぐううううううう!!!!!」
「ち、ちーちゃん!!!」
「ふぇ、フェイナねぇ!!あぶない!!!!」
突然何かを堪える様に床をのた打ち回っている千棘を心配し、駆け寄ってくるフェイナに悲鳴にも似た叫び声を上げて制止するアルメラ。
「ううううう!!!!!だ、ダメじゃフェイナ!!!!近寄るで…ぐうううううう!!!」
「ちーちゃっうぐっ!?」
「フェイナねぇ!!!!」
コルはバハムートと獣神化状態で床をのた打ち回り、信仁を掴んだままの強靭な尻尾が意志とは反して鞭の様に振るわれてフェイナは信仁の遺体と一緒に聖堂の壁まで吹き飛ばされてしまう。
アルメラはコルに吹っ飛ばされてしまったフェイナの元に即座に駆け寄り、異常な光景を見ていたピュリエットとコウちゃんはコルの身体から出ているどす黒い瘴気の様な物を見て表情を凍り付かせる。
『ピュリエット!!まずい!!!このままだと自我を失って最悪の魔王になっちゃう!!』
「わ、わかってる!!でも僕達じゃこのコルを止める事が出来ない!!」
『でも私達がどうにかしないとまずいよ!?』
「ぐううううう!!!ピュリエット!!わらわからは…はな…わらわから離れるのじゃ…!!!…あ、アル…アルメラ…ぐっ!?ううううう!!!!!…あ、アルメラぁ!!!み、皆をここによ、呼んで、ぜ、全員でわらわを押さえるのじゃ!!む、無理なら殺すのじゃ!!!は、早くするのじゃ!!!ああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
コルはアルメラに指示を出した後、我を忘れたかのように尻尾を鞭の様に床に打ち付け、自分の周りを破壊し始めるがまだ身体は子供の様に蹲っていた。
コルの悲痛な叫び声を聞きながらピュリエットとコウちゃんはフェイナとアルメラの元へ向かい、状況を確認する。
「アルメラ!!コルの話はちゃんと聞いたか!?みんなと通信する魔道具か何かを持っているなら僕に貸してくれ!!」
「ピュリにぃ…ふぇ、フェイナねぇが起きない…」
ピュリエットはアルメラの一言でフェイナの方に意識を向け、首筋に指を当てる。
「…大丈夫だ!死んでない!気絶してるだけだから安心するんだ!!!」
「ねぇ…ピュリにぃ…フェイナねぇが起きない…」
アルメラはずっとフェイナを見つめながら同じ事を繰り返し呟き、ピュリエットの言葉が耳に届いておらず、度重なる心配で心がいっぱいいっぱいになっていた。
ピュリエットはそんなアルメラを見て心臓が締め付けられるような感覚を覚えながらもアルメラの頬を一度叩き、叱咤する。
「アルメラ目を覚ませ!!!今この状況をどうにか出来るのは君だけなんだ!!君がフェイナを慕っているのは知っている!!だがそれと同じように千棘の事も慕っているんだろう!?なら二人の為に今君が動かなかったら二人は悲しむ事になるんだぞ!!!」
「っ!!」
ようやく自分の世界から戻ってきたアルメラは目に溜まった涙をきつく目を閉じて落とし、更に自分で力いっぱい両頬を叩く。
「…ごめん、絶対に千棘は後で泣かす。ピュリエットはフェイナが起きるまでここであの馬鹿の余波から守ってて」
「…ああ、わかった、任せてくれ。…それと千棘からの伝言だ…全員で止めてくれ、止めれなかったら殺してくれ…」
「…わかった」
アルメラは立ち上がり、涙を流しながら暴れくるっているコルを見据えながらイヤリングで仲間達へ語り掛ける。
『みんな、落ち着いて聞いて。今、千棘が魔王を倒した。だけど、魔王の因子って言うのが千棘の身体に埋め込まれて魔王になりかかってる。エルもデルも千棘ママも全員私の所まで来て』
それだけ皆に伝えたアルメラは普段絶対に使わない重鎧をインベントリから取り出し、フェイナが使っていた大盾を持って暴れているコルへ近づいていく。
「覚悟しろ千棘…正気に戻ったら全力で殴り飛ばしてやる…!!!」
仲間達が来るまで時間稼ぎをしようとするアルメラの後ろ姿は、自分が憧れ、慕っていたフェイナと同じ後ろ姿をしていた…。




