ダンジョン実習1
「えぇっと……」
「……」
憂鬱な始まりとなったダンジョン実習は、そのテンションを持続するかのように無言のまま進行していった。
まったくこれもダンジョンのせいだと、どちらかと言えばどんよりとした空気が流れる現在地に責任をなすり付け、自分を正当化しようとする駈。
始めこそ、自己紹介で少しだけ言葉を交わしたものの、あとは黙々とダンジョン実習に取り組むだけの状況だ。
実習の内容は、それ用に植えられたダンジョン内を進み、最後のフロアにいるモンスターを倒し、そいつがドロップするメダルを拾い地上まで帰ってくる、というものになる。
倦怠期のカップルでさえもう少し会話をするのでは、とバカなことを考えながら駈は何とかコミュニケーションの糸口を探る。
彼ら五人、今回はアシュリーを含め六人の一行は、一見すると口数の少ない者が多かった。
駈の幼馴染である鈴、メガネをかけオドオドしている髪がお下げな少女、髪が金髪のロングでガム風船を膨らませているヤンキー風な少女、クラス一の体格をほこるが根は優しく密かに動物好きである少年。
そして、今回の実習が終わった後は、違う班になるであろうアシュリー。
この班だけ妙な方向に人選が偏り過ぎでは、と口には出さずに駈は思った。
しかしながら、命の恩人から一応の面倒を任されているので、無言はまずいかもしれないと無駄な責任感を発揮し、何とか質問を捻り出す。
「ダルク様はなぜ、この学校にいらっしゃったんですか?」
聞いた後で遅まきながら、やっちまったと言わんばかりに駈は顔を強張らせた。
人によっては嫌味な問いかけにも聞こえる恐れがあると思ったからだ。
「……そ、そうです! 私も気になってました! この学校は中堅どころもいいとこですよ」
どう話題を転換しようか頭をぐるぐる回転させていた駈だったが、その気遣いを嘲笑うかのように失礼な追求でもって会話に加わってきたのは、意外にもお下げだった。
その中堅どころ呼ばわりした学校に来たのがアシュリーなのだが、自分が発した言葉の意味には気付かないお下げである。
「吉川先生と顔を繋ぎに」
しかし、お下げの追求に特に気を悪くした様子がないアシュリーは、愛くるしい表情を見せながら、ぶっちゃけた回答をした。
なるほど。
どうやらあの先生は、五聖人の一族にも一目置かれるほどのエリートだったらしい。
まだ二十かそこらの歳なのに凄まじい人物だと、彼女の最近の言動を頭に思い浮かべながら駈は考えた。
上げて落とす、男がやれば確実に警察が出動するようなセクハラチックな行動、黒板を叩き割った後に弟の力によってそれを直させる。
なるほど。
確かに凄まじい人物ではあると、駈は納得するのだった。
凄まじいの方向性が合っているかどうかについては考えない。
天才とは、凡人の尺度では決して計りきれないものである。
駈が考える葦になっていると、次にアシュリーはおもむろに駈の顔を見て。
「あとは……お婿さんを探しにですかね」
と、これまでで一番のはにかんだ表情を見せた。
駈は困惑した。
人の顔を見てその発言は、勘違いの元である。
「駈は渡さない」
駈の思考を肯定するかのように、これまでの会話をヌボーっと傍観していた鈴が参戦してきた。
男冥利に尽きる言葉だと、普通は喜ぶべき場面なのかもしれない。
だがしかし、この少女は少しだけズレた感性を持つことを、幼馴染である駈は理解していた。
「駈は家の大事なペット」
案の定(?)である。
「ペット扱いはやめてくれないかな」
いつの間にか自分の飼い主になっていた彼女へ抵抗するように、駈は空笑いした。
加えてアシュリーにも、勘違いさせるような言動は慎むよう釘を刺すことにした。
「それと、ダルク様もあまりからかわないでください」
「アシュリーでいいですよ、駈さん。敬語もいらないです」
彼女もズレた感性をお持ちのようだ。
お手上げだぜと、さながらコミカルなアメリカンコメディアンのように、想像の中で肩を上下させた駈。
ただの現実逃避である。
それにしても駈にとって疑問なのが、なぜこんなにアシュリーはフレンドリーなのかということだ。
確かに幼いころ会ったことはあるのだが、このように親しみを持って接されるほどの何かが起こった覚えはない。
そもそもだ。
この娘にとって、道端に転がっている石ころ並みに価値がないだろう、自分との出会いなんかを覚えているのだろうか。
浮かんでは消えるネガティブな考えを一先ず横に置き、駈はアシュリーへ何とか反応する。
「え、えーと……。じゃあアシュリー様で」
「アシュリー、ですよ駈さん」
しかし、そんな涙ぐましい駈の葛藤を凪ぎ払うかのように、アシュリーが少年へと顔を近づけてきた。
ふわりふわりと、せっけんか何かのようなほのかに甘く、心安らぐ清純な香りが駈の鼻に乗ってくる。
その威力にクラっとなりかけるも、そこでハッと駈は横を向いた。
鈴が無表情でこちらをジッーと見ている。
「しゅ、しゅらばというものですね、これが」
駈たちのやり取りを観戦していたお下げは、野次馬根性全開で鼻息荒く興奮していた。
見物料は取らないからこの状況をどうにかしてくれと、駈は他人事のように考える。
このお下げも変わってるやと、何度も実習へ共に参加している彼女の本性に、遅まきながら今回の実習で初めて気付くのだった。




