ダンジョン実習の始まり
「おい、駈」
「輝子に絡まれました」
「それは知ってる。後できつく言っておいてやる。それはともかくお前、いつもと格好が違うな」
姉の言葉を耳にした弟が、目を泳がせながら挙動不審になった。
どうやら遅刻しそうになった言い訳はしなくていいらしい。
潤んだ瞳でこちらを見つめてくる輝子の視線を、努めて無視した駈は内心ホッとした。
しかしその代わり、痛いところを付かれたと言わんばかりに顔をしかめる駈。
そんな駈の胸のうちを知ってか知らずか、輝花はニヤッと、その肉食獣染みた美貌を崩した。
「……イ、イメチェンです」
「フッ」
声が裏返った駈のウソは、輝花に鼻で笑われた。
駈の目が犬かきのごとく泳ぎ出しそうになるが。
「まあいい。死なないようにだけ気をつけろ。いつでも助けられるとは限らないからな」
輝花の追求が止むと同時に、駈は思わず目を丸くした。
その言葉には心あたりがありすぎた。
もしかして、いや、もしかしなくとも、あの少女が来てくれたのは、この人のおかげだったということか。
そして、自分の状況を見越しての対応を見せるに至った、輝花の力の凄まじさに、駈は思わず身震いしそうになる。
しかし、それはそれで。
口と気性は少々荒っぽいが、思わぬところで面倒見の良さを見せた輝花に対し、駈は素直に感謝し感動さえした。
無言で頭を下げる。
輝花は軽く肩を上げ、駈の方から目線を切ると辺りを見渡した。
「これで全員揃ったな。いつも通り、ダンジョン実習を始めるぞ」
ダンジョン実習。
冒険者の目的であるダンジョン攻略の基本を、実践形式で学ぶという内容で、冒険者学校であればどこでも、同じことを行うものだった。
すでに聞き慣れてしまった実習の説明を行う輝花の方へ、耳を傾けていた駈だったが。
「おい、阿架貫」
融通がきかず我の強い、それでいて神経質そうな声を向けられ、げんなりとしながら駈は振り向く。
声の主は灯明であった。
「アシュリー様は、貴様のような者がいる班に相応しいお方ではない。即刻辞退しろ」
相手にバレないよう気を付けながら、駈はため息をついた。
そんなことは言われなくても分かっているのだ。
なんなら変われや、と駈は内心で灯明にコブラツイストをかけた。
「いやぁ、僕もそう思って先生に相談したんですが、認めてもらえなくて。何ならそちらの方からも伝えてくれると嬉しいです」
灯明を刺激しないよう、駈はいつもの倍以上に気を使って応答する。
「ふん、なぜ私がそのようなことをせねばならん。やはり卑しい施設育ちの卑しい特性を持った貴様には話が通じないらしいな」
灯明は蔑んだような目つきを見せると鼻を鳴らした。
駈はコブラツイストから気道を絞めにかかった。
「まあいい。今回の実習が終わればあの者も理解するだろう。アシュリー様に相応しいのがどの班なのか」
あの者。
輝花のことだろうか。
だとすれば、灯明は間違いなく度胸が座っている。
もちろん悪い意味で。
冒険者学校の教師に採用されるのは、並大抵のことではなく困難であり、その厳しい選考を突破した者たちに対して、喧嘩を売るような発言だ。
ではどれほど困難なのか。
その難関な試験の内容は三つ。
一つはペーパーテスト。
頭が良くなければなれない。
冒険者の教師だからといって脳筋で許されるのは、物語の中だけであった。
二つは特性。
これは自分の努力で如何ともし難いものであり、只でさえ難しい選考に運の要素を絡めることで、教師へ採用される難しさに拍車をかけていた。
冒険者には運も必要だという、教師を目指す者にとってはある意味、傍迷惑な思想である。
そして最も重要な三つ目。
強いことである。
冒険者学校に入る者たちは、その道を志すだけあり、年少でさえ一癖も二癖もあるようなのが多い。
しかし、その割りには意外と言えるかもしれないが、「冒険者は品行方正であれ」というまともな教訓が代々あり、彼らを教え導くことを可能とするだけの力が、冒険者学校の教師には求められている。
そこで実績と実技をもって、教師たるに相応しい強さを持っているか試験を行う。
具体的には、上級中位以上の冒険者ランクを持つという実績が必要であり、現役の教師と模擬戦闘という実技をこなすのだ。
勝つに越したことはないが、仮に負けたとしても基準に達していると判断されれば合格することもある。
上級中位以上のランクの者が、冒険者全体の百分の一にも満たないという、日本の現状から考えると、その前提からして難しいことが分かる。
ちなみに、これら試験の内容は、世界各国でほとんど共通のものである。
が、その分待遇はすこぶる良い。
冒険者学校の教師であるという身分証を提示すれば、バスやタクシー、電車、さらには飛行機までが、タダで乗れるようになる。
報酬は実力に応じてだが、最低でも年に数千万円ほどからだ。
クビになることもほとんどなく、社会的な地位も非常に高い。
退職後は国からのサポートも手厚い。
言わば゛超エリート゛という言葉に強く当てはまるのが、冒険者学校の教師という職業だ。
エリートを目指し、冒険者になる者も多数いるほどである。
だが、灯明のように下手に良い家の出身の者だと、そのエリートさえ下に見る場合もあるのが、実情であった。
これから自分も冒険者となる身なのにも関わらず、だ。
「ソ、ソウデスネ」
駈からすれば、目を泳がせて棒読みで答えるしかない。
自分が話している時の、生徒の私語が大嫌いな超エリート様の般若面が見えたためだ。
憂鬱な実習の始まりだ、と。
灯明にはバレないよう駈は静かにため息をつくのだった。




