友人に絡まれる1
「おーい、駈」
初夏の晴れた日射しも少し西の方に傾き始めた時間帯に、広大な冒険者学校内の敷地で少年の声が響く。
その呼び掛けを聞き、歩みを止め振り返る者がいた。
「やあ、輝子。いやーしかし、今日は暑いねぇ」
まだ六月にも関わらず、気温三十度の真夏日を記録していた。
地球温暖化の影響は深刻なようである。
「ほんとだよなー」
二人の口から、ジリジリと照り付ける陽射しに対する愚痴がこぼれた。
「あ、そういえば駈。お前うらやましいよな」
輝子が唐突に話題を変える。
彼がよくやることだった。
「ん、なんの話だっけ」
いつも通りの返しをしつつも、駈は首を傾げた。
羨ましがられることに覚えがなかった。
「今日のダンジョン実習のことさ」
「……あー」
そこでようやく、輝子の言っている内容を把握する。
「ダルク様のことね」
昨日クラスに転校してきた少女。
いや美少女。
今回のダンジョン実習にて、駈の班で面倒を見るよう輝花に任されことを、この少年はひどく羨ましがっていたのだ。
「俺もアシュリーさんと一緒に実習を受けたかったなー。そして目眩く始まる2人のアバンチュールな同棲生活を……」
「話が飛んでくねぇ。相変わらず」
駈は苦笑いする。
輝子はひどく夢見がちな少年であった。
「でも、ダルク様……ねぇ」
「なんだよ何か不満なのかよ。なら今すぐ変われ、よし変わろう姉貴に言いに行くぞ!」
「必死過ぎだよ」
目が本気だった。
口を開かなければこの友人は、ガールフレンドの一人や二人すぐできそうなのにと、駈は常々もったいなく感じていた。
だからと言って、指摘してやるほどではなかったが。
口はなんやらの元を地で行く、少々哀しき少年である。
「いや、なんというか住む世界が違うというか、あの゛ダルク゛だからね」
その名前は冒険者界隈だけでなく世界中で、あまりにも大きな意味を持っている。
五歳やそこらの子供でも、親からの教えや昔話を通して知っているほどであった。
「正直胃が痛いし、どう接したらいいのか分からないねぇ。変われるものなら変わりたいもんだよ」
「……ぶっちゃけ過ぎるのも、それはそれで良くないと思うぞ」
二人とも違う意味で、はっきりとものを言うタイプであった。
似た者同士なのかもしれない。
「一応、先生にも言いに行ったんだよ。面倒見るんだったらもっとましなところがあるでしょうと」
「おまっ……それまさか俺の班のことか! さすが分かって……」
「灯明の班とかね」
「この裏切り者ぅ」
灯明。
格という意味で言ってしまえば、あの美少女とは月とすっぽん並みに差があるが、彼女が転校してくるまではクラスの中で最も力を持つ者の名前だった。
本人にではなく実家に、であったが。
「そしたら゛くじ引き゛で決めてたんだってさ、先生の」
裏切り者ぅと連呼していた輝子の、小刻みなステップと手の動きが止まる。
そして、何かを悟ったように心穏やかな表情を見せた。
それはまるで、幼き頃を思い出す青年のような少し大人びたもので、駈は内心グーで殴りたいという気持ちを抑えるのに苦労した。
「姉貴の力か……ならもう、何を言っても無駄だな……。うんっ? なぜ駈は、胸の高さで拳を振り絞っているんだ?」
「まあ、気にしないでよ、うん。殴らせてほしいだけだから」
「それは思いっきり気にするぞ?!」
「……チッ。冗談だよ冗談」
「舌打ちされたんですけど?!」
「まあ、落ち着きなよ。先生が決めたんだからしょうがないよ」
「だ、だよな?! しょうがないよな!? 別の機会に仲良くなってやるぜ!」
「まあ程ほどにね。でもまあ、僕も班を変わってもらうのは諦めるしかないなと思ったよ」
「それはまあ、そうなるよなぁ……」
輝花の持つ特性という名の力。
あとはその傍若無人ぶりを思い出し、二人でため息をつく。
「そのせいで、何で自分の班じゃないんだって、灯明には絡まれそうになるし」
「あー、何かめんどくさそうだな」
「君にも絡まれるし」
「おい」
「めんどくささで言ったら君の方が上かもね」
「おれ泣いていい?」
「ほらめんどくさい」
「ひどいぜ!」
輝子は走りだした。
目を腕で覆って、いつものように嘘泣きしながら。
「……それにしても。相変わらず顔の出来が同じ人類だとは思えないよねぇ」
向こうはこっちのことなんて覚えていないだろうけどね、と。
そんな独り言を、駈は呟いた。
駈はもう一度ため息をつき、実習の会場へと歩を進める。
輝子に絡まれたせいで、遅刻しそうになるのだった。




