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その箱を開けた世界で  作者: ナガズボン
第1章 鳳凰院 蓮火(仮題)
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その担任、凶暴につき

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。


 教師の声を子守唄替わりにしていた者たちは、ようやく終わったかと背伸びをした。


 駈《かける》もその一人だった。


 唄っていた教師は、特に気にする様子もなく退室していく。


 毎度のことだと慣れているようだ。


「やっと起きた」


 駈の右隣に座っている少女、阿架貫 鈴(あかぬき りん)がほとんど表情を変えないまま言う。


 しかし、長年彼女と一緒にいる駈には、それが呆れている時のものだということがわかった。


「いやぁ、といってもねぇ。さすがに毎年同じ内容の話を聞いてれば、そりゃあ眠くなっちゃうよ。ねぇ、輝子《てるき》」


 駈は左隣に座る、クラスメイト兼友人に同意を求める。

 しかし、彼の返答は予想に反していた。


「いーや、俺はギンギンだったぜ駈」


 駈と鈴は驚いた。

 授業中、常に睡魔と戦う様子を見せている輝子からすれば、この発言は考えられないものだったからだ。

 二人の目は、珍獣を見るようなそれに変わる。


「いや、待て。阿架貫さんからそんな目で見られるんだったら、まだわかるぞ。お前は似たようなもんだろ、駈」


「いやぁ、そんなこと言ったって珍しいものは珍しいよ。頭でも打った?」


「打っとらん。俺が授業中起きてるのがそんなに珍しいか」


「「うん」」


 二人の声が揃った。


「もういい」


 輝子は机の上で組んだ両腕に顔面を突っ込んで、ふてくされてしまったふりをした。

 うつ伏せになった状態から、チラチラと駈たちの方を見ている。

 あまりにも鬱陶しい仕種ではあるが、放っておいても終わるわけではない。

 駈は断腸の思いで切り出した。


「知り合いに腕の良い医者がいるから、今度紹介するよ。精神科医だよ」


「気が狂ったわけでもないわ! ってか、なんでそんなに苦しそうな顔で言うんだよ」


「知り合いだと思われたくない」


「ひどいや!」


 また突っ伏してしまう。

 今度は本気で泣きそうであった。


「いやぁ、ごめんごめん。冗談だって。ところで、今日はどうしたの?」

 

 さすがに哀れに思い、駈が子供に語りかける時のような優しい声音で質問した。

 半分なげやりな口調とも言う。


 駈にそんな対応をされているとは露知らず、待ってましたとばかりに面を上げた輝子が、ニヒルな顔をしながら言う。

 うつ伏せでいたせいで、その額が赤くなっており、台無しだったが。


「聞いて驚くな、いや驚け。転校生が来るんだ!」


「ふーん」


「リアクションが薄いだと?!」


 駈はやはり、幼子を諭すかのように言う。


「いいかい。君がそんなに嬉しそうにしているってことは、多分その子は女の子なんだろう。でも、その子と君が仲良くなれるっていう保証はどこにもないし、もしかしたら男嫌いですらあるかもしれないじゃないか」


 すると輝子は、豆鉄砲をくらって目からウロコを出した鳩のような顔をし、


「なんっ……?! って言うことは俺がその転校生とイチャイチャできる可能性は……?」


「低いだろうね」


「その子と幸せな家庭生活を送るっていう、迸る妄想はどうしたらいい!?」


「妄想のままにしときなよ」


 輝子が茫然とした面持ちになったのと同時に、クラス担任の教師である輝花(てるか)が教室に入ってきた。


「お前たち席につけ、ってうわっ……」


 輝花は一人、負のオーラを放っている輝子に驚いた。


 そしておもむろに、隣に座る駈に説明を求める目付きになる。


「いやぁ、輝子のことは放っておいてもいいかと思います。そのうち治るでしょう」


 駈の話を聞き、それでも輝花は訝しげな表情をしていたが、


「まぁどうでもいいか。輝子だしな」


「どうでもいいだとっ?!」


 騒がしく再起動した輝子だったが、輝花はすでに気にしていないようだった。


「さて、席につけお前たち。耳が早いものはすでに知っているようだが、今日この教室に転校生が来る」


「うぉぉーー」


 男六割、女四割ほどの叫び声が、教室に響いた。


「そして喜べ! 男ども待望の女子だ!!」


「ウォォォォォーーー」


 男十割の野太い声が、教室に響き渡った。


「うるさい!!」


 そんな喜びの雄たけびに、水をさす輝花。

 自分が盛り上げたにも関わらず、突然怒鳴った。


「今叫んだ男ども、お前らはきっとモテない」


 そして、唐突に罵倒した。

 上げて落とすが座右の銘である輝花。

 教職者にあるまじき性根だった。


 教室が意気消沈とする。

 その中には、恍惚の表情を見せる者が何名かいたが。


「よし静かになったな。それじゃあ転校生を紹介する。入ってこい」


 輝花の呼び掛けの後、少し間を置き、教室の戸が開いた。

 彼女が教室に足を踏み入れたその瞬間、違う意味での静けさが狭くはない部屋全体を覆う。


 白。

 その少女を見たときの印象だ。


 肌は新雪のように真っ白で眩しく、瞳は汚れを知らないかのように純真無垢なライトブルー。

 顔のパーツそれぞれが、一種の理想と思えるほどに美しく、またバランスよく表情を彩っている。

 髪は青みがかったシルバーで、上質な絹のようにさらさらだ。


 そして、白という印象に引け目を取らないほどの、華奢な体格に似合わない凶悪なものを有していた。

 男の視線が釘付けだ。


「そんじゃ、自己紹介とかなんか言いたいことあれば言っとけ」


 輝花が雑なフリを入れる。


 おおよそ、少女と大人のいいところ取りをしたような外観の彼女が、口を開いた。


「アシュリー・ダルクです。よろしくお願いします」


 声まで透き通るようにきれいなものだった。


 教室は再度、騒然となる。


 少女の可憐さ。

 それともう一つ。


 ダルクという名前。

 その名を名乗ることが許されているのは、世界でたった一つの余りにも有名な一族。


「ダルクってあの……⁉」

「まさか、五聖人の……!?」


 その時、何かにヒビが入ったような大きな音が、教壇の方から鳴り響く。


 上げて落とすが座右の銘である輝花が、黒板を叩いた音だった。


「よし、静かになったな」


「いや先生、黒板にヒビが……」


「なったな」


 教室がシンと薄ら静かになる。

 彼らは従順に飼い慣らされていた。


「まあ、というわけで転校生だ。仲良くするように。困ってそうだったら助けてやれ。何かが始まるかもしれないぞ」


 人差し指と中指の間に親指を入れ、いやらしい顔でニタリと笑う。

 最低な教職者だった。


「先生それセクハ……」


「よし! ってことで席は駈の隣だ。輝子は邪魔だ。席避けろ」


「横暴だ?!」


「あとこれ直せ」


「何ゆえ!? っていうかやっぱりヒビ入ってたんじゃないっすか!?」


「この間、私の授業で爆睡してたからその罰だな」


「急に真面目な理由?!」


「私はいつだって大真面目だ」


 先ほどまで静かだった教室が、笑い声に包まれる。

 二人のやり取りは名物になっていた。


「ああそれと。忘れているやつはいないと思うが、明後日はダンジョン実習だ。準備をしとくように。んでアシュリーは駈、お前の班で面倒見てやれ」


 教室中からブーイングが鳴る。

 自分達の班にこそ、可憐な少女に来てほしいためだ。


 大きな音が鳴る。

 手がめり込んでいた。

 ブーイングが止む。


「文句がある者はいないようだな。んじゃ、今日中にこれ直しとくように。以上解散」


 輝子は涙目になった。

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