その担任、凶暴につき
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
教師の声を子守唄替わりにしていた者たちは、ようやく終わったかと背伸びをした。
駈もその一人だった。
唄っていた教師は、特に気にする様子もなく退室していく。
毎度のことだと慣れているようだ。
「やっと起きた」
駈の右隣に座っている少女、阿架貫 鈴がほとんど表情を変えないまま言う。
しかし、長年彼女と一緒にいる駈には、それが呆れている時のものだということがわかった。
「いやぁ、といってもねぇ。さすがに毎年同じ内容の話を聞いてれば、そりゃあ眠くなっちゃうよ。ねぇ、輝子」
駈は左隣に座る、クラスメイト兼友人に同意を求める。
しかし、彼の返答は予想に反していた。
「いーや、俺はギンギンだったぜ駈」
駈と鈴は驚いた。
授業中、常に睡魔と戦う様子を見せている輝子からすれば、この発言は考えられないものだったからだ。
二人の目は、珍獣を見るようなそれに変わる。
「いや、待て。阿架貫さんからそんな目で見られるんだったら、まだわかるぞ。お前は似たようなもんだろ、駈」
「いやぁ、そんなこと言ったって珍しいものは珍しいよ。頭でも打った?」
「打っとらん。俺が授業中起きてるのがそんなに珍しいか」
「「うん」」
二人の声が揃った。
「もういい」
輝子は机の上で組んだ両腕に顔面を突っ込んで、ふてくされてしまったふりをした。
うつ伏せになった状態から、チラチラと駈たちの方を見ている。
あまりにも鬱陶しい仕種ではあるが、放っておいても終わるわけではない。
駈は断腸の思いで切り出した。
「知り合いに腕の良い医者がいるから、今度紹介するよ。精神科医だよ」
「気が狂ったわけでもないわ! ってか、なんでそんなに苦しそうな顔で言うんだよ」
「知り合いだと思われたくない」
「ひどいや!」
また突っ伏してしまう。
今度は本気で泣きそうであった。
「いやぁ、ごめんごめん。冗談だって。ところで、今日はどうしたの?」
さすがに哀れに思い、駈が子供に語りかける時のような優しい声音で質問した。
半分なげやりな口調とも言う。
駈にそんな対応をされているとは露知らず、待ってましたとばかりに面を上げた輝子が、ニヒルな顔をしながら言う。
うつ伏せでいたせいで、その額が赤くなっており、台無しだったが。
「聞いて驚くな、いや驚け。転校生が来るんだ!」
「ふーん」
「リアクションが薄いだと?!」
駈はやはり、幼子を諭すかのように言う。
「いいかい。君がそんなに嬉しそうにしているってことは、多分その子は女の子なんだろう。でも、その子と君が仲良くなれるっていう保証はどこにもないし、もしかしたら男嫌いですらあるかもしれないじゃないか」
すると輝子は、豆鉄砲をくらって目からウロコを出した鳩のような顔をし、
「なんっ……?! って言うことは俺がその転校生とイチャイチャできる可能性は……?」
「低いだろうね」
「その子と幸せな家庭生活を送るっていう、迸る妄想はどうしたらいい!?」
「妄想のままにしときなよ」
輝子が茫然とした面持ちになったのと同時に、クラス担任の教師である輝花が教室に入ってきた。
「お前たち席につけ、ってうわっ……」
輝花は一人、負のオーラを放っている輝子に驚いた。
そしておもむろに、隣に座る駈に説明を求める目付きになる。
「いやぁ、輝子のことは放っておいてもいいかと思います。そのうち治るでしょう」
駈の話を聞き、それでも輝花は訝しげな表情をしていたが、
「まぁどうでもいいか。輝子だしな」
「どうでもいいだとっ?!」
騒がしく再起動した輝子だったが、輝花はすでに気にしていないようだった。
「さて、席につけお前たち。耳が早いものはすでに知っているようだが、今日この教室に転校生が来る」
「うぉぉーー」
男六割、女四割ほどの叫び声が、教室に響いた。
「そして喜べ! 男ども待望の女子だ!!」
「ウォォォォォーーー」
男十割の野太い声が、教室に響き渡った。
「うるさい!!」
そんな喜びの雄たけびに、水をさす輝花。
自分が盛り上げたにも関わらず、突然怒鳴った。
「今叫んだ男ども、お前らはきっとモテない」
そして、唐突に罵倒した。
上げて落とすが座右の銘である輝花。
教職者にあるまじき性根だった。
教室が意気消沈とする。
その中には、恍惚の表情を見せる者が何名かいたが。
「よし静かになったな。それじゃあ転校生を紹介する。入ってこい」
輝花の呼び掛けの後、少し間を置き、教室の戸が開いた。
彼女が教室に足を踏み入れたその瞬間、違う意味での静けさが狭くはない部屋全体を覆う。
白。
その少女を見たときの印象だ。
肌は新雪のように真っ白で眩しく、瞳は汚れを知らないかのように純真無垢なライトブルー。
顔のパーツそれぞれが、一種の理想と思えるほどに美しく、またバランスよく表情を彩っている。
髪は青みがかったシルバーで、上質な絹のようにさらさらだ。
そして、白という印象に引け目を取らないほどの、華奢な体格に似合わない凶悪なものを有していた。
男の視線が釘付けだ。
「そんじゃ、自己紹介とかなんか言いたいことあれば言っとけ」
輝花が雑なフリを入れる。
おおよそ、少女と大人のいいところ取りをしたような外観の彼女が、口を開いた。
「アシュリー・ダルクです。よろしくお願いします」
声まで透き通るようにきれいなものだった。
教室は再度、騒然となる。
少女の可憐さ。
それともう一つ。
ダルクという名前。
その名を名乗ることが許されているのは、世界でたった一つの余りにも有名な一族。
「ダルクってあの……⁉」
「まさか、五聖人の……!?」
その時、何かにヒビが入ったような大きな音が、教壇の方から鳴り響く。
上げて落とすが座右の銘である輝花が、黒板を叩いた音だった。
「よし、静かになったな」
「いや先生、黒板にヒビが……」
「なったな」
教室がシンと薄ら静かになる。
彼らは従順に飼い慣らされていた。
「まあ、というわけで転校生だ。仲良くするように。困ってそうだったら助けてやれ。何かが始まるかもしれないぞ」
人差し指と中指の間に親指を入れ、いやらしい顔でニタリと笑う。
最低な教職者だった。
「先生それセクハ……」
「よし! ってことで席は駈の隣だ。輝子は邪魔だ。席避けろ」
「横暴だ?!」
「あとこれ直せ」
「何ゆえ!? っていうかやっぱりヒビ入ってたんじゃないっすか!?」
「この間、私の授業で爆睡してたからその罰だな」
「急に真面目な理由?!」
「私はいつだって大真面目だ」
先ほどまで静かだった教室が、笑い声に包まれる。
二人のやり取りは名物になっていた。
「ああそれと。忘れているやつはいないと思うが、明後日はダンジョン実習だ。準備をしとくように。んでアシュリーは駈、お前の班で面倒見てやれ」
教室中からブーイングが鳴る。
自分達の班にこそ、可憐な少女に来てほしいためだ。
大きな音が鳴る。
手がめり込んでいた。
ブーイングが止む。
「文句がある者はいないようだな。んじゃ、今日中にこれ直しとくように。以上解散」
輝子は涙目になった。




