帰宅&ダンジョンとは
様々な出来事が発生したダンジョン実習について、時折思考を奪われながら。
駈は寮の自室への帰路についていた。
冒険者学校の校内には寮があり、ほとんどの生徒がそこに住んでいる。
家賃だけは無料である。
駈にとっては、有り難いことだった。
どの学校も膨大な土地を有しており、その中でも庄府は、国内において、他を寄せ付けないほどの広さを誇っていた。
ここ何年かは、実力的に中堅クラスであったため、土地だけは広いと揶揄されるのが、珠に瑕だが。
校内での移動は、もっぱら自転車などが主流ではあるが、駈の場合、体力をつけるためというもっともらしい理由をつけて徒歩を使っている。
駈の歩みで庄府校内の一番長いところの端から端を移動した場合、数時間はかかる。
それでも頑なに文明の利器を使わないのには切実な理由があるのだが、そこはさておき。
庄府校内の最も南端に駈の住む寮があった。
「相変わらず嫌になる広さだよなぁ」
愚痴を溢しながらも駈がせっせと歩いていると、毎度お馴染みのとある建物が、その目に飛び込んできた。
通称゛嘆きの館゛。
数年前か数十年前からか定かではないが、夜な夜な誰かがすすり泣いているような音、というか声が聞こえてくるようになっため、その呼び名がついた。
大昔は寮として使われていたが、現在では立ち入り禁止の廃墟となっている。
取り壊せばいいという意見もあったが、薄気味悪く、取り壊して何かあっても嫌だという学校長のわがままから、そのまま放置されているのだった。
そんな゛嘆きの館゛の少し先に駈が住む寮がある。
異様な雰囲気を纏う館を、いつものように素通りしてから大体二十分後、駈は寮の自室に着いていた。
「潜りに行くのは明日でいいかなぁ……」
冒険者学校の授業のスケジュールは、一般の学校のそれと変わりない。
月~金まで授業があり、土日と祝日は休みというものだ。
駈は休みの日になると、主に二つの理由からダンジョンに入る、いわゆる潜ることにしていた。
一つは自らを鍛えることだ。
これは、冒険者学校に通っている大抵の者からすれば、当たり前にやるべきことだ。
方法は各々ではあるが、駈はダンジョンに潜ることを主なその手段としている。
実戦に勝る訓練はない、というのが彼なりの考えでもあった。
とは言っても、もちろん休日以外で、潜る以外の鍛練も欠かさず行なってはいるのだが。
そして、ダンジョンに潜るもう一つの理由は、お金を稼ぐためである。
世知辛い話なのだが、冒険者学校は非常にシビアだ。
初等教育において、頭角を表した者や将来性や才能を見込まれた人物に対しては、授業料の免除や生活費の補助など手厚いものがあるのだが。
駈は残念ながら、お世辞にもその対象になるような生徒ではなく、生活費も授業料も全て自腹を切らなければならない状況にあった。
そのため、ダンジョンで稼ぐということにおいて、並々ならぬ覚悟を、駈は持ち合わせているのだ。
「とは言うものの、まずは装備の補充だよねぇ……」
しかしながらこの間、といってもつい二日前ではあるが、駈は身の丈に合わないダンジョンに潜ってしまい。
その結果、見事な囮っぷりを披露するはめになったのだ。
さらに自らの数少ない装備品をダメにし、まずはその分を取り戻すために行動しなければならないという、シャレにならない状況に陥っていた。
「はぁ……。慣れないことはするもんじゃないよねぇ」
生活費と授業料の両方を稼がなければならない身からすれば、非常に厳しい状態となっている。
駈は己の迂闊さを呪った。
しかし、あんな状況で行かないと言えるほど、図太く冷徹な性格ではないのだからしょうがない。
駈は己の懐を憐れんだ。
「今僕が1人で潜って1番稼げるところとなると、こないだ出来たばかりのあそこかなぁ」
ダンジョンが創られる条件には、今のところ二種類ある。
一つは自然発生、もう一つはダンジョンの種を植えることである。
一つ目については、台風や地震が起きるのと同様に、突発的に人の手が加わることなく発生するというものだ。
最も前者は災害で、後者は恵みとも言えるもので非常に喜ばれるという極端な違いがあるが。
そしてさらに、大きな特徴があった。
人が恒常的に住んでいる場所では発生しないというものだ。
その理由については、学者たちの予想が様々あるのだが。
人は無意識に微量の魔力を垂れ流しており、それによってダンジョンの自然発生が阻害されているのでは、という説が最も有力である。
尤も、もし仮に人の住む場所に突然、ダンジョンが発生すればどのような被害が出るのかとして、警鐘を鳴らす者も一定数が存在しているのだった。
ダンジョンが創られるもう一つの条件が、ダンジョンの種を地面に植えることである。
種は時たま、ダンジョンの宝箱から出てくるもので、高レア度からそうでないものまで様々あり、レアなものを植えるほど良いダンジョンとなるのだ。
ちなみに、冒険者学校で保有している実習用のダンジョンは、これを量産型に品種改良したものを植えることによって創られている。
こうして聞くと植物のようであるのだが。
正に言いえて妙であり、良い土と水、そして日光が適度にあると、より良いものになると考えられている。
なお、ダンジョンの種には注意点が一つある。
冒険者ギルドと呼ばれる場所があるが、手に入れた種は必ず、ギルドに買い取ってもらわなければならないということである。
種を手に入れた冒険者が、ところ構わず植えて、そこら中がダンジョンで溢れかえってしまうという事態を防ぐためだ。
それが原因で大きな災厄が日本でも起きているため、破った者には厳罰が科されることとなっていた。
そして、肝心な買い取り価格の基準であるが。
これは驚くことに、冒険者たちに知らされていない。
彼らが知っているのは、ギルドで種の良し悪しを判別出来る“何か”があり、それによって買い取り価格を決めているという大まかなものだ。
その後、冒険者から種を買い取ったギルドは、その旨を国に伝え、国は有識者を国会に集め議論を重ねて、それを基として計画的に種を植え、ダンジョンを創っていくというのが一連の流れとなっていた。
自然発生と種。
二種類の方法で創られたダンジョンのうち、潜ることが出来ると駈が述べたものは、前者である。
日本では約十年ぶりの出来事だった。
ところで、ダンジョンが自然発生したことを認識した瞬間、それは国の厳重な管理下に置かれる。
その理由はダンジョンを育てるためだ。
基本的に、ダンジョンが出来上がってからの期間が長ければ長いほど、それはより凶悪なものへと変化していく。
しかし裏を返せば、ダンジョンが成長して高価な素材を取得出来るようになる。
つまり、リターンが大きくなるということも意味している。
ある程度まで時間を置いた方が、人々にとって恵みの多く美味しいダンジョンになるのだ。
特に自然発生したダンジョンについては、種を植えて創られるものに比べて良い意味でよく育つため、植えたものよりも厳重に管理するのだった。
種を品種改良することよって、自然発生のダンジョン並みに良く育つものを創ることが出来るよう、色々試行錯誤されているのだが。
未だ成功には至っていない。
精々が実習用のダンジョンを創れるようになったことくらいしか、成果が出ていなかった。
そんな創られたばかりの大事なダンジョンを育てるため、上位の冒険者に対しては入場規制がかけられている。
完全攻略をさせないためだ。
完全攻略とは、最奥部にいる番人と呼ばれるモンスターを倒し、そこで守られているダンジョンコアを取得することである。
完全攻略を目指す冒険者は多い。
理由は単純で、ダンジョンコアが高価なものだからだ。
コアは非常に強大な魔力を秘めており、様々な用途に用いることができる。
最も多い使い道としてはエネルギー源だ。
魔力を動力源とした炉に、コアを一つ放り込めば、一国の発電を賄うことが出来るほどのエネルギーが、決まった量で途切れることなく生成されていく。
その期間は、実に数十年に渡る。
危険な物質が発生したり、暴発したりというリスクもほとんどない。
それゆえ、超が数個付くほどの高値で取引されているのだ。
そんなダンジョンコアであるが、その取得には制限がある。
上級上位以上の冒険者ランクを保持していなければ、コアの取得が認められないというものだ。
その目的は、コアを狙って、自分の冒険者ランクをあえて低いものにしておく、低ランク詐欺を防ぐことにある。
実は自然発生したダンジョンに限ってだが、発生してからの期間の長短に関わらず、コアだけほぼほぼ同一のものとなっている。
しかしながら、ダンジョンが発生して間もない場合、そこで出現するモンスターやコアを守る番人は相応に弱い。
もちろん、それでも下位の冒険者では手を出すことが出来ないくらいの強さであるのだが。
上級も中位ほどの実力があれば、完全攻略は容易い。
ちなみに、種を植えて創ったダンジョンについてだが。
長期間経たなければ、そのコアは使いものにならず非常に安価なものとなっている。
さらに付け加えると、どういう仕組みかは学者の間でも意見が分かれるところだが。
完全攻略されたダンジョンは数時間から一日も経てば、植物が枯れるように自然と消滅してしまう。
そこで、より美味しいダンジョンを創ること、長期間ダンジョンを利用すること、低ランク詐欺を防ぎランクの高い冒険者を増やすこと。
それらの事情が合致した結果、ダンジョンコア取得の制限が為されるのだった。
もし冒険者ランクという資格を持たず完全攻略した場合、罰金を支払う、取得したコアは没収される、冒険者証を剥奪のうえ再発行は不可、という罰に処されるため、よほどイカれている者がいなければ。
コア取得の制限はその役割を果たす訳だ。
上位ランクの冒険者に入場規制がかかっている今こそ、駈を始めとした下位の者たちにとっては稼ぎ時なのである。
稼ぎ時といっても低ランク同士の醜い争いがあり、それに勝利する必要はあるのだが。
見方を変えると、この規制はある意味で低ランク冒険者への支援にもなっていると言われていた。
無論、駈には自信がある。
意地汚く稼ぐことには定評があるともっぱらの噂だ。
自分の中だけでのものであるが。
考え事をしていた駈の足元で、カラン、という乾いた音が鳴る。
旧きもの改め、ウーダから贈られた脇差しだった。
ふと、駈は考える。
おもむろに部屋にヒモがないか探し、見つけ出したそれを使って、脇差しを腰のベルトに巻き付ける。
今日の実習でも使用した、予備として取っておいたお古の装備品で身を包み。
「よし、明日じゃなくて今日の夜から潜りに行くかぁ」
より稼ぐにはどうすればいいか。
果たして駈は、今日潜るという判断をするのだった。
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