ダンジョン実習と旧きもの2
それは咄嗟の反応だった。
自らを切らんとしてきた刀を、腰から抜いた鞘に納めたままの武器によって、何とか防いだ駈。
ギリギリと、つばぜり合いを演じながら゛旧きもの゛は呟く。
「ほ、やりおる。目はいいようじゃの」
駈は内心、ヒヤリとした。
反応が遅れていたら、切られている。
いや、殺されていたかもしれない。
確実な命の危険が、そこにあったのだ。
確かに仕合うとは言っていた。
だが、死合うの方だとは夢にも思わなかった駈は、武器を握りしめながら舌を打つ。
゛旧きもの゛はどうやら腕力がそこまでないらしく、自分の力でも弾き返すことができそうだ。
そう感じた駈は、つばぜり合いをしている自らの腕に力を込める。
駈の判断を読んだのか。
“旧きものは”逆らわずに、その反動を利用して後ろに飛び退いた。
駈はその隙に、淀みない動きで鞘からスッと武器を抜く。
そのスムーズな動作を見た“旧きもの”の口から、『ほう……』という感心の息が漏れ出た。
スタッと身軽に着地した“旧きものは”、おもむろに自らの人差し指を突き出し、“攻撃”の意思表示。
「次はこれじゃ」
駈の体がゾワッと寒気立つ。
嫌な予感、直感に従いなりふり構わず横に転がった。
その直後、汗を拭う手間も惜しんだ駈の耳は、ジュウと何かが焼けるような音を捉えた。
自分がいた場所を目にした駈の表情が、驚愕の色に染められる。
駈の目からでもわずかしか確認できない、直径数センチの小さな穴が開いていた。
その周りには、何かが焦げたような痕が見えている。
ダンジョンの地面さえも溶かすほどの熱線が、゛旧きもの゛の指先から放たれていた。
刀の次がレーザーとは時代錯誤も甚だしい。
内心毒づいた駈は、すぐさま立ち上がって武器を構え、゛旧きもの゛の方を向く。
彼は少し呆れたように、駈を見ていた。
「これも避けるか。小賢しいほどに反応が早いの」
「お褒めの言葉をどうもありがとう。小賢しいついでに、諦めてくれると助かるんですが」
ただの実習を受けていたはずなのだが、それが一転、いつの間にか命のやり取りに早替わりしている。
いや、自分が一方的にやられているだけであり、最早やり取りですらない。
そんなヒリヒリとした焦燥感や苛立ちを、駈は感じていた。
ブラッドマンティスと対峙した時でさえ、そのような心情を浮かべていなかったのだが、そのことを特に自覚もしていない駈は、とにかく攻撃を避けて避けて避けまくるしかないと身構える。
「あわよくば引いてくれるもしれない、か?」
自らの内心を悟ったかのような“旧きもの”の言葉に、駈は目を見開いた。
心まで読めるような、そんな非常識な存在があっていいものだろうか、いやよくない。
駈は思わず、反語でツッコミを入れるが。
「ほっほ。おぬしの顔にそう書いておるわい。やはり分かりやすい男のようじゃのう。ぬしは」
これは愉快とばかりに゛旧きもの゛は笑った。
彼の言葉を聞いた駈が、ピクッと動きを止める。
そして次には、頭に浮かんだ疑問が、そのまま口を突いて出た。
「やはり、ですか……。 僕のことを知ってるんですか?」
打開策を考えるための時間を稼ぐ意味でも、駈は問いかける。
しかし、彼にとっては割と、気になることでもあった。
そう言えば……。
駈は今まで感じていた違和感に気付く。
この゛旧きもの゛は、自分を見た時に゛面影がある゛と言っていた。
こちらは゛旧きもの゛などという奇妙な存在に、知り合いはいないはずなのに。
だとすれば、どこかで会ったことがあるのか、それとも……。
「ふむ、頭の回転も悪くないと」
駈の思考に割り込んだ“旧きもの”は、その問いには答えなかった。
代わりに、好々爺としていた自らの表情を、変える。
顔から一切の感情が排除された。
「あい、わかった。では最後にしようかの」
“旧きもの”の雰囲気が変わったことに気付く駈だったが、彼の言葉には内心ホッとする。
と同時に少し拍子抜けした。
もっと無茶な何かがあると、思っていたからだ。
「拍子抜けしたか?」
抑揚のなくなった声音は、またもや駈の内心を言い当てた。
ペタペタと、自分の顔を触って確認する駈。
「正直、わしの゛今゛の状態では、これ以上速い攻撃が出せんからのう。先ほどの゛れーざー゛で精一杯じゃわい。当たらない攻撃を何発出しても、意味がない」
やはり、レーザーだったようだ。
次に同じものが来たら避けられる気がしないと、戦々恐々としていた駈だったが、今度こそ顔には出さないよう安堵する。
が。
(なんだっ……?! これ……?!)
気の緩みも束の間、生まれてからまるで経験したことがない、身体の底から身震いするほどの何かが、駈を襲った。
「恐かろう……。痛かろう……」
゛旧きもの゛が言うが、駈の耳には入ってこなかった。
憎悪だ。
抗いようもないほどの、強い怨みや憎しみ。
実態を持たないはずの感情が、ねちっこく粘っこく巨大な質量を持ったかのように、駈の身に振りかかってくる。
「わしの……。半身とも言える者たちが受けてきた痛みじゃ」
感情を排除したはずの面が、無意識の内しかめられていた。
間近にいる駈は頭を押さえてうずくまっており、“旧きもの”の表情の変化に気付いた者は、自身を含めて誰もいなかった。
「果たして今回のぬしにその資格があるのか。とくと見せてもらおう」




