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その箱を開けた世界で  作者: ナガズボン
第1章 鳳凰院 蓮火(仮題)
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ダンジョン実習と旧きもの2

 それは咄嗟の反応だった。


 自らを切らんとしてきた刀を、腰から抜いた鞘に納めたままの武器によって、何とか防いだ駈。


 ギリギリと、つばぜり合いを演じながら゛旧きもの゛は呟く。


「ほ、やりおる。目はいいようじゃの」


 駈は内心、ヒヤリとした。

 反応が遅れていたら、切られている。

 いや、殺されていたかもしれない。

 確実な命の危険が、そこにあったのだ。


 確かに仕合うとは言っていた。

 だが、死合うの方だとは夢にも思わなかった駈は、武器を握りしめながら舌を打つ。


 ゛旧きもの゛はどうやら腕力がそこまでないらしく、自分の力でも弾き返すことができそうだ。

 そう感じた駈は、つばぜり合いをしている自らの腕に力を込める。


 駈の判断を読んだのか。

 “旧きものは”逆らわずに、その反動を利用して後ろに飛び退いた。


 駈はその隙に、淀みない動きで鞘からスッと武器を抜く。

 そのスムーズな動作を見た“旧きもの”の口から、『ほう……』という感心の息が漏れ出た。


 スタッと身軽に着地した“旧きものは”、おもむろに自らの人差し指を突き出し、“攻撃”の意思表示。


「次はこれじゃ」


 駈の体がゾワッと寒気立つ。

 嫌な予感、直感に従いなりふり構わず横に転がった。


 その直後、汗を拭う手間も惜しんだ駈の耳は、ジュウと何かが焼けるような音を捉えた。


 自分がいた場所を目にした駈の表情が、驚愕の色に染められる。


 駈の目からでもわずかしか確認できない、直径数センチの小さな穴が開いていた。

 その周りには、何かが焦げたような痕が見えている。

 

 ダンジョンの地面さえも溶かすほどの熱線が、゛旧きもの゛の指先から放たれていた。

 刀の次がレーザーとは時代錯誤も甚だしい。

 内心毒づいた駈は、すぐさま立ち上がって武器を構え、゛旧きもの゛の方を向く。

 彼は少し呆れたように、駈を見ていた。


「これも避けるか。小賢しいほどに反応が早いの」


「お褒めの言葉をどうもありがとう。小賢しいついでに、諦めてくれると助かるんですが」


 ただの実習を受けていたはずなのだが、それが一転、いつの間にか命のやり取りに早替わりしている。

 いや、自分が一方的にやられているだけであり、最早やり取りですらない。

 そんなヒリヒリとした焦燥感や苛立ちを、駈は感じていた。

 ブラッドマンティスと対峙した時でさえ、そのような心情を浮かべていなかったのだが、そのことを特に自覚もしていない駈は、とにかく攻撃を避けて避けて避けまくるしかないと身構える。


「あわよくば引いてくれるもしれない、か?」


 自らの内心を悟ったかのような“旧きもの”の言葉に、駈は目を見開いた。

 心まで読めるような、そんな非常識な存在があっていいものだろうか、いやよくない。

 駈は思わず、反語でツッコミを入れるが。


「ほっほ。おぬしの顔にそう書いておるわい。やはり分かりやすい男のようじゃのう。ぬしは」


 これは愉快とばかりに゛旧きもの゛は笑った。

 彼の言葉を聞いた駈が、ピクッと動きを止める。

 そして次には、頭に浮かんだ疑問が、そのまま口を突いて出た。


「やはり、ですか……。 僕のことを知ってるんですか?」


 打開策を考えるための時間を稼ぐ意味でも、駈は問いかける。

 しかし、彼にとっては割と、気になることでもあった。


 そう言えば……。

 駈は今まで感じていた違和感に気付く。


 この゛旧きもの゛は、自分を見た時に゛面影がある゛と言っていた。

 こちらは゛旧きもの゛などという奇妙な存在に、知り合いはいないはずなのに。

 だとすれば、どこかで会ったことがあるのか、それとも……。


「ふむ、頭の回転も悪くないと」


 駈の思考に割り込んだ“旧きもの”は、その問いには答えなかった。

 代わりに、好々爺としていた自らの表情を、変える。

 顔から一切の感情が排除された。


「あい、わかった。では最後にしようかの」


 “旧きもの”の雰囲気が変わったことに気付く駈だったが、彼の言葉には内心ホッとする。

 と同時に少し拍子抜けした。

 もっと無茶な何かがあると、思っていたからだ。


「拍子抜けしたか?」


 抑揚のなくなった声音は、またもや駈の内心を言い当てた。

 ペタペタと、自分の顔を触って確認する駈。


「正直、わしの゛今゛の状態では、これ以上速い攻撃が出せんからのう。先ほどの゛れーざー゛で精一杯じゃわい。当たらない攻撃を何発出しても、意味がない」


 やはり、レーザーだったようだ。

 次に同じものが来たら避けられる気がしないと、戦々恐々としていた駈だったが、今度こそ顔には出さないよう安堵する。


 が。


(なんだっ……?! これ……?!)


 気の緩みも束の間、生まれてからまるで経験したことがない、身体の底から身震いするほどの何かが、駈を襲った。


「恐かろう……。痛かろう……」


 ゛旧きもの゛が言うが、駈の耳には入ってこなかった。


 憎悪だ。

 抗いようもないほどの、強い怨みや憎しみ。

 実態を持たないはずの感情が、ねちっこく粘っこく巨大な質量を持ったかのように、駈の身に振りかかってくる。


「わしの……。半身とも言える者たちが受けてきた痛みじゃ」


 感情を排除したはずの面が、無意識の内しかめられていた。

 間近にいる駈は頭を押さえてうずくまっており、“旧きもの”の表情の変化に気付いた者は、自身を含めて誰もいなかった。


「果たして今回のぬしにその資格があるのか。とくと見せてもらおう」


 


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