第三話 「夢」
私は丘の上で、喜びにひたっていた。ぴょんぴょん跳ねたり、ちょっと駆けだしてみたり、バックステップを踏んでみたり、と、とにかく「足」があることでできる様々のことを楽しんでいた。
めちゃくちゃ楽しい!
だって。
リアルの私は、右足がないのだから。
いつも、義足で生活している。
子供のころ、事故で、右足を切断した。それ以来、私は義足を常につけて、動いている。
私の仕事はギタリストで、作曲家で、歌を歌うこともある。
両手があるから、ギターを弾くことにはそんなに不都合はないが、ライヴで足下の機材 (エフェクター)を操作するときに、それなりに困るくらいだ。でも私なりに工夫して、問題はないようにした。まあ、ライヴでは突っ立っている面白味のないプレイスタイルなんだけどさ……。
それよりも、問題なのは、私はこの足(義足)のせいで、長距離の歩行が困難だ、ということだ。
そして、私は、昔から、世界中を旅してみたい、という夢を持っていた。
いつからだろう。子供の頃、いろんな旅行記や図鑑を見て、いろんな世界に対する興味がわき出てきたからか。いや、様々な国の音楽をきいて、自然にその国文化に対する興味がでるのも自然だろう。……というか、自分のメンタリティは、「旅」というものに引きつけられる傾向にあったのだろうな。
それが、全部、あの事件によって足が失われ、夢は潰えた。
義足のまま、世界中をアクティヴに動き回ることは、不可能に近い。なにせ、隣町まで歩いていくのでさえ、かなり疲れるのだ。
子供のころからの夢は、こういう形で、簡単に「見果てぬ夢」になった。有り体にいえば、不可能になった、ということ。
できない夢を抱えながら生きる、というのは、なかなかにつらい。
なにせ、世の人々は、当たり前のようにそれができているからだ。日帰りの旅行にしても、海外旅行にしても、できるものなら世界一周でも。
うらやましかった。
両方の足がきちんとあれば、私にも、そういったことができたのに。
私は、あまり嫉妬の心を抱かない人間だ。珍しい、といわれる。でも、ほんとに抱かない。それでも、この件に関してだけは、いささかどうしようもない暗い感情を持つ。
でも……
このVRMMOがあれば……
だから、私は望んだのだ。
「なにがあっても、くじけない足を」
と。
私は木のもと、丘の上に立って、とても穏やかで満ち足りた気持ちになっていた。
「なんかずっとここにいたいなぁ……」
そうつぶやいた。
「アホか」
そういわれて、私は振り向いた。そしたら、木陰から、一人の男性がひょっこり顔をだした。
「その顔……その声……西乃助だね?」
「このゲーム世界では、ゼファーと呼べ」
すると、私の目の前に、画面がでて、彼の名前と、ちょっとした情報が記述されている。
「ゼファー、LV91 魔法剣士」
「ゼファーっていうのが、あんさんの名前なんだ」
Zephyr、西風。まあ妥当なとこかな。
目の前にいる男は、リアルのそれと同じく、長身。癖のある黒髪。当然アクの強いイケメンである。体つきは、りゅうとしつつもしっかりと鍛えられており、それを薄い鎧で包んでいる。背中に長い剣、腰に、それほど長くない剣を備える。
「まあよろしく、といったとこか。どうだ、気分は?」」
「最高だよ」
「だろうな。……すまんが、俺にはそこんとこの喜びはよくわからない」
「気にしなくていいって。むしろ私だけの幸せにしたいね」
「そか。さて……ルルィ?」
「ん? 私は瑠璃だけど?」
「いや、自分の情報欄見て見ろよ」
私はちょっと操作して、自分のステータス画面を見てみる。すると、私の名前の欄には「ルルィ」と書かれていた。
えーーーーー。
おかしいな、ちゃんとルリ、って入力したつもりだけど。
ひょっとして……
「音声の入力ミスをしてしまったか、機械側が誤認識したか。ルリ、が、ルルィ、になっちゃった……ねえ、変えることってできないの?」
「リネーム機能はないわけではないが……まあいいじゃねえか、ルルィ。アバターネーム、ハンドルネームとして、そんなに悪くはねえ。むしろゲームプレイにおいては、いい感じなんじゃね? あんまりない名前だし」
「そういうもんかね」
「そーそー……んで、おまえ……」
「ん?」
「エラくマイナーなモン選んだな……」
「ああ、【花屋】」
「正直、俺、それでなにすんのかぜんぜんわかんねえ」
「古参ゲーマーでも?」
「このゲームは、拡張拡張で、カオスになってて、この世界のすべてを把握してるやつなんていやしねえ。そこにおいて、こんなマイナー職業の追加。それが真意があるのか、ただの気まぐれなのか、それもわかんねえ」
「気まぐれって」
「実際、そういうネタ職業ってのもあるんだ。ジャグラーって職業もあるからな……」
「ジャグラーでなにするんだろう……」
「ジャグリングじゃねえの。おまえの花屋も同じようなもんだが」
「でも、まあ、花屋って嫌いじゃないし。お花や植物、好きだし」
「ふうん、まあいいや。んで、おまえのその服装、なんとも、なんとも、だな」
私がいつも着ているような、フェミニンなカーディガンの柔らかな色彩や、フレアのロングスカートのひらひらさを、大いに隠しまくってやまない、フード付きのマント。
これではまるで……
「なんか、おまえ、死神みてえ。チルドレン・オブ・ボドムのジャケットのあれ」
チルドレン・オブ・ボドムとは、私も大好きな、フィンランドのデスメタルのカリスマである。ヤオヤオ。
しかし。
「女の子に死神ってどうかね?」
「おまえのキャラメイキングがどうかね、だよ」
あきれられた。確かに、かっこよさでいったら、眼前の西乃助……じゃなかった、ゼファーのほうがいけているのであるからして。
「だってさ、荷物を多くするわけにはいかないじゃない。このマントだったら、毛布にもなるし、カッパにもなるし」
「すげえ実用的理由……!」
「だって、世界の果てまで旅をするんだもんね。私の夢、そのもの。だったら、荷物は少ないほうがいいよ」
そう。
私の夢。
それは、世界の果てまで、旅をする、ということ。
このDDBオンラインの世界は広い。広すぎる。そのことをいろんな人から聞いていた。とくにゼファーから。
だったら、この世界を隅々まで歩くことができたら、私の夢は結構叶うのではなかろうか?
というのが、私のモクロミだった。
そのためには、足が必要だった。
そして、旅を達成するために、いろいろなものが必要だと思った。直感的に、このようなマントも必要だと思ったのだ。花屋については……まあ、気まぐれ?
とにかく、私は、自分の状態を用意するにあたって、すべてを「長旅用チューン」するつもりだった。
「はぁ……おまえ、ほんとに世界の果てまで旅するつもりなんだな」
「それができるから、これやる、っていったでしょ?」
「まあそうなんだがな。俺もそれで釣ったクチだし……んじゃ、丘降りるか。あそこに町あるだろ」
ゼファーが指さした先には、大きな町があった。
「そこで、とりあえず今後の詳しい相談と、情報収集、そんで、装備や物資の調達しようぜ。旅の、はじまりだ」
「よーし、いくぞー!」
私は、夢の第一歩を踏みだした。




