第二十二話「中国サーバ秘密管理区域【失われた大陸】(1)」
ここから第三章です。そして、ルルィの旅――「世界一周」の本当の意味でのはじまりです。
……数学者の視点……
……象亀の世界……
……もしくは光に包まれて……?
頭がぼんやりして、そんな文言が脳内を去来する。
どーにもふわふわするな。私は光に包まれて、眼前の光景がさっぱわかんない。
最後に見た景色は、ゴンゴンゴンとフレイムドラゴンに自壊されて砕けていくフィールドだった。それだけ。
さすがにVRギアということで、過度の痛みというのはないけど、でもなんか、酒に酔ったような酩酊感はある。ほわあっとした感じ。それでこのような、光に満たされている感覚になっとるのだろうか……
なんとなくいい気持ちである。……って、それ単に寝落ちしてるだけって話じゃあるまいな。私は意識をしっかり保とうとする。
そんなこんなをしてると、やがてノイズが視界にまじった。ジジッ……ヴィヴィッ……と、独特のノイズ音をして、視界がゆがむ。と同時に、視界が晴れてもくる。これまでが光という、クリーム色にも似た白い世界だったのに対し、きちんとヴィヴィッドな色を持った、正常な世界へ……
で、気づいたときには、ベッドの上で寝ていた。
ただし、ここは「氷中の花」のギルドハウスの私の部屋ではないことは、すぐに見て取れた。なんといっても、すぐ側で、パチパチと火花をたてている囲炉裏があって、そこを数人が囲んでいたからだ。
「うーん……」
私は状況がいまいち飲み込めず、頭に手をかざして、むくりと起きあがる。
「あ、起きた」
囲炉裏で魚やキリタンポを焼きながら、何か(賭けてもいいが、ゲーム内アルコール度数がないはずがあるまい)を飲んでいるうちの一人が、私のほうに向かってきた。
「大丈夫? 気分悪くない?」
「おいしそうな匂いが漂ってくるよ」
「お、五感と三大欲求は正常だね」
「誰がエロス魔神やねん」
「ついでに頭のキレもなかなかだ。では、この地へようこそ……と言っていいのかな? イレギュラーゲーマーさん」
「……まずは、私が置かれている状況を……」
私と会話をしているひとは、白い服に身を包んだ、髪を刈り上げている男性だった。ヒゲをちょっとだけ今風に伸ばしている。白い服はところどころ汚れていて、腰にナイフを2本下げている。ただ、不潔感というのは、不思議なほどなかった。
「んー、君が置かれている状況、というよりはまず、君のパーティと連絡を取ったほうがいいんじゃないかな?」
「あ、そうか。ゼファーたちか……そうだよ、これゲームなんだから……」
私もちょっと動転していたようだ。というわけで、連絡をとってみようと、コマンドからギルドチャットを展開して、連絡をとって見ようとする……
が。
「……んー? あれー? 相手とつながらない……」
この状況だったら、常時チャットはつながっているはずなのに、どうにもゼファーからの反応が薄い。というより、こない。ぜんぜん。
「ツヴァイ、ひょっとして、サーバ移転したから……」
囲炉裏で呑んでいる人のうち、青い、中華っぽい上品な服を着た女性が、私の側の男性に向けていう。
「……あー、そうか。言われてみれば今更か」
「……サーバ? ここって、日本のサーバじゃないの?」
白い服の今風ヒゲ男性は、首を振っていう。
「違うよ、ここは中華サーバ。えと、君は日本人なのかな?」
「うん。じゃあ、貴方たちは中国人?」
「全員じゃない。僕らDDBオンラインプログラマチームはいろんな国籍のひとがいるからね。この場でくっちゃべっているのも、日本人と、中国人と、アメリカ人だよ」
「……」
さらにもう一人、中華ルックの女性の隣で魚をワイルドに食べている、大柄で、長い髪に、アメリカインディアンっぽい羽飾りをつけた厳つい顔の男性が、ゆっくり首を振って、うなずいた。
「……え?」
「とはいっても、君はほんとイレギュラーなんだよなぁ……僕らの隠れ家に、どうやって来たっていうのか。はじめはクラッカーがカチコミしにきたのかと思ったけど」
「ちょ、ちょっと待って。あなたたちって……」
「……あれ? 説明してなかったっけ?」
白い服の男性……ツヴァイと呼ばれたひとは、不思議そうに首をかしげる。
「……ツヴァイ、おまえの悪い癖だ。事実の前後関係をすっとばす」
大柄で厳つい男性が、静かに指摘する。威厳があるな……。
「ああ、こりゃ失礼。確かに僕の悪い癖だ。それじゃ、君のほうから質問してくれないかな? そのほうがわかりやすかろうと思う」
「うん……というか……ああ、じゃあ、まずは第一の質問……の前に、私はルルィっていって、日本のゲーマーです」
「うん、知ってる」
「こら、ツヴァイ、話が煩雑になる」
青い中華服の女性がつっこむ。「ああ失礼、あなた、続けてください」
「まずカチコミって線はないよ……だって私、ゲーム初心者だもん」
そこの点ははじめっから除外しておきたい。私はきちんと説明する。
「ほんと?」
そう尋ねてくる女性の声は、どこか生真面目だ。ユーモアがないわけではないが。
「だって、私、プレイ2日目だもん」
「……!」
「……!」
「……!」
その場にいる三人が三人とも、驚愕の視線で私を見つめる。照れるぜ。
「君、超豪運のようだね、プレイ2日目でこういうとこに迷いこんでくるなんて」
「この職やってて結構たつけど、そんな初心者でこの【失われた大陸】への道をつかむなんて……」
「……いや、初心者だからこそのビギナーズラック、というのもありうる。それにしたって豪運なのは間違いないが」
三人が三人とも、一様に「あり得ない」という反応を示す。しかし「あり得ない」のは私のほうもで……
「……というか、貴方たちがDDBオンラインの中核メンバーって、ほんと?」
「ほんとほんと」
ツヴァイが軽くいう。そのあまりの軽さと、状況のアレさに、私は妙に染みいるように信じ込んでしまったのであった。
実際、彼らが当代いちのVRゲームのプログラマである、ということは、彼らが私のゲームアバターの設定にちょちょいと手を加えて、ゼファーたち「氷中の花」と連絡がとれた、ということで、すぐに知ることができた。
「ちょ、ルルィ、無事なのか?」
「一応ね……親切なひとに助けられて、今中華サーバにいます」
「ちゅ、中華サーバ!? ずいぶん飛んだなぁ……」
チャットの向こうからは、あきれたゼファーの声が聞こえてくる。そして、ひとしきり嘆息したあと、ゼファーはいう。
「ぶえええええんお姉ちゃああん」
トルゼが涙ながらにコンタクトをとってくる。
「あー泣かない、泣かない。私は平気だから」
「ぶえええええんルルィさああああああああん」
「お前誰だ!」
いきなり飛び込んできた青年の泣き声に私はびっくりした。
「ぶえ、俺です、ジュンです」
「え、ジュン!?」
さらにびっくりした。君ってこんなキャラだったっけ……?
「あー……こいつは一皮むけばこんな奴だぞ。タンクのくせして、一度ツボに入ったら弱いっていうか」
「そうなんだ」
「それよりも」
「ん?」
「おまえ、無茶しすぎ。バカ野郎」
ゼファーが、それなりに真剣な声色で、叱る。
「ごめん」
私は素直に謝る。確かに、超絶ヤバい行動を踏んでたのを、今更に思い出す。そういわれても、しょうがない。
「簡単に撤退したってよかったんだぞ、あの場合」
「なんかねー、衝動的に体が動いちゃって」
「そこだよ、ジュンなんか、あのあと即座にお前助けようとして、泣きながら最高級エリクサー使おうとしてさ。またあのダンジョン深くに行くつもりだったんだろうが」
「当たり前じゃんか、ギルマス。恩を返さねば」
「今までのジュンのイメージが結構刷新されていくよ」
逆にびっくりである。
「まあそんなわけで、俺らはお前以外、無事であります」
「うーん、悪かったってば」
「反省が足りん。……いいか、【氷中の花】の基本精神、忘れたか?」
「【たのしくゲームプレイ】……」
ああ、そうか。
私は、今更ながら、この言葉の意味を思う。
「お前のは……なぁ……まあ燃える展開と呼べなくはないが、それでも自己犠牲ってのはどうよ」
「そういうつもりもないんだけど」
「でもまあ、【軽ーくひと狩り】っていうので済ましとくべきだったかな、俺も」
「いやそっちこそ、今更ぐちぐちいってもしょうがないでしょ」
「まあなぁ。結局「たられば」話だし」
「じゃ、この話はこれまで、かな」
「俺とお前の間ではな。お前のこと……今の二人も、そいからメフィリアもMK2も、そしてほかのギルメンみんなが心配してるっつの」
「うーん、それはそれは……」
ありがたい話だよね。
「というわけで、お前にクエストを授けます」
「はい」
「無事に日本サーバまで戻ってこい」
「……かっこいいこと言うね」
「……まあ、俺たちが遠征組むって話もあるんだがな。とくにジュンなんか【行くぞ行くぞ!】って言ってるんだが、ギルドとしては、お前救出にリソース全部をさくわけにはいかんし」
「大丈夫、まあ、なんとかやってみるよ」
「まあお前ならなんとかなるだろ。リアル俺らんなかで図抜けて、【なんとかなりそうな奴】の筆頭ではあるし」
「すごい意味合いだねそれ」
「それも含めてのゲームプレイかな、と思う。【ゲームも人】、というわけだ。……お前を助けてくれたひとたち、このゲームのプログラマなんだろ? やっぱ【ゲームも人】、なんだよ」
「そっか……そうだね」
そんなこんなで、チャットが閉じる。
「いい仲間じゃないか」
「見てたんかい、あんさん達」
私は背後で穏やかな笑みを浮かべるプログラマ三羽カラスを見る。ツヴァイは言う。
「こうやって健全に楽しんでもらえる、っていうのが、僕らの仕事の意味であり、報酬なわけさ」
「なるほど」
「さて、それでは懸案の、今の君――ルルィが置かれている状況を説明しよう」
その顔つきは、静かでありながら、決して威圧感を与えるものではなかった。……それなりに神妙なんだけど。




