第六十七話 『例の、アレ』
『強いって?二人がかりならって?い、い、よぉ、、来てきて、早く来て』
ピョンピョンと嬉しそうに飛び回るルシファー。光森と瑪瑙は、そろって構えた。
「よし、行くぞ、鵜崎」
「はいなのですよ」
光森が声に出した。頭の中で会話が成立するといってもやはりこっちの方が気合いが入る。
先手は光森だ。妖怪相手に調整した拳を突き出す。当たればそれなりにダメージを与えれらかもしれない。が、素早くて当たらない。しかしここからが違う。
瑪瑙がいる。
瑪瑙は得意の水鉄砲による呪力弾を打ち出す。緑色の光弾は複数放たれルシファーを狙い打つ。
『あ、た、ら、な、い、ぞぅ』
ニンマリといやらしそうに笑う。馬鹿にしたような曲線だ。その口を驚かせてやれ、光森は瑪瑙に伝えた。
「くらいなさいっ」
瑪瑙は片手で印を結び、言葉を早口で捲し立てた。途端、光の弾丸だった呪力は、破裂して閃光弾となった。ただし与えるのは光だけではなく、呪力による微力ながらの攻撃だ。
思わずルシファーも眉間にしわを寄せて、一瞬だが足が止まる。一瞬でいい。その一瞬を狙い、光森が間を詰めた。
「躊躇いはある…だけどな、そう言ってばかりはいらんないんだよっ」
瑪瑙が後方でサポーターを買ってでてくれるなら、自分はインファイターに専念できる。付け焼き刃だが、最高の組み合わせだ。
右の拳が綺麗な直線でルシファーの腹部にめり込む。見た目が小学生の女の子のようだろうと妖怪であり、今は敵だ。何より強いだろうことはわかっている。
どうだ。光森は直撃の感触だけは確かにあった。ところが、
『…………いったぁ!い、た、い、ってぇの!』
ルシファーの目が開かれ、その敵意に光森は当てられた。ほとんどダメージを受けていないらしい。涙目にもみえる見た目からは想像もしたくない気配に、背筋に寒気が走る。やっぱり妖怪だ。そう思ってしまった。
そう思った瞬間、
『そ、ん、な、や、つ、は、吹っ飛びやがれ』
彼女も拳を握り締め、天にかざしたかと思うと勢いよく降り下ろした。
すると、空から満月が落ちてきた。
「あっぶねぇ」
緊急回避は成功した。しかし空から突如落ちてきた物に目を奪われる。黄色く眩く輝く球状のもの。ところどころの陰り。どうみても満月だ。問題は大きさか。
いや、そういう問題じゃねぇだろ。光森は自分に突っ込んだ。
「なんだ、ありゃ」
「わからないのです。空から突然、あれは落ちてきたのです」
「だよな」
瑪瑙もやはりわからないらしい。ルシファーは楽しそうにニヤニヤしている。
『ふっふーん。な、ん、に、も、知らない人間たちに教えてあげる』
満月のような球体を、見えない何かで繋げてブンブン振り回しながらルシファーは言う。どや顔のしたり顔だ。知らない相手に知識をひけらかすことで優越感を覚えた顔だ。その顔を光森は、金髪の後輩の顔に重ねてイラつきを覚えた。
『妖怪の妖力ってのはねぇ、ちょ、う、え、つ、へ、ん、げ、って特性があっていろんなものの形を変えられるの』
「…ん?それなら知ってるよな」
「そう…なのですね。九津さんたちから耳タコなのですよ」
だからだろうか、自慢気に語る彼女にそう二人が答えたときの顔は、最高にいい顔だった。光森にとって。
そんな二人を見抜いてか、ルシファーはだんだんと怒りで体を震わせてきてる。
『やっぱ…つ、ま、ん、な、い』
赤らめて、悔しそうで、人間のようにもみえるその表情を歪め、彼女は勢いをつけて満月のようなものを回し始めた。当てる気満々だ。
『いいよ、いいよ、もう、お、し、え、て、あ、げ、な、い、よぉっ』
勢いよく投げつけてくる。二人は別れて飛んだ。
『甘い、あ、ま、い、よっ』
ルシファーに嬉しそうに目を細め、口角を持ち上げた。すると、満月のようなものは、三日月のようなものになり、あり得ない軌道で光森を襲った。
ギリギリで光森はかわしたが、かすった上着がスパッと切れた。相当な切れ味になっているらしい。
先ほどまでの鉄球からの変化に光森が声をなくして驚いていると、ルシファーの甲高い笑い声が聞こえてきた。
『いい顔してるねぇ、お、ど、ろ、い、て、くれたんだ』
「それはなんなのですか」
瑪瑙が尋ねた。
『これはねぇ、私の、か、ら、だ、の、い、ち、ぶ。妖力で変化させながら丹念に丁寧に守られた武器になる、ね』
答えるルシファーは教える優越感が満たされたのか、終始ニコニコして口が軽い。
「体の一部?」
『そ、う、だ、よ。私だってね、大きくなろうと思えば大きくなれるんだよ。だけどさ、今どきで言ったら…ぎゃっぷ?その差のふり幅が大きい方が面白いじゃん』
「なんだよ、それ」
『わ、か、ら、な、い?つまり小さい体を馬鹿にするような奴を、こいつを使って一気に倒すの。すっごい面白いと思わない?』
わからなかった。それは一体、どう言うことだ。
光森たちが怪訝そうに見つめると、 ルシファーは目をギラギラさせて舌をなめた。
遠い昔、地上に降りた妖怪がいた。その妖怪は、わざと体を小さく見せて、敵を誘った。
この世界の獣、同胞はもちろん、人間たちだ。
ときに欺き、ときに企て、自分よりも強いと思っている奴らを仕留めてきた。それが楽しくて仕方がなかったのだ。
そしてあるとき、その妖怪は注意された。人間たちの世界は、人間たちによって滅びなければならない。お前のやっていることは、その道を閉ざすことだと。
妖怪は笑った。こんな楽しいことをやめられるか、と。すると封印された。地上から離れた満ちた月に、赤い力の王によって。
妖怪は恨んだ。しかしそれも最初のうちだけだ。なぜなら月から見る人間たちはどんどん賢く、あざとく進化を遂げていったからだ。面白い存在になっていたからだ。あれを倒せたらどれ程楽しいだろうかと想像して。
何より、その慈悲深き赤い王は、自分に戦ってもいい理由を与えてくれたのだ。正当に、誰にも邪魔されることない理由を。
理由、それは人間たちが、王たちの力に過度に触れた場合だった。
それで充分だった。
王の力に触れ、酔いしれながらよりいっそう自分を下に見るだろう人間たちを仕留めることは、おそらく極上に楽しいはずだから。
妖怪は、その小さな体に秘めた力を研ぎ澄ました。
『強い奴を倒すんじゃなくって、こ、の、わ、た、し、を、見くびってるような奴を、ぎったんぎったんの、ばったんばったんに、た、お、し、て、や、る、の、が、楽しいの』
ルシファーは陶酔するようににやけている。もう彼女の中で光森たちは、自分を見くびってる敵で、自分には勝てない敵になっているらしいことがようやくわかった。
ああ、なるほど。光森は納得した。そして頭を振って、溜め息を漏らした。
「その認識は間違ってるよな、鵜崎」
「そうなのですよね、先輩さん」
瑪瑙も似たような感じで即答した。
二人して困ったちゃんを見る目付きになる。本当に二人にとっては困ったことだからだ。
大間違いのルシファーに対して。
「あのな…」
『な、に、よ』
言いにくそうに頭をかきながら光森が口を開くと、いい調子だったのを邪魔されたからか、少しだけ口を尖らせてルシファーは応えた。
「俺たちはお前を見くびってはいない」
『はぁ?う、そ、ば、っか。私のことを見た目で判断してたでしょ』
「あくまで見た目の話だ」
今度は向こうが怪訝そうに見る。
『だ、か、ら、それが』
「躊躇いを促すための作戦かと思ってた。何せ妖怪は、変幻自在の奴ばっかだからな」
有無を言わさずいい続ける。
「でも違ったんだな。作戦じゃなくて趣向だったなんてな。どっちにしろ趣味の悪いこった…んでお前も間違ってる」
「そうなのです。私は貴方に躊躇いこそあれど、見た目で弱いだろうなどと、一切喝采思っていないのですっ!」
『はぁ?い、み、が、わかんないんですけど。普通はこっちの奴らはそう思うんじゃないの?』
膨れっ面のルシファーは、ぶん、と満月を飛ばしてきた。三日月になり、軌道修正して追撃がくる。今回は大振りに散らしただけだったので、二人は容易く避けた。
「わかりませんか?わかりませんよね」
瑪瑙と光森は指折り数えだした。
ヘラヘラした金髪の少年は、自分たちの想像もしない知識を持っていた。見た目に頭の悪そうなのに、悪いのは軽い性格だけだった。
凛とした黒髪の少女は、自分たちの理解の及ばないような世界を生きていた。見た目は清楚系のお嬢様なのに、まさかバリバリの戦闘系だったとは。
ふてぶてしい白髪の少女は、そもそも人間でさえなく、それでも違和感なく馴染んでいた。むしろ馴染み過ぎて妖怪であることを疑いたくなるほどだ。
何より、自分たちよりも年下の少女が、自分たちよりも知識を持ち、強く、逞しいことがあるなんて、とっくの昔に知っているのだ。いくら利発そうだからってそれはないだろ、と文句を言ったところで変わらないことも含めて、全部。
「とにかくだ、俺たちはお前を見くびってはいない。むしろ見た目に反した奴らがごろごろ居すぎだろう…くらいに悲しくなってきている。そして今、躊躇いさえも捨てたられた」
「ええ、よくよく考えてみると九津さんと関わってから何度悔し涙を飲んだことか…そう言うことなので、一応先に言っとくのですが、そんな私たちは、揃えると結構強いのですよ」
二人は例のあれを使うことを伝えあった。
──避けながらになるだろが、大丈夫か。
──ふふふ、なめないで欲しいのですよ、先輩さん。先輩さんの方こそいけるのですか。
──はは、頼もしいな。こっちもいける。
──呪術師の本当の切り札は、奥の手であり、億の手なのです。見せてやりましょう、皆さんに。這い上がりコンビの真髄を。
──マスター、そこはトリオでお願いしたいところだったけど…まぁ、いいか。僕は僕で忙しいしね
瑪瑙が両手で印を結んだ。彼女特製の札により制御された呪力が、高まりながら彼女を包む。それを言葉と声で術式に変える。あとは時間だ。
不振に思ったルシファーは当然、瑪瑙を狙ってくる。渾身の力を込めて、ルシファーの満月を受け止める光森。その姿は限界を越えすぎたため、性別が逆転しいた。こうなれば時間の制限はかかるが、より強くなっている。それでも一撃を踏ん張るので精一杯だ。数は受けきれないぞ、そう思い瑪瑙を見ると、コクりと頷いた。
「いくのですよ」
アーサンに手伝ってもらったことにより時間は本来よりも早く仕上げることが出来た。
瑪瑙から溢れる呪力が光森も包んだ。完成する。
「お、きたな」
満月を受け止め踏ん張る光森の目に輝きが宿る。瑪瑙と同じ呪力染眼だ。
その気配に怪しく思ったルシファーは満月を引き戻した。即座にまた追撃をする。今度は受け止められないように三日月の形だ。
光森は当然避ける、かと思ったが避けなかった。それを手のひらで受け止めようというのか、突き出してきた。
『あんた、ば、か、じゃ、な、い、の?それじゃぁ、ぶったぎられるよぉ』
フッ、と笑みを浮かべるルシファーの顔は、言葉とは裏腹に全く躊躇する様子はなかった。その行動の意味がなんなのかはわからない。もしかしたら自暴自棄に近い行為なのかもしれない。幾人かそう言う類いも見てきた彼女ならではの、勘違いだった。
なぜなら光森は、自暴自棄にもなっていないし諦めてもいないからだ。彼は少女の顔で、彼らしく笑っていた。
三日月の刃が光森の手のひらに触れる。その瞬間、三日月の刃は消えた。
『はぁ、はぁっ?消え、え、消えた?』
「ご心配、ありがとよ。けどな、無用だよ」
呪力染眼を片方だけ輝かせながら光森は上を指差した。
「返すぜ、その月。大切なんだろ?とっときな」
『なっ、に』
するとルシファーの真上にあの三日月が直接落ちてきた。
驚きながらも「」は、自身の寸前のところで三日月を止めた。彼女の意思で動かしているあの三日月は、やはり彼女には効かないようだった。
しかしだ。
「俺にはもう、そう言う物理攻撃は効かないぜ」
光森はニヤリと言ってやった。
ルシファーは怪訝に、不機嫌に顔を歪めた。
『何それ、何それ?お、も、し、ろ、く、ないんだけど』
「面白くないかも知れないが、説明してやるよ。俺はな、もともと手のひらに収まるものを瞬間移動させる力があったんだよ」
知らないことを話す立場が逆転した。
「それを呪術を使うことにより効果範囲を広げた。いや、変えたのか…肌そのものを手のひらと認識して、本当にそうなるように」
『あんた、下位術式な、ん、て、使ってなかったでしょうがっ』
苛立ちを表すようにルシファーは三日月をブンブン振り回した。ところが光森の言う通り、当たったと思った瞬間に自分の頭上に移動していた。
自分の支配から逃れるその動きに、ルシファーは相当に腹をたてたようだ。
『ムカつく、ムカつく、む、か、つ、くぅ。これは私だ。私を、私以外が、操るなぁっ!』
怒れる声と共に、妖力が脹れ上がった。かと思うと、三日月は散り始めた。小さな欠片がそれぞれ黄色く輝く。
『物理が効かない?だ、っ、た、ら、さぁ、妖術でぶっ潰せばいいわけじゃん』
一つ一つが焔のように揺らぎ始めた。
『これ今さぁ、め、ちゃ、く、ちゃ、あっついよぉ。焼かれてしまえ』
ルシファーの号令と共に揺らぐ焔が向かってきた。
対応が早いな、もう少し攪乱出来ると思ったが。光森は相手が完全に冷静さを失わずに応戦してきたことに舌を巻いていた。
本当に一人だったら、あの妖術には対抗出来なかっただろうな、と。
しかし今、彼は、一人ではない。
「ふふ、ふふのふ。その術式、先輩さんには届かせませんよ」
瑪瑙がいた。
瑪瑙は、色様々な札を舞わせていた。それはまるで天女が羽衣を纏っているかのように見えるほどだ。そのうちの複数枚が瑪瑙の指使いに合わせて光森の前に進み出た。
「先輩さんが物理無効の力なら、私は特殊無効の力なのですよっ!」
そう言って、はぁぁ、と力を込めた。するとどうだ、焔がかき消される。残ったのは黄色く輝く月の欠片だけだった。
どうやら札に妖力が吸われているようだ。そのまま彼女の言う通り、妖力を失った焔は満月の欠片となって力をなくしたように地に落ちた。
それを見て呆然としていた「」が、顔を歪めて赤らめた。震える体で妖力を注いだのか、また欠片は動き出し、集まりまた満月に戻った。
『私の体、私の力が、あ、ん、た、た、ち、なんかに効かないはずがぁぁ』
「一人ならなその通りだ」
『ああん?』
二人は並んで立っていた。
「これはな、俺の改善する力と鵜崎の改変する力を使ってのとっておきだ」
「つぎはぎだらけの繋ぎ目だらけ、欠点ばかりの弱点ばかりなのですが、それでも強いのですよ」
瑪瑙は言う。光森は内心苦笑する。
つぎはぎだらけの繋ぎ目だらけ、欠点ばかりの弱点だらけとはよく言ったものだと。
光森の『限界を書き換える』原動力でまずは瑪瑙を書き換える。次に限界を書き換えられた瑪瑙が呪術によって『自分の現状を変える』ようにする。そのまま瑪瑙は光森に契約呪術を施し、光森が一時的に呪力を扱いやすくする。そして呪力による特性『超越変化』を使いに、光森は自身の体そのものに改変をもたらす。
これが二人のとっておきだった。
包女と筒音。二人の違う力の相乗を目の当たりにし続けた者同士がたどり着いた極致だった。
ただし、本当につぎはぎだらけの繋ぎ目だらけ。弱点ばかりの欠点ばかりなのだ。
二人揃わなくてはならない。二人が万全に近い状態で力を使えなくてはならない。使えても微調整が上手くいかないかもしれない。とにかく色々不安な要素はあった。今回は二人の意地とアーサンの助けもあり成功したが。
「ふふふのふ。まさにこれぞ、天女モードと仙女モード、最強少女チームの誕生なのですよ」
「…その呼び方はやめてくれ。頼むから」
ご満悦の瑪瑙に比べ、光森は若干嫌そうだが、相手の顔を見る限りでは効果抜群だ。
『最強?はんっ、こ、の、て、い、ど、のっ、攻撃いくら防いだからって、調子にのるなよっ』
怒りに任せたように満月を形を変えながら振り回す。しかし二人には届かない。満月のときは光森が、三日月のときは瑪瑙がその役割を果たすからだ。
『くそ、くそ、くそっっっっ。は、ら、た、つっ』
ルシファーは地団駄した。
『ちょこまかちょこまかと…い、い、か、げ、ん、に…しろぉぉ』
ついに怒りが頂点に達したのか、「」は渾身の妖力を満月に注いだ。それだけではない。満月が大きくなっていき、「」は小さくなってきている。体を満月に加えているのだろう。
『あ、ん、た、た、ち、覚悟しなよ。あんたたちの変な力もろとも、吹っ飛ばしてやんだから』
そう告げると満月を飛ばしてきた。
瑪瑙だけでなく、呪力を受けた光森にはその強さがわかる。確かにこれを完全に無効には出来ないだろうと。
しかし、それでいいのだ。
何せ自分たちのこの状態は弱点ばかりの欠点ばかりなのだから。そのうちの一つとして、この状態は攻撃には向かないことがあげられる。
だから数少ないの反撃のときは、妖怪が相手ならば全力でぶつかってきたときになる。
万能にも全能にも見える『超越変化』の特性をもつ妖力や呪力。だが明確な弱点はある。それは消費が魔力や活力、他の源力に比べて激しいことだ。筒音や瑪瑙だってそのために苦汁を飲むことがあった。
相手は本家本元の妖怪。強く、その力の容量も想像も出来なかった。しかし、今、間違いなく相手はその全力を満月の方に注いでいる。つまり彼女本人はほとんど無防備と言っていい。
だから、ここで、飛ばすのだ。瑪瑙を。光森の無効化することを目的としていると錯覚させた原動力、呪力を受けて変化した物体配置によって。彼女の目の前に。
「いけ、鵜崎」
「はいなのですよっ!」
瞬く間だった。まさか自分の全力の攻撃を完全に無視して現れる手段があったとは。
ルシファーがそう思ったときには瑪瑙は水鉄砲の引き金を引いていた。
改善され、改変されたその緑色の弾丸はルシファーを芯に捉えた。その勢いのまま吹き飛ばされる。
しばらくは銃口突きつけたまま、目を離せなかった。立ち上がらない。妖力だったものがその支配を外れ、妖気になった。これは彼女の意思が途絶えた証だ。
「や、やったのですよ」
瑪瑙はぺたんと尻餅をついた。勝てたことを素直に噛み締めて。
と、突然にガバッと背後を確かめる。すると、
「せ、先輩さん、大丈夫なのですか?」
満月の直撃を受けた光森が、ぐえ、と言った感じでつぶれていた。あまりにも強すぎる妖力のため、飛ばしきれなかったからだ。
「大、丈…夫だ。なんとかな。潰される前に、倒してくれたから、な」
息も絶え絶え光森が答える。抜け出せないでいるのは体に力が入らないからだろう。すでに少年の姿に戻っている。瑪瑙も自分の回りに飛ばしていた札が落ち始めていたことに気づいた。
「あとの方のことは、皆さんに任せて、今は少しだけ休ませてもらうのです」
「だな…全っ然、体が動かねぇや」
一先ず一つの戦いに決着はついた。




