第六十六話 『正しく求めるものに、学問の道は開かれた』
今までいた場所と同じ見た目、違う雰囲気。妖気、またはそれに準ずる呪気も感じないことから変化されたのではないことに気づく。むしろ魔力が多い世界だ。
当たり前か、リヴァイアサンはこの場所について考えるに、そう合点がいく思いだった。自分をここに連れてきたのが魔術師だったからだ。彼らが扱うのは魔力。その魔力を使った魔術において、こういう擬似的な空間に相手を引き込む術式があったな、と至ったからだ。
確か精霊の通り道へ誘致する魔術。人間たちを守るために、魔王が作った隔離空間。人間たちが精霊結界と呼ぶ術式だ。そして──、
『精霊の道案内か…お前たち精霊の加護術師か?』
懐かしそうに辺りを見回しながらリヴァイアサンは、操流人たち三人に尋ねた。
「あ?だったらどうした?」
『あの決意に満ちた武装の加護術師も良かったが、お前たちはお前たちで面白いと思っただけだ。特にお前』
操流人を指す。彼は目を細め、いっそう不機嫌そうに見返す。リヴァイアサンは微笑んだ。
『その敵対する者に剥き出しにする敵意、最近の人間たちにはなかった感情だぞ。良いものだ。それも言わば純粋な感情の一つでもあるからな』
誉めれたようだ。しかし操流人はあからさまに嫌そうに顔を歪めた。
「ったく、剣使いってのは…なんでこうも人を勝手に評価するような奴らばかりなんだ、おい」
「でも、珍しいじゃないですか、誉められるなんて。坊っちゃんの目付きの悪さが」
「そうですね。だいたい嫌がられるか、怖がられるだけですしね」
頭をくしゃくしゃかき乱している操流人をよそに、付き人の二人はどこか嬉しげだ。いや、実際に楽しんでいるのかも知れない。白黒の精霊たちも踊るようにくるくるしている。
そんな付き人二人に対しても不機嫌になりながら、操流人はリヴァイアサンを警戒することは忘れなかった。
忘れることはなかったが、
「いいか、仕方なく相手をしてやんのは、俺の方なんだ。だからよぉ、憂さ晴らし、させろやっ」
考えなしのように突っ込むことは、やめなかった。相手の様子を見るでもなく、後ろの二人に相談するでもなく、一人で。
普段なら焦りようのある事態だ。自分たちの大将がそんなことをするのであれば。ところがだ、また勝手に、と苦笑することはあっても、それを止める者、それに焦る者はこの場にはいなかった。
少なくとも、その考えなしのような特攻に対する不安を示す者はいなかったのだ。
それは、彼にまとわりついている白と黒の存在が理由だ。あれは精霊。そして、あの二つの存在が彼の強さを象徴していることを知っているからだ。
もともと「影」の精霊魔術師である操流人は、ある日をきっかけに強さ求めた。その時に包女たち鷲都や九津たちとのいざこざを経て、ある人物と出会う事が出来た。
それは人工的に精霊を作りだすという魔術関係者の中でも特異な部類であり、研究的な意味合いでは高名な権威であるガータック・シュヴァルツア、その人だ。
彼は言ってくれたのだ。
──正しく求める者に、学問の道は開かれる。
と。
「早くお入りください」
梨麻は門の前で石のように固まり動かない束都一門を促すようにそう言った。夏の日差しも相当な昼下がり。長い問答をするつもりもない、正直な言葉だ。
しかし一門は動かない。一門の上司である少年、束都操流人がまず動くのを待っているためだ。
だが、動かない。
ジリジリと日差しが全員を照りつける。梨麻はわざとらしく溜め息をつこうかと考えていると、一人が操流人をつつき、もう一人が咳払いをして先を促した。
そのまま一歩押し出されるように出てきた操流人は、ばつの悪そうに視線はそらしたままだ。
「…」
「ほら、早く、坊っちゃん」
「……ちっ。あ、あー、用事が、あってきた。入れてくれ」
「その前に言うことがあったのではありませんか?」
両脇から言われ、ますます顔を渋くする操流人。梨麻はとりあえず待った。
「……この間は、悪かった。あのじいさんは謝る必要はないと言っていたが、これは、けじめだ。…悪かった」
梨麻は待った甲斐があったものだと驚いた。目の前の目付きと口の悪い少年が、深々と頭を下げ、謝意を述べたからだ。この間から考えると、信じられない。ただ、少しいじめてみる。
「私に謝られても仕方がありません」
グ、とあからさまに喉を詰まらせる音が聞こえる。相当、いやらしく聞こえただろう。しかしそれ以上の反応もなく、頭もなかなか上げようとしなかった。
何よりも自分の非を認めている証拠だ。後ろの面子も苦笑を交えているが、何も言わない。この状況、梨麻の方が悪いようだ。
梨麻は切り上げ時と知り、
「どうぞ中へ。事前に来訪を報せ、正々堂々門をくぐろうという客人を、門前で払うような無礼な真似はしませんから」
そう告げた。
梨麻に案内されるまま一門は鷲都家のみ中に入った。廊下を渡り、たどり着いた客間には既に二人が鎮座して構えていた。鷲都の当主、鷲都日戸とこの家の賓客にして今回の束都の来訪理由、ガータック・シュヴァルツアだ。
二人は何も言わない。梨麻に促されるまま一門は客間にざするがこちらも言葉を持たない。
しばらくの沈黙のあと、ガータックはニカッと歯を見せた。
「この暑い日に、精が出るのぉ…その面持ち、正しき学びを問う姿じゃ」
日戸はニコニコと微笑んでいた。
こうして操流人たちは、正々堂々と教えをこうた。歯を食い縛り、とてもそうは見えない顔つきだったとしても、そうするに至った経緯と、もともとの彼の態度を鑑みれば、物凄い進歩と言えた。
そうして操流人は、「影」に引き続き「光」に出会ったのた。まるで彼の生き様を具現化するように。
二つの精霊である白黒の魔力の塊に弾かれた大剣。それを握りしめている手の痺れを確かめるように、楽しむようにリヴァイアサンは言う。
『さっきの受け身の魔術師も悪くないが、やはり決闘というのは迎え来る敵を倒すものだ。こいっ』
リヴァイアサンは嬉しそうに操流人の特攻を待つ。次なる光と影の螺旋の連撃を、その刃で受け止めるために。
リヴァイアサンのもつ剣と操流人の精霊がぶつかりあい。互いの実力を計るにはまだ足りないものだったが、その妖力と魔力がぶつかり合い自体はこれは見えないものにも力の波として伝わり、彼の成長を喜ぶものにとっては満ち足りるものだった。
何はともあれ、
「とにもかくにも坊っちゃんの方は始まったわね」
「ええ、向こうのことは卦我助たちに託すしかないですね」
付き人二人は、操流人たちの戦いに目を離さぬまま、精霊結界の外側でも繰り広げられているだろう戦いの結末を案じた。
─────
「へっへーん、どうっスか、皆さん」
良平は夜の影に隠れながら、はしゃいだように仲間である卦我助たちに向かって言った。卦我助たちはそんな彼を、お調子者を見るようなそれぞれの視線で見ていた。
今、良平がはしゃいでいるのは、自分の精霊であるフィリンリグがこの場において、とてつもなく役に立っているという自信からだ。
と、いうのも町の被害を治めるためやって来た彼らだったが、具体的なことはどうしようもなかった。妖精は通常の視力だけでは見えないものの方が多かったし、避難指示をしたところで当てもない上に見えもしないものから逃げるなど被害を増やすだけだ、という判断にいたったからだ。ならばどうするか、そうなったとき、良平の「草」をテーマにもつフィリンリグは、本当にとてつもなく役に立ったのだ。
こそっと陰ながらゴミ箱などの落下物の除去や転倒しそうになった者を支えたり、目に見える妖精の悪戯などの防止や抑止力を始めとする目に見える範囲の被害防止には。
他の者の精霊たちが役に立たないわけではない。
彼の仲間の椴丸、彼の精霊は「鍵」がテーマであり、得意なのは封印または封印解除だ。術式での戦いとあればかなり需要が高くなるのだが、ことこの場合ではあまり役に立たない。探知するということもできるが、全員が魔術師であるため、必要性が低くなることも要因だ。
次に堅吾。彼は仲間内からも脳筋と呼ばれるに相応しく、「石」をテーマにした精霊を引き連れている。本人たちが固くなろうが鍛えようが、あまりここでは意味をなさなかったし、隠れての作業など、彼に求めること自体が難易度の高いものだった。
そして卦我助。彼の精霊のテーマは「花」だった。フィリンリグとあまり変わらなくはないようだが、町全体を範囲として考えると、どうしても「草」に劣るのだった。其のため今回は花を成長させずにフィリンリグが操作しやすいように草を増やす役目をかって出ていた。
さらに今また、フィリンリグの支配下にある植物が、不可思議に転びかけた人間を支えた。
「さっすがっスよ!フィー。かっこいいっス」
自分の手柄のように良平は喜んでいる。実際、彼の魔力を受けることによって「」は町に広がる植物たちと繋がっているわけだからそうなのだから仕方がない。同時に彼と繋がっている。
となると、そろそろ気になることがある。卦我助は口にした。
「で、どれくらい持ちそうなんだ」
良平の魔力のことだ。
彼は広範囲、長時間も魔力による精霊の力の行使を持続させているのだ、限界は早いはずだ。良平は、うーん、と考えながら、
「んー、これは正直、長くは持たないっスねぇ…」
「長くはってさ、あと三時間とか?」
「む、無茶言わないでくださいっスよ、椴丸さん。せいぜいあと三十分くらいっスよ」
「はぁ?根性みせろ、根性」
椴丸に続き堅吾にそう言われるが、無理なものは無理だ。この脳筋め、と言いたそうに顔をしかめた。
「三十分…ならそのうちに少しでも足止め出来ればどうにかなるか…」
卦我助は顎に手を当て思案した。
「うん、そうだね。良平は戦力として当てにならないし、僕たちでなんとかしなきゃね」
「…と、椴丸さん。その戦力としてって下りは、俺は別のことで役に立っているからっスよね、ね?」
「でよ、その今からこっちに来る奴らってのは強いのか」
堅吾が尋ねた。一応、妖怪、妖精側の主力が二人、こちらに向かっているのは頭の中を行き来する術式によって得ている。向こう曰く、向こうの中で一番弱そうな奴、そして一番厄介そうな奴だと。
しかしあくまでも見た目の話だ。本当のところはわからないことの方が多い。少なくとも、ここで暴れ始めてる妖精と呼ばれている彼らよりは強いだろうと、くらいには肝に命じている。
そして、堅吾は勝てなくても強い奴と戦うのが好きだった。
「今回は大人しく連携に加わるんだぞ」
「わかってる。とにかく相手をしてやりゃいいんだろ?任せろ」
卦我助の念を推す言葉に堅吾はどんと胸を叩く。このなんとかと鋏のギリギリ感は不安であったが、今だけは時間がない。信じるしかない。
卦我助は空を見た。
向こうからの連絡とこの町にいる自分たちの部下からの目撃情報からそろそろのはずだ。
見えた。目に見える個体。
彼、そして彼らは現れた。
『…赤い気配…はぁ、君たちかー…』
見下ろしながら、全く困ったものだと言いたげに嘆息し、頭をふった。
『邪魔しないでよねぇー』
彼は、卦我助たちが感じたことのないざらつくような気配を放ち、冷たい視線を向けた。




