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ココノツバナシ  作者: 高岡やなせ
霊山攻略のカウントダウン 編
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第三十九話 『忍ぶもの…ばかりではいられない』

 緑のもやごと光の刃が巨大な狼を象った式神を断つ。式神はそのまま弾かれるように体を分裂、分散、そして天に向かって昇るように消えた。


「これで四体目っ、か」


 万式紋を肩にのせ、倒した式神が完全に消えたことを視認してから呟いた。


 現在九津は、最初に倒した一角獣を始め、小人のようなインディアンの集団、やたらともこもここした兎、そして今倒した巨大狼で四体目の式神だった。


 強いな。この状況から九津は思った。式神ではなく呪術師あいてがだ。


 式神として一体いったいは大した強さを持っていない。瑪瑙の操る攻撃特化型の式神と比べると雲泥の差だ。しかしそれは先ほども考えていたように術師との距離によるものも大きいため、仕方がないとも言える。


 では、なぜそれでも相手が強いと判断できるか、だ。


 それは数だ。


 九津はすでに四体倒している。これは考えようよっては、飛ばした相手全てに同じ数だけの式神を送っているのだと推測できる。ということは少なからず移動させる術式の発生に合わせて十体以上を使役していると言うことだ。


 これは九津が天才と認める瑪瑙でさえ難しい。式神ならば強さに比例して数は減るし、同時に別の呪術を行うならもっと制限がかかるかも知れないからだ。


 はぁ、と内心で溜め息をつく。


 条件を揃えることでその真価を発揮する呪術。準備を整えた呪術師ほど強く感じるが、今回の相手はまさにそれだ。現れたときにはすでに準備万端だったのだろう。追いついたところで厄介な相手であることには変わりがない。


「さて、次は…」


 それでも視界を確認しつつ頭を回転させて思考を働かせる。止まって考えてなどいられない。足も動かさなくては。


 次の光が落ちる場所を目印に見落とさないように進む。すると突然、鼻腔がくすぐったくなった。


「ぶぇっくしょん」


 派手にくしゃみが出てしまった。愚図る鼻を啜りながら呟いた。


「誰かが噂でもしてるのかな」


 当てはある。と言うか、包女以外の全員だ。あまりいい話題で出ていないだろうな。九津は苦笑ぎみに思った。


 あの場にいた全員の連帯責任ではあるが、この状況に対する八つ当たりは覚悟しておかなくては。そしてそんなくだらないとも言えるやり取りの時間を取り戻すために、打てる手は全て打っておきたかった。


「早くゴールまで目指さなきゃな…願わくば、合流地点でもあればいいんだけど…」


 足早に進む山道。ちらりと道以外のものを探す。


「やってみる価値はある、かな?」


 まだ次の星を象った五体目ともなる式神が現れる様子はない。となると、一度試しておきたい手があった。


 立ち止まり、辺りの様子、気配を確認する。ふと、視線がある箇所で止まる。呪力が術式になっている部分、つまり結界の位置をみつけた。


 九津は光の剣、万式紋を構えた。


 もしうまくいけば、結界を断ち切って抜け出せるかも知れない、と考えたからだ。


 知識としては、そんなことをしてはならないと知っている。普段ならしないだろう。ただ今回は急ぐ気持ちと万式紋の力への過信からそんな行動を九津にとらせてしまった。


 何よりこの場にはとめる役割をもつ人間が一人も居なかったことだ。


「うっわ…この光具合は…不味い」


 かくして、ある少女が同じ空の下で案じた不安は的中した。もしかしたら、くしゃみして閃くという最悪の形で伝わったのかもしれない。





 ─────





 自分を襲ってきた土の上を海のように泳ぎ迫り来るイルカを象った敵を光森は倒した。この敵から感じていた気配には覚えがあった。それは呪力だ。


 少年と少女。後輩にあたる二人から教わってきたなんとも冷たくざらつく砂のような感覚。間違いないだろう。さらにはそれに対応しようと自身の体を原動力エンジンと呼ばれる浸透干渉テレパシー能力で書き換え(・・・・)て上手くいったのだからなおのことだ。


 鵜崎のやつに感謝しておかなくちゃな。光森は実戦での応用を教えてくれた少女の顔を思い浮かべた。少年の方の顔もちらりと思い浮かんできたが、にやけた表情にイラつきを覚え、すぐさま消した。


「にしても、いったいなんだってんだ…」


 頭をすぐに切り替えて現れたときとは逆に昇っていく残光を見て、戦った敵のことを考える。


 攻略法の一つとして山頂を目指して進み始めてすぐに現れた存在。呪力の気配を感じさせる存在。 そこから考えれるのは、呪術による疑似生命体。


「式神ってやつ…だよな。しっかしなぁ…」


 よく知る後輩の少女が操る式神と比べてみた。紙が本体であった彼女のものと比べると、その材質から違った。呪力疑似生命体シキガミと呼ばれるに相応しく、本体が呪力だけだったからだ。


「呪術とか呪力だとかを理解してなかったら、かなりやばかったっつうことだけはわかるけどな」


 光森は呟く。物理干渉体ほんたいがないという存在を相手にすることの厄介さを理解したうえでの言葉だ。


 瑪瑙の操る式神には物理攻撃が意外と効く。それは本体である紙が損傷し、依り代としての役割を果たせなくなるからだ。これが呪力だけとなるとそうはいかない。


 以前に精霊魔術師と戦ったとき、魔力生命体というものと戦ったが結果は散々だった。魔力に触れられずに、逃げることしかできなかった。なのに相手の攻撃はなぜか物理干渉してくるという理不尽なものだったことを光森は忘れはしない。


 だが今回はそうはならなかった。確実に成長していることを実感できた。


「にしてもあんなのが妨害してくるなら本気で九津のおばさんや妹を探さなきゃなんないな。あの二人だって悟月の家系だが…一応なぁ」


 二人のことを「悟月家」としか知らない。おそらく何らかの形でこの状況で対応はしているのだろうが、それでも気になる。


 光森が急ぐ理由には充分だった。


 そんな光森の行く手を阻むようにまた光が落ちてきた。


「新手か…」


 光森は拳に力を込める。浸透干渉テレパシーの力で自身の体を呪力に触れられるように意識する。


「いくぞっ」


 一撃必殺。そう意思を込めて振るわれた拳は見事うねるように現れた海蛇の姿をした式神を撃ち抜いた。


 よし。空に昇っていった光を見届け進もうとした。ところがまた光が道を遮る。なんだ、と怪訝そうに構える。


「と、次が来たか…今回は早いじゃないか…って、おあっ」


 落ちてくる光と違い、今度の光は地上から溢れてきた。まるでこの結界に囚われたときと同じようなざらつく感覚の光だ。光は強くなる。


「眩し…って、お前っ」


 ようやく収まった光の中から現れたのは、よく知る人物。光森の通う高校の後輩にて金髪の少年。九津だった。


「あれ、先輩じゃないですか。奇遇ですね、こんなところで」

「こんなところってお前。どうやって出てきた?」

「俺ですか?まぁ、ちょっと、色々と試してみたところ、どうやらここに飛ばされたみたいでして」


 あはは、と後頭部をかく九津。光森の目は先ほど以上に怪訝そうに細められた。


「試した?」


 尋ねる声も自然と低くなる。


 このとき光森の記憶が確かなら、この後輩は不思議なことを言っていたからだ。

 

「ええ、まぁ。万式紋で、刺激を与えてみたり、とか?」


 ピクリと光森の顔が動いた。


「お前…確かココノツ講座とか言って俺に語ってたときに、呪術にかかったときは、迂闊に手を出さずに、解決法を見つけるのが常套だって言ってなかったか?今回の場合は、外側からじゃなくって結界の内側だ。ってことは、条件を逆に満たしていくってことだろう?」


 腕を組み、まるで自分の中に生まれた怒りという感情を抑えつけるように睨みを効かした。


 九津は、にへら、と愛想よく笑みを浮かべた。


「うわぁ、さすが学年上位。一回の講座でよくそこまで覚えてるもんですね」

「当たり前だ」


 間髪入れずに返した。


「で?お前は万式紋を使ってこの結界を壊そうとしたわけだ、内側・・から」

「そう言うことになりますね」

「で、飛ばされた…と」

「いやぁ、見事に〃返し〃をくらいました」


 返しとは、呪術に関する注意事項のようなものである。「変える」ことが特性の呪力を扱うため、下手に術式を失敗するとそれが負荷として「返る」のだ。当然、呪術師だけではなく、解呪を失敗した者にも返る。


 それを光森は、九津から教わった。はずだった。


「先輩のとこに飛ばされたことそのものは、幸いでした」

「ばか野郎っ!お前(・・)の話じゃ何が起こるかわからないからっ、丁寧に解けってっ、自分・・で言ってたろうがっ!」

「…いや、つい、出来心で」


 光森が一発だけ、と殴りかかったのを、他に誰かがいたとしても、とめる者は居なかっただろう。





 結局、九津は慌てふためきながら避けきった。


「急ぐぞ」


 腹立たしそうな光森の言葉に促され、また山頂を目指し始めた。今度はしっかりと真面目に。


「ところでお前、悠長に構えてて大丈夫なのかよ」

「条件的には多分向こうは急げない何かしらの理由があるんだと思いますよ。だから式神使って足止め」

「じゃなくて」


 あっけらかんと答える九津を光森は遮った。


「ん?」

「お前のおばさんや妹のことだよ。この面子の中じゃ、戦闘要員じゃないだろう」

「え?」

「なんだよ、その衝撃的なものをみた的な顔は」


 いきなり立ち止まり、分かりやすいほどに驚きを隠さない九津に、光森は言った。


「いや、先輩。おばさんのことだけじゃなくて界理のことも心配してくれてるんですね…意外でした」


 光森が界理のことを苦手としているのは知っていた。年下の女の子としても勿論だろうが、雰囲気が違うというのが彼の意見らしい。九津もそれには納得していた。


「…当たり前だ」


 ボソッと小声で呟く。照れているようだ。それを突っ込んだらまた怒られるだろう。九津は今は堪えた。


「ありがとうございます。本人が聞いたら喜びますよ」

「うるせぇ、急ぐぞ。ったく」

「怒らないでくださいよ、先輩。急ぎますけど、あくまで俺の目的はゴールを目指してあの呪術師の人を止めることです」


 それに、と九津は微笑んだ。


「おばさんや界理なら、大丈夫ですよ」


 先行していた光森が振り向き、疑わしそうに視線を向ける。九津はさらににこにこと笑い返した。


「界理が本気になったら、それこそ俺だってそうそうは捕まえられないですから」


 そう言う口許にはまだまだ秘めたことがありそうだった。そんな九津を胡散臭そうな者を見る目付きで光森はしばらく見ていたが、悟月家だしな、と呟くとあとは納得したようだった。





 ────





 すてすてすてと木々の間に出来た山道を走る少女がいる。界理だ。


「もう三体目だ…この辺が無難なところかな?」


 後ろには水蛇、猟犬、山猫を象った式神が続いている。その速度は決して遅くはないが、界理が巧みに窪みや木々の枝、斜面を使いながら走っているため追いつけないでいる。


 今また先陣を切っていた猟犬が窪みに気づかずつまづきかけた。追う、という単調な命令を実行しているだけであるゆえに、それだけで詰まりやすいくなっている。


「一定の期間を経て出現してるみたいだけど…それ以外にも何かしらの共通点や法則みたいなのがあるのかな?」


 そんな式神たちを立ち止まり振り返って界理は観察した。


呪力依代モチーフは…多分星座だと思うんだけど…まだわからないことだらけだ。私も、まだまだだなぁ」


 動き出した式神を見て、嘆息した。それはこの程度の式神の全てを見抜けない自分を自嘲するかのような仕草だ。それは小学生である彼女には似合わないけれど、不思議と相応しかった。


「さて、そろそろ次のデータを集めつつ、頂上を目指さなきゃなんないよね…」


 集めた情報通りなら、もうすぐ次の光が式神を連れてくるだろう。数が増えると万が一に対応しきれなかったときが困る。


 と、三体の式神が界理に追いついた。囲むように動く。界理はにこりと口許を緩めた。


「空の星座を象った式神さん。もうおいかけっこは終わりにしよう」


 だって私は、と続く言葉は声にしない。ただ左の人差指を口元へ。まるで静かにと体現するような仕草だけをみせた。


「追いかけられる方じゃなくて、追いかける方だから…だから、ごめんね」


 今度は右の人差指を左の人差指に重ねおくように手を添えた。そして囁くように、呟いた。


「忍法、呪力反転どとんの術…なんてね」


 途端、辺りに突如竜巻く砂ぼこりがたった。砂の竜巻はそのまま三体の式神を飲み込んだかと思うと、あとは霧散していった。そこにはもう式神の姿はなく、天に返る残光だけがあった。


 忍法。この世界の全ての支配を失った力、全ての存在の源、「気」から相手の術式そのものに侵入、干渉、そして粉砕する俗に忍術と呼ばれる術式。彼女はそれを使ったのだ。


「忍びとは耐えるもの…何てよく言うけど、そうとばかり言わせない(・・・・・)のも忍びなんだよ」


 界理は、何事もなかったようにとんとんと歩き出した。楽しそうに一人語る。


「そう、ときに残酷さを忍ばせるのもまた、忍びの務めなんだから」


 そう語る彼女の顔は、心なし酷く冷たさを帯びていた。見るものが見れば震え上がるような瞳。しかし幸いにもそれを気にする人間はこの場には居ない。彼女は歩く。


「ふぇ、ふぇ」


 すると、鼻が突然にむず痒くなってきた。滅多なことでは体調を崩すことのない彼女にとっては、くしゃみそのものが珍しい。


「ふぇくちょっ」


 人気のない山の木々の中に、可愛らしい声がした。その顔には、いつも通りの界理の顔があった。


「あ、あれ?風邪…な、わけないよね。これはきっと、誰かが私のことを呪術うわさしたんだなぁ」


 思い当たる節があり、彼女は空を可愛らしく睨み付けた。






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