第四十話 『キラキラ光る』
「(きーらーきーらーひーかーる、よーぞーらーのーほーしーはー)」
彼はとてもご機嫌だった。いつもやる自身の占いが、八割方的中していたことが要因として大きい。
おそらく占読系統の呪術師としては驚異的な的中率を誇っているとも自負している。それでも七割を越すことは少ない。そこへ多少の推理、推測は入れて補ってはいるが、どうしても一割の確率をあげるというのは難しい。
未来予測図。それが描かれたものだとしたら、それを人の力によって知るという行為にはやはり限界があるからだ。予知に代表される超能力にしろ、占いによる呪術にしろ。
そもそも呪術による未来予測は、それを「変える」ためにあるわけで、的中させるためにあるわけでもないか。そう考えると、少しだけ自嘲した。
「(すーべーてーをーみーつーめー、おーしーえーてーくーれーるー)」
空を見あげると、ぐん、とこの山を包む力の気配をより強く感じることが出来る。この山を流れる霊脈は、最上級であることは間違いないだろう。まさに竜脈と呼ばれるに相応しい。
ここで占えば、もしかしたら八割の確率さえも越えられるかもしれない。そう考えたが首を振る。そんなもの、外してしまったときの「返し」の方が面倒でしかないと。
それにここに来るまでにも、来てからでも、本来の目的にとっての準備は充分に整えることは出来た。それで良いとした。
「(きーらーきーらーひーかーるー、こーよーいーのーほーしーもー)」
見上げた空の一点を見つめる。微かに白色をした忘れ星がある。目指すはあれが一番近づく場所。この山の頂だ。そこで今回の目的は達成できる。自然と杖をつく足並みも軽く弾む。
ふと、空を見上げていた彼の瞳が大きく開かれた。
「(おぉ、また三座消えたよ。今度は一気にかぁ、すごいすごい)」
にこやかに言う。拍手喝采したいところだが、自分も進まなくてはいけない。視線を前に落とし足を進めた。
「(基準は中級程度とはいえ順調に僕の星たちを蹴散らしてる。本当に彼らは僕にとって最高で最低な条件になりそうだ)」
そう呟いた。そう、こちらの準備は万端なのだ。彼自身であり、この場所であり、ここに集まった者たちこそが、彼の行う呪術の条件だった。
くくく。爽やかはとは裏腹な笑い方。影を背負い、喉を鳴らす、呪術師が時おり見せる独特な笑い。
「(どうしよう、すごいワクワクする)」
彼は今、この上なくご機嫌だった。
「(彼らは果たして僕という呪術を止めることができるのだろうか)」
彼は今、呪術師として、この上なくご機嫌だった。
「(それとも止められず、星さえも知らない呪いの力が、この地に何かしらの変化を与えるのだろうか…)」
これから自分が行う呪術を想像して。そして、彼自身さえも予測しないことがおこるのではないかという期待に対して。
「(あぁ、本当に楽しみだなぁ)」
純粋な好奇心という誰かに対する害悪。無邪気な探求心という他者に向けられる邪悪。それは今、鼻唄まじりに楽しげな足取りで歩き続けた。
「(おぉ、こっちの方もこれまたすごいなぁ。くくく)」
────
包女は視線を阻む程度の高さの塀に囲まれた。その奥、主張するように存在するのが今回の式神、祭壇座だ。直接捕らる手段を用いた新たな戦法を使う式神であったが、包女は取り乱すことなく黒く輝く刀身を持つ装飾刀で、祭壇を象った式神を一閃した。式神は抵抗を試みたようだったっが、それも叶わず光となって天に返った。
この行為を行うのは何度目だろうか。焦躁からの苛立ちが包女から滲み出た。
「私の、邪魔を、しないで」
走る。とにかく山頂まで行けばなんとかなるはずだ。
「これでいったい何体目…」
『十体くらいじゃろぉ』
「十体…そんなに…」
包女が溢した問いを、装飾刀から響く声が答えた。声の主は筒音であり、現在はその姿を刀に変えている。
ケンタウルス、鯨、孔雀、キリン、御者、烏、カメレオン、画家、そして今回の祭壇で十体目だ。生き物の形をしていなかったのが祭壇座が初めてだったがなんとまぁ、星の勉強になることか。こんな星座もあるのかと、呆れて感心さえさせられそうだ。
冗談はさておき、
「出来るだけ体力は残しておきたいけど…」
『フム。定期的に出てきてるようじゃな。五分おき、と言ったところか?』
「だよね」
包女も考えていたのだ。ここに来てから約一時間くらいだろうか。面倒なので置いて逃げていたこともあった式神のことを。
動きはそれぞれだ。大して早くないもの、早さだけのもの。しかしそのほとんどの行動は単調だったのでかわして置いてきたこともあった。ところが、新たに出現する場合、必ず包女たちの前方に出現するのだ。それを間髪入れずに倒したり、かわしたりすれば問題はないのだが、少しでも遅れたり、仕止め損じてしまえば後方から追い付いて来るものもいた。
これは数が増えるほど面倒になり、また今回のように特殊な戦法を使うようになってきたのでは厄介だと判断して、仕方なく一体一体を確実に相手にしているわけだが、だんだんと強くなってきている。気がした。
今、倒したばかりの祭壇座でさえ完全に囲まれるまでは対処できなかったのもそのせいだろう。
「相手の数や手の内がわからないのにこれだけ体力を削られるなんて…」
包女が困ったような、戸惑ったような顔をする。魔力を操る彼女は、魔術によって体を強化できる。体力や筋力も見た目の華奢さからは想像もつかないほど強靭になっている。さらに筒音と繋がっている間、筒音の生み出す妖力さえも魔力にすることが出来るため、その力は尽きることはなかった。
ただ、あくまでこれは魔力や魔術の特性だけをみればだ。
どうしても操る彼女自身が人間であるために集中力の途切れといった限界がくる。彼女の困惑は、それを危惧してのことだ。
『それこそ相手の思うつぼなのじゃろう。それに』
「それに?」
宥める筒音が言いかけた言葉を、包女が促す。
『ここがぱわーすぽっとというのも原因があるじゃろう』
「パワースポットが…なんでなの」
『己が作り出す魔力のみで戦う魔術師たちからは想像しづらいじゃろうが、おそらく奴はこの地の脈から力を得て呪術を発動しておるのじゃろう』
にわかに驚きをみせた包女。魔術師である彼女にとってはそれは確かに想像はしなかったことだ。魔術師は基本的にそんなことはしない。包女が今、筒音と行っている協力体制でさえ例外中の例外だ。
それは無限活性という特性によるところが大きく、無限活性のもと繰り出される魔術は、その根底に「強くなるため」に行われるからだ。それが身体であったり、魔力そのものだったり、操作性だったりと多数に枝分かれしたものが「属性魔術」や「付加魔術」などと呼ばれたりする。
魔術師は、そんな枝分かれした魔術のひとつを極めることこそを、誇りにしているからだ。
それにしても、と包女は尋ねた。
「外部から?魔力変換みたいな体質とかじゃなくって、呪術ってそんなこと出来るの?」
外部から力を得る。これは魔力変換という特異な体質を持つ包女をしても驚きをもたらせた。なぜなら魔術師において「他人の力を利用すること」は限られているからだ。
例えば自分の体質。魔力変換のように生まれながらにして持っていたのならば話はわかるのだ。あとは精霊魔術のような魔力をもった別の個体を主軸とする場合だ。これだってかなり限定的だ。契約しなくても使えるが、一朝一夕で実戦級ともなれば難しいだろう。けれど呪術は少し違うという。
他の力を利用すること。これを当然し、実用する。
『出来るな。その証拠に、上位互換の妖力を操る妾も、間堕という条件を満たせば魔力を外部から取り入れられるようになったじゃろう?悪魔たちでもそうそうはならんぞ』
「あっ」
そうだったと包女は思った。シシシと笑い、一番側にいてくれた筒音も、呪力と同じ超越変化を持つ力の使い手であり外部から力を取り込める者だった。
『無論全てがそう上手くいくわけではないが、あの瑪瑙の奴もそれを感じとってこの場所を選んだのじゃろう』
「そうだ…そうだったね」
包女は思い出した。瑪瑙の言葉を。ここに来れば彼女はパワーアップ出来ると言っていたのだ。
つまりそれは、外部から力を取り込める手段や術式は呪術師や妖怪にとっては共通の意識として当然のように存在しているということだ。
「でもそれじゃ…」
『フム、察しの通りじゃろうな』
包女が少しだけ不安の色を示した。筒音の言う通り、察してしまったのだ。この霊峰と呼ばれる山にいる限り、相手の呪術師は自然大の源力を手に入れ、使えるということを。
なんと壮大な相手だろう、思わず一瞬とはいえ開いた口が閉じなかった。
『奴の呪力が途絶えるのを待つことは難しいじゃろぉ』
「そう」
追い撃ちのように筒音が告げ、包女は短く答えた。
変幻自在で多様性を秘めた妖術や呪術の弱点の一つとして、その源力が尽きやすいというのがある。瑪瑙も目下のところそれを補う方法をよく考えているが、今回の場合はどうにもそれが無理そうだった。何せこの広大な山そのものが相手なのだ。
二人の間にわずかに空白が生まれた。足を進める音だけが聞こえる。
『…包』
「でも、大丈夫だよね」
筒音は、その名を呼ぼうとして遮られた。遮るその声は、自分が予想していたものとは違っていた。しかし、自分が知っている少女の強さを示していた。
「私には筒音が居る。筒音が居てくれる限り、私は大丈夫!…だよね」
『シシシ、当然じゃろう。あんな呪術師なんぞに負けるはずないのじゃ』
あまりにも当たり前に言ってくる包女に、筒音は楽しそうに、頼もしそうに笑ったやった。
「うん。じゃぁ、急ごう。みんなと合流できたらもっと大丈夫。もしかしたら途中で合流出来るところもあるかもしれないし」
包女はその速度を上げた。
────
桃輝は、彼女の目の前でまるでお前を観察でもしているのだとでも言いたげにレンズを桃輝に向けている顕微鏡を象った式神を、彼女の獲物によって一断した。こうしてまた一体、式神が光となって天に返った。
桃輝が使っているこの獲物は、彼女が幼き頃から使ってきた、取って置きの道具だった。普段は彼女の意思に従うように彼女の体の中に存在する。そして彼女の意思を反映するように体の外に存在する。彼女は一区切りつけるように、どん、とその獲物で地面を鳴らした。
「さぁてさて。あんたで十四体目だよ」
視線は上向き。宣言するような独白。向けた相手には届かないが、相手を見据えて自然と目が細められる。
顕微鏡から数えてケフェウス、仔犬、コンパス、カシオペア、子馬、琴、カジキ、狐、コップ、大熊、小熊、南の三角、仔獅子の十四体。
指折り数えてみるが、名前もうろ覚えな物を含めて我ながら随分と葬ったものだ。桃輝は思った。
「特殊な戦い方をするやつだったけど…だんだんと強くなっている?いや、これは距離の問題の方か。呪術師に近づいて呪力が濃くなって術式が本来の力を発揮してるってとこかな」
にやにやと笑みを溢して呟いた。ようやく近づいてきたのだ。一発ぶちかましてやりたい相手に。思わず口許も緩むというものだ。
一歩一歩が強くなる。気持ちも昂ってきた。
「待ってなさいよ、呪術師のぼーや。イタズラも度が過ぎると、きっついお仕置きをされるんだってことを教えてあげるわ」
大切な相棒であり、長年付き合った獲物を肩に、狩人の瞳を凄ませて桃輝は進む。
何体もの式神も、今の彼女の意識には障害にさえならない。
なぜなら彼女が、久方ぶりに体の一部である相棒を道具としてではなく、「獲物」として使っているからだ。
獲物は過去の遺産であり、偶像の一種と呼ばれる争いの種であった。
道具は未来に託された秘宝であり、歴史に閉ざされた象徴の一種だった。
武器は創り手の願いであり、担い手の生き残るための力だった。
「私はなかなか厳しいよ」
ぶんぶんと、気合いを入れるようにそれを振り回す。
銀が曇ったように鈍く輝き、桃輝の身長をも越える身の丈。その柄回りは太く、桃輝では握りきれていない。何より目立つのはその先端に備えられた三つの刃だ。悪徳を制することを意味する「槍」、悪事を断つことを象徴する「斧」、そして悪名さえ刈り取ることを暗示させる「鎌」。その三種の刃を携えた「獲物」。
人は云う。
超古代道具、「ハルバード・オリジン」と。
知る人は云う。
古に閉ざされた過去、そこで最初に妖怪と人間が初めて協力して作り産み出された「対怪物用斧槍」だと。




