第四十一話 『これが目的だったこと』
木々繁る山の道、一人の少女の声がこだまする。
「でぃやぁぁぁぁ」
自慢の呪力を弾き出す水鉄砲、その引き金を引いた瑪瑙の声だ。それと同時に巨大とも言えるハエが粉砕されるように消えていった。
もうずいぶんと進んできた。一度振り返って見た景色は、霧のようなものに覆われていた。あれが本物かどうかはわからないが、進むしかないということだけはわかった。
流れる汗を拭う。これまで使ってきた呪力による疲労から流れたものだ。だが、立ち止まっている理由にはならない。
「これで十六体目でしたね…だんだんと強くなってきているのです」
一呼吸置き、また走り出した。
包女と違い、直接的な身体能力の強化はまだ出来ない瑪瑙だったが、それでもその歩みは早かった。呪術師としての直感と、この場を納めるのは自分だと云う使命感が体を突き動かしているからだ。
それにしても、と、現れ続ける式神について考えてみる。
「星座たちを象った式神…しかも私一人に対して十体以上」
単純に計算したとして三十体は出ているのではないか、そう行き着く。全ての正座の名前を覚えているわけではないが、記憶に間違いさえなければ正座の名前というのは八十八あった。ともなれば最終的にはそれだけの数を使役しているのだろうかと、少しだけゾッとする。
自分は可能だろうか、と考えたからだ。首を横に振るつもりはないが、今はまだ難しいだろう。そう自覚はしている。
それだけでどれ程の使い手と張り合おうしているのかが、否が応にもわかる。まがりなりにも自分自身、呪術師を名乗っているのだから。
「地の利が少しでも向こうに寄っていることを考えると、包女お姉さんたちもほとんど同じ呪力術式にあっているのでしょう」
よぎるもう一つの不安も言葉にした。
なぜなら、わずかずつだが式神が「強く」なっていることが原因にあるからだ。それが呪術師から供給される力の源である呪力のせいなのか、あるいは呪術師が使う術式の精度のせいなのか、はっきりしない。が、最悪を想定するならおそらく両方だろう。
そこまでを考えると、今現在ここにいない者たちのことがより一層気にかかってくる。
対応は出来る者たちだろう。桃輝にしろ界理にしろ、おそらくだが一般的な人たちよりも大丈夫なはずだ。はずなのだ。だって悟月家の人間だから。
しかし、|呪力結界に囚われた事実がおこってしまった以上は楽観視はしたくなかった。
「くぬ。急がなくてはなりませんね」
だんだん登っていくにつれて悪くなる足元に気をとられながらも懸命に進んだ。
「あれは…」
思わず声を出した。今度はなんと三体同時に現れたのだ。強い、弱いに関わらず、なんと面倒なことか。瑪瑙は顔を歪めた。
「竜骨、帆、そして羅針盤…なるほど。だから三体なのですね」
理屈はわかった。星座にはいくつかグループがある。黄道十二星座もグループ分けされたものの一つであり、今、目の前に現れたのは「もともと一つの星座だった」グループのはずだった。
呪術師をボスとして、中ボスクラスか。そんなことを思いながら瑪瑙は水鉄砲を強く握った。
「相手にとって不足はない…と、普段なら調子づくところなのですが…」
ぎり、と歯を軋ませる。感情豊かな彼女の心情が鈍い音になる。
「今回につき、何度も何度も私は言っているのです」
だん。力一杯に足を踏ん張る。影を孕んだ瞳には、怒れる内心とは裏腹の冷淡さが宿る。
「私の、邪魔を、するなぁぁぁぁ!」
引き金を引いた。
放たれた呪力の塊は、その一体に当たった。しかし、思うような威力はなかったのか、ついに水鉄砲から放たれる程度の呪力では対処出来なくなってきたのか、倒しきるに至らなかった。
「呪力が足りなくなってきているのですね」
初歩であり基本として呪力というのは自分の中から条件を揃えて引き出す。だから作り出す魔力と違い、容易に底がつきやすい。それを把握し、どう補うかこそ、強い呪術師には求められる。瑪瑙はその場を移動する。
焦らず、冷静に。感情的にならないよう自分に言い聞かす。何度となくそれで失敗し、幾度となくそれで失態を晒してきた自分を思い出しながら。
そっと木の影による。じりじり詰め寄っているが、大した動きはない。式神たちも初撃により二の足を踏んでる辺り、多少の思考を持ち合わせているのかも知れない。
「しかし、さてさて。どうしたものでしょう」
水鉄砲を構え、精一杯に思考を巡らす。
相手は三体。一撃必殺が効かない相手であることを含めるとなんとも分が悪い。
ところがここで突然に、ふっと笑いが込み上げてきた。どう考えても、分が悪いのはそもそもこの状況に置かれたことだ。その思いが自嘲的な笑みをもたらせたのだ。
「呪力の回復を待っていてはやられてしまうだけなのですから…」
万が一にも最悪は考える。当然だ、やられては意味がない。一時撤退することさえも片隅に残しながら知恵を集める。
今、自分に出来ることはなんだ。それからどうする。
今、自分に可能なことはなんだ。それをどうする。
幾つか思い付いた手段のうち、一番上手くいったら理想的だ、と思う手段を選ぶことにした。これは楽観的な思考からではなく、あくまでも初めからこれが目的だったことだ。
それは。
「私もこの竜脈による力の流れを…使ってみるのです」
相手だって利用しているのだ。同じ呪術師である自分に出来ないはずはない、はずだ。瑪瑙は移動した。式神の一体が小手調べと言いたげに攻撃を仕掛けてきたのを避けるためと、実行出来そうな場所を探るためだ。
こちらはもう考えはまとまっている。あとはそれを何処で実行するかだけだ、隠れる必要はすでにもない。それを読むかのように相手は数で攻めてきた。
三体という利点から囲うように動いた。竜骨座が誘き出す役目で、あとの二体は回り込む作戦のようだった。ここでも瑪瑙はゆっくり息を吐き、冷静さを保つ。
例え今の自分の呪力では倒せなかった相手でも、全く効かなかった相手ではないのだ。そう自分に言い聞かせる。
「集中するので、私の守りに徹してもらいます」
背負っていたリュックから素早く自分の式神となる人型の紙を取り出す。攻撃特化ではなく操作性重視。
「我・宿・命・来・翔・行・為!頼んだのですよ、万能式神型×四っ!!」
早口で捲し立てるように呪言を唱え、宙に放った。四枚の式神は、主を守るように三体の前に飛び出した。
よし、ここからだ。呪力を抑えたうえに、攻撃用ではない万能式神型で稼げる時間は少ないだろう。瑪瑙は、鼻に集中する。元力をかぎ分けるこの嗅覚が今は頼りだ。
どこに自分に合う呪力となる脈がある。嗅覚を研ぎ澄ますため、移動しながらも目を閉じる。枝に当たったのか、一瞬痛みが走る。窪みにつま付きかけたのか、一瞬ぐらつく。
だけど、その全て、どうでも良かった。ここでそんなことを気にするようなら、もう二度と強くなれる気がしなかったからだ。むしろ、その方が瑪瑙には恐ろしく感じた。
「そもそもあるのでしょうか」
弱気にもなる。しかし。
「いえ、違いますね」
首を振った。
「必ず見つけ出すのです」
大事なのは、そう決めたという自分自身との呪力術式だ。「変える」んだ。変えなくてはならない。あの人たちの横に並び立つためには。
瑪瑙は集中した。
「…あ」
呪術師に似合わぬ喜びに溢れた輝きを瞳に宿し、瑪瑙はその眼を開けた。視覚には写らないが、嗅覚は確かにその一片をとらえたのだ。
始めこそ、とらえられぬものだったが、そこが違ったのだ。そこに力の塊が流れているのなら、自分で使えるように「変えれ」ば良かったのだ。魔力結界を打ち破ったときのように相手に合わせるように変化させる。そうすることで、この地に流れる力も自分のものとすることが出来る。それに気がついたのだ。
欲張るな、飲み込まれる。驕らぬように自分に言い聞かせる。必要な量の力だけでいいのだ。あとの制御しきれない力など、枷にしかならない。
そして。
「あったのです。見つけたのです。これなら、揃えられるのですよっ!」
相手にすべき呪術師に比べれば大したことはないだろう。それでもついに格段に跳ね上がる自分の体を流れる力を感じた。その証拠に鼻腔が擽られる。
あとは言葉通り、呪術の基本通り、条件を揃えるだけだ。
呪力、結び印、呪言、そして発動までの時間だ。
瑪瑙の式神たちをかいくぐり、一体が近づいてきた。されど慌てない。間に合ったからだ。
思わず、ふっ、と笑ってしまった。飛んで火に入るなんとやらとはこの事なのです。瑪瑙は、準備が整った呪術師に不用意に近づく愚か者の結末など、身に染みて知っていたからだ。だからこそ先人として教えてやろうではないか。
「くらいなさいっ。これが鵜崎流破魔矢式、脈なぞりっ!!」
引き金を引いた。
放たれる一筋の緑色の輝きがこれまでと違っていた。今まではぼんやりとしたものとしか視えなかったが、はっきりと目視出来たのだ。その輝きのなんと美しいことか。自分が作った閃光と知りつつ目を奪われた。
その呪力の光線は目の前の式神を倒すだけにとどまらず、その後ろに続いていた二体をも貫いた。
やっ、やったのです。喜びに声をあげようとしたが、出なかった。代わりに訪れた疲労感についに膝をついてしまった。
「つ、疲れたのです…されどもこれで、十九体目、なのですよ」
肩で息をしながら、途切れ途切れに呟くのが精一杯だった。呪力は持つだろう。しかし、己の限界を越えるようなものに触れ、呪力を作る集中力の方が散漫になってきていた。
あれから強制的に休むかたちになり、息を整えてから立ち上がるのに時間は少しだけかかった。ところがあの三体の式神を倒して以降、頻繁に出てきていた式神たちはいっさい現れなかった。そしてついに瑪瑙は山頂をとらえた。
「ぬ、抜けたのですか?」
天にもっとも近い場所。
そこへ一歩を踏み込むと、ぐわん、という感覚と共に視界に光が見えた。眩しく瞬間的に瞼を閉じてしまった。すぐに開くとそこはゴツゴツとした岩場で、ところどころ段差のある開けた場所だった。木々も生えているがかなりまばらだ。膝まで伸びた草の方がやたらとくすぐったい。ここは、本物の頂上だ。そう感じた。
そして、視界の向こう側。こちらを見て微笑み佇む青年がいた。あの呪術師だ。
「(おお、すごいや。君が一番乗りかい、お嬢さん)」
杖を鳴らし、何事か言うが残念なことに言葉がわからない。警戒は怠らないように気を張る。
「あなたは先ほどの呪術師さん!と言うことはやはり結界を抜けられたようなのですね」
辺りを見回すが、自分と彼だけらしい。
「私が、一番最初のようなのですね」
「(ある一定の数を倒されると道が開ける仕掛けだったけど…しかし、三時間かからずかぁ…日本の子供たちも見事な使い手がいるみたいだね。これは星たちもわからないはずだ)」
「あなた。何をぺらぺら仰っているのかまったくもってわかりませんが」
瑪瑙は面倒そうにしかめっ面になる。青年はおどけたように佇む。会話が成り立ってないのを気にしていないようだ。
「今すぐ、その呪術をやめなさい」
瑪瑙はとにかく叫んだ。意味が通じなくても、意思くらい読みとるだろうと。
「(ん?なに?そっか、さっきの女性がいないから言葉が通じてないんだね。ちょっと待ってね)」
「何を…」
にこ。そんな擬音が聞こえるのではないかという微笑みをみせた。瑪瑙が警戒の色を濃くするのを構わず、ボソボソと呟き、杖を、トン、と鳴らした。
瑪瑙の鼻が敏感に木の葉のようなの香りをとらえた。青年が呪術を発動したのだ。自身に対して。
怪訝そうな瑪瑙の視線を平然と受け、やはり柔らかく笑う。
『どう?これでわかるだろ?』
すると彼は、瑪瑙に通じる言葉を突然に使い始めた。いや、これは違う、と瑪瑙は驚愕した。
「日本語…ではなく…頭の中に直接聞こえる感じ…筒音さんと同じ話し方…」
『お、上手く言ったみたいだね。ちゃんと君の言葉がわかるよ』
驚きを隠せない瑪瑙を尻目に青年は語った。瑪瑙は尋ねた。
「あなたは、半妖さんなのですか…」
『半…妖?半妖だって?まさか』
くくく、と楽しそうに腰をおる。ますます不審さは増すばかりだ。いや、本人の爽やかさとは真逆の不気味さといったところか。
『残念だけど僕は人間さ。好奇心と探求心に突き動かされるだけの、ただのね』
杖を支えに、胸に手をあて言う。
『初めまして、僕の名はアーサン・バークラップ。しがない呪術師をやっている。よろしくどうぞ』
一礼をする姿はどこかの役者のようだ。最後に彼は、
『同じ匂いのする、お嬢さん』
とても寒気のするような一言を放った。




