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ラブワールド  作者: ササデササ
代理恋愛
61/64

偽物なのよ!

 そこはエレベーターの中だった。

 何故私がそこにいるのか分からない。

 そこにいる人たちが、誰なのかも分からない。


 OL風の若い女。

 サラリーマン風の中年男性。

 つなぎ風作業着の若い男。

 そして、私。

 

「おい! 何なんだ? 誰だお前たちは? ここはどこなんだ?」

 

 サラリーマンは言った。きっと、会社ではそれなりの役職の人なのだろう。初対面なのに、なんか、偉そうだ。


「私だって知らないわよ!」


 OLは言った。きっと、美紀みたいな娘なのだろう。初対面なのに、なんか、偉そうだ。


 サラリーマンは腕時計を見て、「クソ。100億の商談があるのに!」と慌てていた。

 私は右上のモニターを見てみる。

『21』という数字は止まったままだった。

 21階から下に降りようとしていたのか、昇ろうとしていたのか、それは分からないが、とにかく21階付近で止まってしまったらしい。


 つなぎ風作業着の男は座り込み、震えていた。

 服装から、なんとなく強そうなイメージを抱いたけれど、かなりの小心者らしい。

 意味も分からずエレベーターに閉じ込められているのだから、私も不安ではあるけれど、座り込んではいないし震えてもいない。

 

「あの。大丈夫ですか?」


 私は作業着の男に声をかけた。


「お、おぅ」

 

 作業着の男はそう答えたものも、顔は青かった。

 

「もう待てん! 100億だぞ! 100億が掛かっているんだ!!」


 サラリーマンはエレベーターのドアを無理やりこじ開けようとしている。

 OLも手伝っていた。

 私は『危ないんじゃないのかしら』と思いつつ、作業着の男の背中をさすりながら様子を見ることにした。

 

 しばらくして、ドアは開いた。 

 見えたのは壁だけだった。

 いや、違う。

 上方1cmには奥に続く空間があった。

 きっと、そこは、22階だ。


 サラリーマンは「持ち上げるぞ! 出口は直ぐそこだ!」と、空間に手をかけ、懸垂するかのような動作をした。

 そうすると、持ち上がるのは彼の身体のはずなのに、空間が大きくなった。エレベーターが上へ少し移動したのだ。

 OLも手伝い始めた。

 私も手伝い始めた。

 作業着の男は座ったままだった。

 

 少しずつ、少しずつ、空間は大きくなっていく。

 あと少しで、人が通れる大きさになる。

 

 その時だ。

 どこからともなく聞こえてくる爆発音。

 エレベーターは大きく揺れた。

 私たちは体勢を崩せず、地面に崩れ落ちる。

 OLの悲鳴が響き渡る。

 

「何よ! 何なの? 今のは?」


「爆発、だったよな?」


「あら~。やっぱり爆発なのね……」


 私たちは、混乱していた。

 すると、作業着の男が、ぼそりと呟いた。


「やっぱり……」


 彼の震えは、大きくなっていた。


「おい! 貴様何か知っているのか? 何が『やっぱり』なんだ?」


 サラリーマンは詰め寄った。

 作業着の男は、一度つばを飲み込んでから静かに語りだす。


「ここ、解体するビルなんッスよ。俺、昨日ダイナマイトを設置したんだ……」


 彼が言い終わるや否や、22階から爆発音がした。

 さっきよりも大きく揺れるエレベーターの中で、私たちはいっせいに22階に繋がる空間を見た。

 炎が私たちに襲い掛かってくるところだった。



 

 という夢を見た。

 訳が分からないけれど、多分悪夢なのよね。

 心臓はバクバク鳴っているし、寝汗も酷かった。


 私は時計を見てみる。

 時刻は5時を少し過ぎたところだった。

 汗をかいたからか、喉が渇いたので冷蔵庫を開けにリビングに行った。

 あら。

 なんか、いっぱいおかずがあるわ。

 私は考えた。

 そして、思い出した!

 そうよ。私、怒ってたのよ!

 だから、あんな悪夢みたいな変な夢を見たのね。

 瞬間的に怒りが沸いて……、直ぐに冷めた。

 罪悪感が襲ってきた。。

 でも、きっと、これを片付けてくれたのは美紀なのよね……。

 悪いことしちゃったかな……。

 

 私はいつものようにお弁当を作る。

 今日は楽チン。

 残ったおかずから、日持ちしそうなものを選ぶだけ。

 続いて朝ごはんを作る。

 今日は楽チン。

 残ったおかずをテーブルに並べるだけ。


『組み合わせが滅茶苦茶だしな』

『お母さんって、微妙に味覚が変だよね』


 私しかいないリビングで、美紀とパパの声が聞こえた。

 テーブルに並んだおかずを見てみた。

 朝から、春巻きとから揚げを食べられるのは私だけかしら……。

 私は春巻きとから揚げをそっと冷蔵庫にしまった。


 その頃、パパが起きてきた。

 昨日の愛している発言に照れているのか、目線を合わせない「おはよう」だった。

 私はおはようを返しつつ、昨日のことを謝ろうとした。

 けれど、なんだか、それは浮気を見とめてしまってる気もする様な、別にそんなことない様な、えっと~、と悩んでいると、気がついた。

 顔を洗い終わったパパは、テーブルにつき、じ~っと角煮を見つめている。

 嘘?

 まさか、角煮すらも朝から食べられないっていうの?

 世界一美味しい食べ物なのに?

 パパも美紀も胃弱だ。

 私には想像のつかない不憫な条件で人生を頑張っている。

 慌てて、角煮を下げた。

 

「ゴメンなさいね。朝から食べられないわよね~。私がお昼に頂くわ」


「あ、あぁ。いや、その、でも、毎日ありがとうな」


 まぁ。

 パパからありがとう何て言ってもらえたのいつ以来かしら。

 愛しているよりは、最近だったと思うんだけど、それでも大分前よね。

 パパにとって、昨日の件はよっぽど衝撃だったらしい。

 私は気がついた。

 そもそも、私も愛しているをずっと言ってないなぁ。

 

「良いのよ。愛するパパのためですもの!」

 

 だから、言ってみた。

 パパは何も答えなかった。

 顔を真っ赤にしながら、無言で朝食を食べていた。

 

 しばらくして、美紀も起きて来た。

 

 うっ。と思った。

 寝起き後20分までの美紀は機嫌が悪い。いつもの毒舌ヒステリックはないけれど、静かなる威圧感を放っているのだ。

 そのはずなのだ。

 いつもならそんなのおかまいなく、私はおはようを言うのだけど、昨日の件もあって、今日は言い出しにくい。

 今日はいつもより尚いっそう機嫌が悪いだろう。


 と思いながら、美紀の顔を見てみると……。

 なんか、でも、ちょっと、あれ?

 今日はそうでもなさそう。

 薄笑い、じゃないわよね。

 多分、微笑んでる。

 そして、なんと、あちらから言ってくるではないか。


「おはよ~」


 想定外のことに私は何も言えない。

 そんな私に、美紀は近づいてきて、ありえないことにハグしてきた。

 そう。

 ありえないのだ。

 美紀から謝るなんて、絶対にないはずなのだ。


「お母さん。昨日はゴメンね。お母さんが、浮気なんてする訳ないのにね。……信じてるよ。大好き!」


 変よ。

 違うわ。

 美紀は、私の美紀は、ウキーウギャーギャオースなのだ。

 こんなの美紀じゃない!


 そうか。

 まだ夢を見ているんだわ。

 そう思いながら、せっかくなので、偽者美紀と美しいシチュエーションを味わいたいと思った。

 私は抱きしめ返す。

 

「ううん。私こそごめんなさい」


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